チリンチリンと鈴鳴れば




二月二十三日。日曜日。

「私の猫が帰ってこないんです」

「はぁ、」

「とっても大事にしている猫なんで」

「はぁ、」

「探し出してほしいんです」

「わかりました。とりあえず今店長がいないんで、ここに連絡先だけお願いしますね」

依頼人の女性は用紙に連絡先を書いたあと、私に数枚の写真を見せた。

「あの、これがうちの猫です」

「じゃあ、お預かりしておきます」

私は写真を預かって、入口で依頼人お見送りする。

「では、店長が帰ってきたら連絡しますね」

「はい、お願いします」

軽く頭を下げて帰っていく依頼人。私はしばらくその後ろ姿を眺めていたが、すぐに店の中に入った。テーブルの上のコップを台所できれいに洗う。

ふぅ、猫探しか。私の仕事なんだろうなぁ、多分。もともとこういう雑用的な依頼は私に回ってくるし、私以外にやる人もいない。瀬川君は毎日自分の部屋にこもりきりだし、店長が猫を探して街中を走り回ってくれるとは思えない。

にしても、店長はどこへ……。まぁいいや。私は水道の水をとめると、タオルで手を拭った。店長の行き先なんて考えたって時間の無駄だ。わかるわけないんだから。それよりお客さん来ないと暇だし、店内の掃除でもしておこう。











「ただいまー」

「あ、店長、どこ行ってたんですかもう」

おやつの時間が過ぎたころ、ようやく店長が帰ってきた。私が朝バイトに来た時からすでにいなかったから、五時間以上の外出だ。毎度毎度、一体どこで何をしているのだろう。

「どこって仕事に決まってるじゃん」

「店長が真面目に仕事してるとこ見たことないような気がするんですけど」

「僕は陰で頑張る派なの」

「見える所で頑張ってください」

「縁の下の力持ちって必要でしょ?」

むぅ、必要ないとは言えない……。まぁ私店長に口で勝ったことないしな。潔く負けを認めよう。だからといって殴りあいで勝負しても勝てないと思うが。

「じゃあそれでいいですよ。店長は陰でこそこそ私達を助けてください」

「りょーかい」

ソファーに座ってテレビをつける店長の背中を眺める。本当に、陰でこそこそ何をしてるのやら。今度尾行でもしてみようかな。ここで働き始めて九ヶ月。ありとあらゆるお客さんの依頼のおかげで、私の尾行技術もそれなりのものだろう。

よし、そうと決まれば今度は店長の後にこっそり着いていってみよう。変装用に帽子とマスクを用意しなきゃね。あ、でも私がいなくなったら店番はどうしよう。ぐぬぬ……嫌がるだろうけど、瀬川君に頼むしかないな。

「あ、そういえば店長」

本棚にはたきをかけていた私は、すぐ後ろのカウンターに戻りながら声をかけた。危ない危ない、店長に報告するのすっかり忘れてた。

「さっきお客さんが来ましたよ」

「あ、そうなの?」

私はカウンターの上に置きっぱなしだった依頼内容の紙を手に取ると、店長に近づいた。瀬川君が持って来た依頼人調査書も一緒にして店長の延ばした手にわたし、自分もソファーに腰かける。

「これ連絡先と依頼内容の紙です。あとこっちが瀬川君が調べてくれたやつ」

「ありがと」

店長はわたされた資料を確認し始めた。私は座ったばかりのソファーから立ち上がり、台所で二人分のお茶を淹れると再びソファーに戻る。店長がちょうど資料を読み終わったところだった。

「店長また新しいお茶買ったんですか?」

「いや、あれは貰い物」

店長は私がいれたお茶を一口飲むと、ケータイを取り出した。

ちなみに店長にもちゃんと部屋がある。というか、店長はここの二階に住んでいる。だから二階は従業員ですら立入厳禁だし、勝手に入ると恐ろし~いお仕置きが待っている……らしい。いったいどんな罰を受けるのだろうか。給料カットとかかな。

店長は取り出したケータイでどこかに電話をかけ始めた。おそらくさっきのお客さんに掛けているんだろう。わかってはいたが、この依頼も受けるらしい。まぁ断る方が珍しいんだけど。

店長は電話を終えると、ケータイをしまってこちらを向いた。そして私が書いた資料をそのままわたしてくる。

「じゃあ、雅美ちゃんこれお願いね」

「やっぱり私ですか」

「雅美ちゃん以外にいないでしょ。大丈夫、僕も気が向いたら探すから」

気が向いたらって……絶対探す気ないでしょこの人。

「あ、なんか猫が心配だから早めに見つけてほしいって」

だったらなおさら手伝ってほしい。しかしそんなこと言うとまた「給料カットするよ」とか言って脅してくるので、ここは「はーい」と素直に返事をする。まぁ、そんなこと言って実際に給料がカットされたことは一度もないのだが。

私は資料の中の猫の写真を改めてよく見てみる。どうやらまだ子猫のようで、茶色のトラ模様に尻尾に鈴をつけている。動物を探すというのは、これがけっこう大変なのだ。目撃情報を探そうにも、相手はただの猫や犬、見かけても覚えてくれている人がいない。だから結局足を動かして探すしかない。

まぁ、学校の友達も手伝ってもらおう。私が探し物系の仕事をするときはいつもこんな感じだ。高校や大学は色んな所から来ている人がいるので、その人達に手伝ってもらったほうが手っ取り早い。捕まえてとまでは言わないが、見かけただけでも居場所がかなり絞り込めるし、それだけでも大収穫なのだ。本音では捕まえてくれた方が有り難いが。

「じゃあ私、早速その辺探してきますね」

私はお茶を飲み終わるとそう言って立ち上がった。どうやら依頼人は同じ街の人らしいし、猫はまだこの街にいるかもしれない。なら探しにいくのは早いに越したことはないだろう。

「気をつけてねー」

手伝う気ゼロなオーラを振り撒きながら手を振る店長に、私はすでに諦めのついた顔で「行ってきます」と言って店を出た。



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