敵か味方かはたまた友か2
「白虎の鳥山です。店長さんおられますか」
あのクソ店長め!クソ!クソ店長!
私は心の叫びが口から飛び出さないようになんとか押さえ付けて、引き戸を一歩入ったところに仏頂面で立っている鳥山麗雷(とりやまれいら)に貼り付けた笑顔を返した。
「ごめんなさい、ついさっき出かけました……」
「そう」
興味なさげに一言答えると、鳥山さんはズカズカと店に上がりんだ。相変わらず堂々とした態度をしている。
ちなみに店長はついさっき、本当についさっき「ちょっと銀行に行ってくる」と出かけたばかりだ。引き留める私の言葉を無視して「すぐ帰るから」と言って出ていった店長の背中を思い出して、私は再びムカムカしてきた。本当にあのクソ店長。肝心なときにいつもいない。
私は用意したお茶を来客用のソファーに腰かけた鳥山さんの前に出した。鳥山さんが私の動きを見張っていてものすごくやりづらい。
彼女は来たときのままの仏頂面で店長の帰りを待っている。私は少し離れたところに立って、そんな鳥山さんを観察しながら思った。鳥山さんって朱雀のことあんまり好きじゃない風に見えるんだけど、ならどうしてこうやってうちに来るんだろう。いくら店長さんからの命令だといえど、鳥山さんなら断るくらいできそうなものなのに。それとも白虎店の店長さんはうちと違ってとても怖い人なのだろうか。
私と鳥山さんの間の空気がピリピリしている。いや、鳥山さんがピリピリとした空気を放っているのだ。ああ店長、早く帰ってきてください。
「ていうかさ、」
私が鳥山さんから少し離れたところで存在を空気にすることに努めていると、彼女は予備動作ナシで話しかけてきた。私はお盆を抱き締めたままビクッと肩を跳ねさせる。
「あんたまだいたんだ」
グサッ。私の心に刺身包丁が突き刺さった音がした。なんて鋭利な刃物なんだろう。鳥山さんの包丁を投げるスキルもハンパない。
今の「まだいたんだ」は、おそらく「まだこの仕事してたんだ」という意味だろう。さらに深読みすると「早く辞めろ」となるのだろうが、考えるのが恐ろしいので思考を強制停止させる。
「ま、まぁ」
「ふーん。あんたみたいな無能がよくやってけてるわね。ここの店長そんなに甘いの?」
グサグサッ。包帯を巻き付けたばかりの心を、鳥山さんは立て続けに刺してくる。私も何か攻撃をしかければよいのだろうが、しかし私は喧嘩が苦手だった。
「あは、あはははは……」
「笑ってんじゃないわよ」
「……すみません」
店長早く帰って来いバカヤロー!何が「大丈夫、僕もいるから」だ。全然大丈夫じゃないじゃないか。全然店にいないじゃないか。
なぜ相手は年下なのに私はこんなに腰が低いんだとか、なぜ私の方が年上なのに相手はこんなに上から目線なんだとか、愛想笑いを浮かべながらぐるぐる考える。鳥山さんはしばらく私を見ていたかと思うと、「ふん、小物め」といった感じで再び前を向いた。彼女の視線から解き放たれた私はホッと息をつく。
私と鳥山さんの間にしばらくの沈黙が続く。相変わらず空気はピリピリとしたままだ。いい加減胃がいたくなりそうな店内に、その時、店の奥から救世主がやってきた。
「鳥山さん来てたんだ」
「せ、瀬川君っ。久しぶり……っ」
普段は裏の自室にこもっている瀬川君が、なんと店に顔を出してくれたのだ。瀬川君はこの近くの高校の制服を着て、長い髪を頭の後ろでひとつに束ねている。彼は鳥山さんを見つけると、声をかけて近づいてきた。
現れた瀬川君に鳥山さんはしどろもどろに挨拶をする。私にもこんな態度だったら、かわいい後輩に見えるのに。まぁ、この仕事をしている期間は鳥山さんの方が長いから、仕事上では彼女が先輩なんだけど。
「久しぶり。荒木さん、店長は?」
「て、店長は銀行行った……」
「そう」
突然話しかけられてビックリしつつも店長の行き先を答える。瀬川君は鳥山さんの挨拶に「久しぶり」の一言しか返さなかったが、彼は普段からこんな感じであまり多く喋らない。それは喋るのが苦手というよりは、喋るのが面倒臭いという風に見える。
瀬川君は私にたった二文字の返事をすると、再び鳥山さんの方を向いた。
「店長いないらしいし話なら僕が聞くけど」
「え、あ、じゃ、じゃあ……」
瀬川君は鳥山さんの斜め前のソファーに腰掛ける。必要ないかとも思ったが、私はもうひとつお茶を用意して瀬川君の前に置いた。
「あ、あの、うちの店長からの伝言っ、なんですけど……」
「…………」
