私の仕事を紹介します3
深夜三時。
「これって犯罪だよね……」
私、荒木雅美は大豪邸の裏にいた。ここは店から車で二十分程の場所にある大きなお屋敷。今私がお屋敷と表現したように、外装はいたって洋風で、敷地はとんがったフェンスに巻き付く植物で囲われていた。
「えーと、侵入口は二階右はじの窓……」
指示の書かれた見取り図を見て、顔を上げた。これは木から飛び移れ、ということだろう。二階の窓から入るのに階段なんてあるわけないし、私の目の前には立派な幹の木がそびえていた。この木は屋敷の外壁に沿って等間隔に植えられているようだ。
私は木の強度を確かめる為にコンコンと幹を叩いた。更に蹴りも一発入れてみる。そしてため息をひとつつく。はぁ、私こんな仕事ばっかり。でもため息ばっかりついてられない。
「……よしっ、行くかっ」
私は気合いを入れて、その太い幹にしがみついた。
「…………」
……登れなかった。もう一度、今度は飛びかかるようにしがみつく。だが私の脚は依然として地についたままだ。幹に片足をかけてみるが、私のスニーカーはずるずると幹の表面を滑るだけだった。
「私木登りできないの知ってますよね、店長……」
心の中で思いきり店長を呪う。他に場所を探したいのだが、二階のあの窓から入らないとその後の侵入ルートが全部お陀仏だ。しかしモタモタしていたら警備員が来てしまう。
とりあえず、店長に渡されたリュックを開けてみる。このリュックは昔先輩がこういう仕事に行くときに持っていっていたものだが、私が実際に背負うのは初めてだ。リュックのジッパーを開き、中を確認する。
と、開けていきなり紐の先に鈎爪がついている物体を見つけた。ルパンとかが使いそうなやつだ。私はそれを取り出して紐を引っ張ってみる。強度は十分なようだ。
「なんだ店長わかってんじゃん」
私はその鈎爪を木に引っかけ、うまく幹にかかったのを確かめると幹に足をかけた。これならなんとか登れそう。
ある程度木を登ると、ベランダの白い柵に手が届いた。木がけっこう建物に近い位置に植えられているので、少し突き出たベランダに手が届くのだ。
私は手足を伸ばし、なんとかベランダに跳び移る。少しよろめいたが着地成功。スニーカーが音を吸収してくれて、屋敷の人に気付かれた気配もない。この屋敷には住人と使用人の他に、数人の警備員もいるらしい。警備員に見つかったら、はたして私は逃げ切れるだろうか。
鈎爪を木から回収し、手早くリュックに片付ける。窓に手をかけ調べてみたが、当然窓には鍵がかかっている。
私は再びリュックを開けてみた。がさがさと中身を漁ると、窓ガラスが斬れるアイテムが出てきた。
「なんでも入ってるなこのリュック」
昔先輩達もこうやってこの道具を使ったのだろうかと考える。簡単な使い方が道具の取っ手部分に書いてあったので、私は難なく窓を切ることができた。ガラスにあけた穴から手を入れ鍵を開ける。
音をたてずに窓を開け、部屋の中に侵入した。なるべく侵入した痕跡は残したくないけど……まぁ、これくらいは仕方ない。それにどうせ指輪盗んだら侵入したのバレるんだし。
「さてと、次はどうすればいいのかな……」
部屋の真ん中で見取り図を開く。私が理解しやすいように、店長は目の前でこの見取り図に書き込みながら侵入ルートを説明してくれた。それにもしどうすればいいかわからなくなっても、パーカーに入っているケータイですぐに店長に連絡が取れる。普通なら怖じ気づいてしまうこの状況にも、私には「大丈夫だろう」という妙な安心感があった。次にすべきことを確認して、私は見取り図をポケットにしまう。
「とりあえず出た廊下を左……」
キィ、と音をたててドアを開ける。本当に小さな音だったが、今のでバレていないかびくびくする。
