チリンチリンと鈴鳴れば2
店の外に一歩出る。今日は日差しが暖かい。私は首に巻いていたマフラーを少しゆるめた。猫の居場所にあてはないが、まぁとりあえず、
「適当に歩き回るか」
ペット探しの時の基本、そのペットが姿を消した場所から探し始める。今回の場合は依頼人の家だ。私はさっそく依頼人の家の方向に歩き出す。家に向かう間も、周囲に目を配るのは忘れない。
運が良かっらすぐ出会えちゃうかも。と、目の前を猫が横切る。だが残念、その猫はグレーの毛並みをしていた。写真の猫とは違う。走り去る猫を見ながら、私はまた歩き出した。
「猫、猫、猫……」
こうして見てみると、結構いるなぁ、猫。まぁ、探し物が犬でも猫でも毎回似たようなこと思ってるんだけどさ。
逃げたインコを探し出してくれ、って依頼がきた時は大変だったなぁ。何せ空飛んで逃げるんだもん。最終的に虫とり網で捕まえてしまったが、飼い主にバレなかったからオーケーだよね?
ゆっくりと依頼人の家を目指して歩く。その間に何回か猫を見かけたが、どれも写真の猫とは違っていた。まぁ、こんな簡単に見つかったら苦労しないか。
めげずに辺りをきょろきょろ確認しながら歩きつづけると、ついに依頼人の家についた。いたって普通の住宅地の、いたって普通の一軒家。どうやら旦那さんとお子さんの家族三人で暮らしているらしいが、三人家族にしては大きな家だなと思う。
猫なんてほっといたら戻ってくると思うんだけどなぁと心の中でぼやくが、相手はお客さん。お客さんが来てくれるから私はお給料をもらえるわけで。それにこんなに平和的な仕事ならどんどん来てほしいものだ。
とりあえず依頼人の家の周辺をぐるっと回ってみることにした。まぁこの辺は依頼人が探し尽くしているだろうし、いないとは思うけど。
「一応、ね」
他の家の庭などもさりげなく探しながら歩き、ちょうど依頼人の家の裏側当たりに来たとき。私の目の前を駆け抜ける茶色の猫が。
えっ!?あれって……。私はよく目を凝らす。うん、間違いない。あれは……依頼人の猫だぁぁッ!茶トラで、尻尾に鈴がついている。その猫は少し湿った地面の上をひょこひょこと歩いていた。
「まッ、待てぇ!」
私の大声に驚いた猫は、ビクッとこちらを振り向くと、走る速度を上げ、ピョンとブロック塀の上に飛び乗った。
「あっ、姑息なぁっ」
私も負けじと塀によじ登る。意外と低い塀で良かった……というか、ここの家の方、ごめんなさいっ。
私が塀によじ登っているうちに猫はどんどん先に行ってしまう。まるで私を小馬鹿にするかのように、軽快な足取りで塀の上を駆けてゆく。私はフラフラとバランスを取りながらなんとか立ち上がる。
「待てー!」
震える足を叱咤して、私は塀の上を駆け出した。フラフラと左右に揺れるのを、思いきり駆けることで無理矢理バランスをとる。
猫は塀の端につくと地面に飛び降り、今度は家と家の間の細い通路に飛び込んだ。ブロック塀の間を涼しい顔で駆け抜けてゆく。私は見失わないように猫から目を離さない。
「くっそぅ」
私も塀を飛び降り、細い通路に入るが、狭い!とにかく狭い!私は服の肩の部分を真っ黒にしながらなんとか猫を追いかける。猫は細い隙間を悠々と通り抜け、開けた道に出た。私も「服がぁ……」と嘆きつつも身体を捩込み通路を飛び出す。
猫が曲がった方向をパッと見ると、奴は塀を越えて民家に不法侵入するところだった。くっそぅ、でもここで諦めてたまるかっ。ここで諦めたらまた振り出しだ!
私は元来た通路を引き返し、猫が入った家の裏側へ回る。ここで待ち伏せしておけば、民家を突っ切った猫が出てくるはずだ!
私は出てくる猫を見逃すまいと、民家を凝視する。民家の前の電柱に隠れて、猫が出てきたらすぐに捕まえに飛びかかれるように構える。
一分が経った。猫はまだ出てこない。まさか向こうも私に気づいて様子を伺っているのか?
五分が経った。どうやら私とターゲットとの我慢くらべのようだ。ふん、なら受けて立とうじゃない。
十分が経った。さすがに通行人達の視線が痛い。でもせっかく見つけた猫をここで逃がすわけにはいかない。私は心を無にして通行人の視線をはねのけた。
十五分が経った。と、その時ようやく民家に変化が!民家の裏口のドアが開いて、この家に住んでいると思しきオジサンが出てきた。訝しげに私に近づいてくる。
「あのー、うちに何か?」
怪しい奴を見る目で私に尋ねるオジサン。どうやら私はかなり不審だったようだ。そりゃそうだ、人の家を電柱に隠れてジーっと見てる奴がいたら、普通は怪しむ。私はまるで言い訳をするように捲し立てた。
「あの、すみません、この家の庭に猫が入ってしまって……」
「猫?尻尾に鈴のついた猫なら、さっき追い出したよ」
どうやら庭いじりの途中だったらしいオジサンは、土まみれの手で猫の逃げた方向を指差した。それから早くどっか行けという視線を私に向ける。
「そうですか……ありがとうございます」
私はオジサンにペコリとお辞儀をしてその家を離れた。オジサンはまだ不審そうに私を見ていたが、気づかないフリをする。
私はあてもなくとぼとぼと歩き出した。せっかく運よく見つけた猫を取り逃がしたというガッカリ感は尋常じゃなかった。次にあの猫を見つけるのに、いったいどれ程の時間と労力を割かなくてはならないのだろうか。
私は十回分のため息を一度に発射し、とりあえずこの辺を見回ってから帰ることに決めた。もしかしたらまだ遠くには行っていないかもしれないし。望み薄だけどね。
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