鳥山さんは私への態度と打って変わって急にもじもじし始め、少しうつむき気味に話を始めた。先程の堂々とした態度はどこへやら。彼女はしきりに顔まわりの髪を手で直している。ちなみにいうと、瀬川君と鳥山さんでは瀬川君の方が仕事上は先輩らしい。
「この間来た依頼人の仕事、うちだけじゃ朱雀店に迷惑がかかるだろうからいっそのこと共同でやらないかって……」
「…………」
「話なんだけど……」
「…………」
「どうですか……?」
「わかった。とりあえず店長に伝えておく。たぶん受けるだろうから資料だけちょうだい」
「あ、はい……」
瀬川君の冷ややかな態度のせいか、鳥山さんは自然と敬語になっている。瀬川君とは同い年なはずなんだけどなぁ。私にもこんな態度だったら、かわいい後輩に(以下同文)
瀬川君はもらった資料をパラパラと見ている。すごいスピードで見ているが、瀬川君って本当に仕事できるんだなと再確認した。私より年下なのにすごいなぁ。
さりげなく鳥山さんの様子を窺ってみると、彼女はそんな瀬川君を凝視していた。何がそんなに気になるのだろう。鳥山さんは熱心に瀬川君が資料を読む様子を見ていた。
そんな私は、店内の掃き掃除をするふりをしながら、そんな鳥山さんを観察しているのだが。鳥山さんの瀬川君に対する態度を見ていると、やっぱり私彼女になめられてるなぁと思う。それとも、彼女は誰に対してもこの態度で、逆に瀬川君が敬われているのだろうか。鳥山さんが他の何でも屋の従業員と話しているところは見たことがないからわからないが、おそらく前者だろうと私は思う。
「なるほど、確かにこれはうちと一緒にやった方が穏やかかもね。とりあえず店長には僕から話しておくから、鳥山さんはもう帰ってくれないかな」
「え……」
「今後の話し合いには朱雀店がそっちに行くと思うから」
「は、はい……」
そこで瀬川君は唐突にこっちを向く。
「荒木さんもいいよね?」
「あ、うん。私はなんでも」
「いいよね?」と言われても私は話についていけてない。私は曖昧な返事を瀬川君にした。
私だけ蚊帳の外なのは気になるがいつものことだ。それよりも鳥山さんに早く帰ってほしいという思いの方が強かった。
「じゃあ今日はこれで。早ければ明日にでもそっちに行くよ」
資料をまとめ、立ち上がる瀬川君。
「うん、待ってるね」
それを見て鳥山さんも立ち上がる。
「あの、じゃあ、店長さんによろしくね……」
鳥山さんは瀬川君に会釈すると、店の入り口に向かって歩き出した。私にもこんな態度だったら(以下同文)
入り口付近を掃き掃除していた私とすれ違う時、鳥山さんはガシリと私の腕を掴んだ。その力は思っていたより強くて、私は思わず顔をしかめた。鳥山さんは私と同じくらい小柄だが、スポーツとかしているのかもしれない。
「あんた、ちょっと来なさい」
「え、はぁ」
鳥山さんが顔を近付けて小声で囁いたのがめちゃくちゃ怖かった。あ、あれれー?瀬川君と話してる時こんな低い声じゃなかったじゃん。普通に可愛らしい女の子の声だったじゃん。
私は鳥山さんの余りの怖さに抵抗できず、そのままズルズルと店の外まで連れて行かれる。私、何をされるんだろうか。瀬川君は相変わらずの無表情でこちらを見ていた。彼には助けるという考えは思い浮かばないのだろうか。それとも、私と鳥山さんが仲良く外に出ていったように見えたのだろうか。
店先に連れ出された私は、くるっと振り返った鳥山さんにいきなり怒鳴られた。鳥山さんは腰に手をあて、イライラしたように眉をつり上げ、私よりほんの少しだけ高い身長で思いきり見下ろしてくる。
「ちょっとあんた、さっきからジロジロジロジロ、何!?言いたい事あるなら直接言いなさいよ!」
「えと、別にジロジロ見てたわけじゃないけど……」
「じゃあ何?何で見てたのよ!?」
「えーと、仕事の内容が気になって……」
なるべく当たり障りのない言葉を選んで答える。私の答えを聞くと、鳥山さんは「ふんっ」と鼻を鳴らして笑った。
「ふーん、でもあんたなんかが聞いても無駄よね。だって無能だし。どうせ今回の仕事だって何の役にも立たないわよ」
そこまで言わなくても……。とりあえず早く彼女から解放されたいので、本当に本当に当たり障りのない言葉を探して並べる。
「精進します……」
「精進?しても無駄よ。無能がいくら頑張ったって無能にしかならなんだから」
あのー、さすがにそろそろキレてもいいですか?というか、何で私はこんなにボロカス言われてるの?私鳥山さんに何もしてないよね……?