私は首だけ廊下に出して辺りをキョロキョロとを見回し、静かに走り出した。ふかふかの絨毯が私の足音を消してくれる。この辺りの部屋は客人用のもので普段は使用されていないらしいが、いつ誰が廊下を通るかわからない、私は辺りを注意しつつも素早く動いた。
素早く使用人用の階段へ近づく。誰もいないことを確認し、一階へ駆け降りる。使用人ならこの時間でも起きている可能性があるから要注意、という店長の注意を頭の中で反芻する。
階段降りた所を左に曲がり、こちらから数えて二番目の部屋に飛び付く。ノブを回して静かにドアを開けた。
部屋の中には誰もおらず、沢山の絵画が置かれていた。ちらほらと有名な画家の絵も飾ってある。
「この部屋で、一体外に出る」
閉まっていた窓の鍵を開け、そこから外に出る。スニーカーの底が地面いっぱいに広がる芝生を教えてくれた。
誰かに見付かるとしたらここからだ。
この部屋のあたりから屋敷の形に沿って、低い柵のように灌木が生えている。深い緑で固くて丸い葉の植物だ。きれいに手入れされたこの植物の柵に隠れながら目的の部屋まで移動するのだ。
目的の部屋……つまり指輪の置いてある部屋である。
「よし、行くか」
私は黒いパーカーのフードを深く被りなおし、静かに駆け出した。指輪の部屋には明かりが点いていない。でも、見張りがいるかもしれない。その部屋は宝石類を管理する部屋らしいと、店長が言っていたから。警備員には気をつけないと。
外壁と植物の柵のすき間を走り抜け、素早く宝石の部屋の窓に近付く。中の様子を覗くと、警備員が一人あくびをしている所だった。さすがにこの部屋には専用の見張りがいるか……。私は腹をくくると、ぎゅっと拳を握りしめた。
窓をコン、と小さく叩いた。警備員がそれに気づいてこちらに近づいてくる。こちらを警戒している様子はない。聞こえるか聞こえないかくらいの音だったので、自分の空耳かどうか確かめる為に立ち上がったのだろう。
警備員が窓の鍵を解除し、両開きの窓を開ける。その警備員が首を外に出し、辺りを見回そうと首をキョロキョロさせている所を、
「えいっ」
思い切り殴った。目の前で警備員が力なく倒れる。ひゃー、ついに障害罪までやっちゃったよ。私は警備員を殴ったスパナをあわあわとリュックにつめた。
声もあげずに倒れ窓枠で干された布団状態の警備員を「すみません」と心の中で謝りながら踏み越える。指輪が置いてある部屋に侵入成功だ。
ついでに、リュックから取り出した注射器で警備員に薬を打ち込んだ。睡眠薬のようなものである。目当ての指輪を探している最中に目を覚まされたらどうしようもない。
部屋の中を見回すと、宝石だらけだった。正確に言うなら宝石の入った箱だらけ、なのだが、細かいことはどうでもいい。こんなに沢山の宝石に囲まれることなんて、一生で今くらいのことだろう。
「ほぇ~、金持ちは違いますなぁ」
もう一度依頼の写真を見てみる。おそらく依頼人の指輪も箱に入ってると思うのだが、似たような箱はこの部屋にはゴロゴロある。もしかしてもしかすると、ひとつひとつ開けて確かめるしかない感じ?一刻も早く逃げ出したいのに……。
私はとりあえず一番近くにあった箱を開けてみた。小さな背の高いテーブルに、ちょこんとひとつだけ置いてあった箱だ。
「あれっ?」
そこには見覚えのある指輪。
「これ、ビンゴ?」
まさかまさかの一発で目的の宝石を見つけてしまった私。あまりの運のよさについ手が震えた。
宝石が見付かったのならもうここにいる必要はない。宝石箱をリュックに入れ、さっさとトンズラすることにする。
入る時同様警備員を踏み付けて外に出る。植物の柵に身を隠しながら絵画の部屋まで走り、鍵を開けっ放しにしておいた窓を開け、中に……って、窓が開かないッ。うそうそ何で!?ちゃんと開けっ放しにしといたのに!