「あの、他に話がないならこれで」
温厚な私もさすがに耐えられなくなってきたので、さっさと切り上げることにする。というか、このままだとキレる前に泣きそうだ。
「ふん、全然忙しくもないクセに」
そんなに言うなら白虎店は忙しいのか?他店舗は一度も見たことがないが、うちがこんなに暇なんだ。それならそちらも同じなのでは?更に怒鳴られるのが怖いので口には出さないが。
「ま、あんたは猫探しがお似合いよ」
ね、猫探し!?鳥山さんまさか私のこの前の仕事知ってるのか……!?いやいや、それは無いよね、さすがに。
で、でもその前に宝石盗みに入ったし。これはすごい大仕事だよね!?ま、まぁ、鳥山さんはそのくらい余裕でやってるみたいだけど。
仕事的にはものすごく尊敬できるレベルの先輩なはずなのに、全く尊敬しようという気が起こらない。それは年上だとか年下だとか、そういう理由じゃないはずだ。
「こっちはあんたみたいに暇じゃないし、もう帰るわね。向いてないんだから、さっさと違う仕事探せば?」
どうやらやっと帰ってくれるらしい。今日一日で一生分のため息をついたような気がする。って、鳥山さんが来るたびにそう思ってるんだけどね。
鳥山さんは金髪のツインテールをサラッとなびかせて私に背中を向ける。振り返り樣、彼女は私にこう言い捨てた。
「今度求人情報誌でも送ってあげるわ。じゃあね。もう二度と会うことはないでしょうけど」
言いたいだけ言ってさっさと帰っていく。というか、"もう二度と会うことはないでしょうけど"って言われても近々会うよね。共同で仕事するんだから。
大股でどんどん歩いてゆく鳥山さんの比較的小さな背中を眺める。ようやく帰ってくれた。まるで嵐が通りすぎていったような気分だよ。
私は本日最後と決めて、ため息をひとつついた。それから店に戻る。
店に入って驚いた。てっきりもう自分の部屋に戻ったかと思っていたが、予想とは裏腹に瀬川君はまだそこにいたのだ。彼は私に気がつくとこちらに近づいてきた。
「荒木さん」
私の目の前まで来て口を開いた瀬川君。私は何を言われるんだろうと内心身構えた。
「すぐ気づかなくってごめんね」
「へ……?」
瀬川君は表情の筋肉を微塵も動かさずにそう言った。一体何に対して謝られているのか全くわからない。そして瀬川君は無表情で何考えてんのかも全くわからない。
私が「?」を浮かべまくって瀬川君の言葉の真意を考えていると、彼は「話はもう終わり」という雰囲気を放ち始めた。
「じゃあ、頑張って」
瀬川君はそれだけ言ってすたすたと店の奥に帰っていった。いや、全くわからない。一から十まで何ひとつわからない。
相変わらず瀬川君の考えていることは掴みにくいな、と思いながら、ついため息をつく。ため息をついてからハッとする。もう今日はつかないって決めたばっかりなのに。
しかし瀬川君と上手く会話ができないのはいつものこと。前に店長は「わりとわかりやすいと思うけど」と言っていたが、全然わからないよ。もう十ヶ月も一緒に仕事してるのに、いったいいつになれば仲良くなれるんだろう。
私は来客用のテーブルとソファーに目を向けた。とりあえず置きっぱなしのお茶を片付けることにする。私はテーブルに近付けて二つのコップを回収した。
結局二人とも一口も飲まなかったな。ため息が出た。
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