考えられる可能性は、見回りの警備員さんが鍵を閉めたということだ。どうしよう。どうやって逃げればいいんだろう。計画していた逃走ルートを断たれた上、今は警備員の見回りタイムらしい。迂闊には動けない。
「…………」
こ、こんな時はっ。私はポケットからケータイを取り出して店長に電話をかけた。私の連絡を待っていたのか、店長は一コールで電話に出る。
「あっ、もしもし店長!?窓の鍵が閉まってて……っ」
《なるほどね、だからそこで止まってるのか》
店長には、発信器で私の居場所がわかるようにしてある。私が困った時に的確な指示を出すのが今回の店長の仕事だ。
「ど、どうすればいいんでしょう」
《うん、そうだね。仕方ない、切ろう》
「えっ」
私は店長の指示通り、二階の窓を開けるときに使った道具で窓ガラスを斬った。あけた穴から手を入れて鍵を開ける。
「もう、しょうがないよね」
部屋の中に入り、絵と絵の隙間を素早く通り抜けドアノブに手をかける。ゆっくりとドアを開けて廊下の様子を伺った。よし、誰もいない。私は廊下に躍り出た。
ふかふか絨毯の上を走りながら私はあることに気づく。あの部屋の戸締まりが確認されていたということは、もしかして……私が切った二階の窓も見られてる!?こ、これは大変だ!今あそこに戻って大丈夫なのだろうか。
猛スピードで脳みそを回転させながら走る。とりあえずは入ってきたあの部屋に向かっているが、このまま進むのはさすがにマズいだろう。なんとかして見つからずに脱出する方法を見つけなくては!私が階段の前で立ち止まったその時、
「侵入者発見!」
見つかった━━!私が走ってきた廊下の角に、二人の警備員が立っていた。警備員達は私を見つけるとすぐに走り出した。
「店長━━!」
《見つかっちゃった?》
「見つかっちゃいましたぁっ!」
自分に出来る最高速のスピードで足を動かし階段を駆け上がる。振り向く余裕も勇気もないが、「止まれ!」「待ちなさい!」等の声から察するに警備員達は着々と私に追い付いている。
「追ってくる追ってくる!めちゃくちゃ追ってくる!」
《雅美ちゃん、煙幕使おう》
「え、煙幕っ!?」
《うん、リュックの外ポケットに入ってるから》
私は言われた通りリュックのポケットに手を突っ込む。何かが手の先にあたり、私はそれを掴んで取り出した。
「ありましたっ」
《紐が出てるでしょ。それ引っ張って地面に投げ付けてみて》
手の平サイズの物体からちょろんと出ている紐を引っ張り、振り向きながらもうすぐそこまで迫っている警備員達の足元に投げ付けた。するとボフッとみるみるうちに煙りが広がり、警備員達は咳込みはじめた。
私は煙を吸い込まないようにパーカーの袖で口を覆いながら、猛ダッシュで二階の廊下を走った。気になって振りかえると、階段にはもくもくと白い煙が充満していた。
《雅美ちゃん、始めの部屋から逃げるのは危険だから、その辺の部屋に入って》
私は目についた部屋に飛び込みケータイに向かって「入りましたっ」と叫んだ。そんなことわざわざ報告言しなくても店長には発信器でわかるんだけど、でも私はいま猛烈に焦っている。手汗もやばい。何せここで捕まったら私の人生はおじゃんだ。
《窓から飛び降りてっ》
「はい!……って、無理でしょ!ここ二階ですから!」
《侵入する時使ったあのロープ、ベランダに引っかけてしゅるるる~って》
「ムリムリムリムリっ!そんなことやったこと無いですもんっ」
《そんなこと言ってる間に、ほらっ。復活した警備員達が追いかけてくるよっ》
「なんか店長楽しんでません!?」
《ないない。そんなことあるわけないじゃないじゃないじゃないじゃないじゃないかー》
「どっちですかッ!……って、来たぁぁああぁあ~~っ」
無駄な動きなく走る警備員達の足音がこちらに近づいてくる。もうすぐそこまで来ている!煙幕なんてぶつけたからきっと怒ってもいるだろう。
私はリュックから鈎爪を取り出すと、ごくりと唾を飲み込んだ。
「も、もうしょーがない!」
私は鈎爪を窓枠にかけ、ロープを外に垂らした。ベランダの白い柵の上に立ち、下を見下ろす。二階なのでそんなに高さはないが、ここから飛び降りると思うと足が震える。
「荒木雅美、行きますっ」
しっかりとロープに捕まり、重力に従ってそのまま下へ。
「うぎゃぁぁああぁあぁあぁぁっ」
想像以上の速さで身体が落ち、特大の悲鳴をあげる。手袋をしているのに摩擦で手の平が熱い。宙に投げ出されていたのは一瞬の間だが、私には確かに三途の川が見えた。
一瞬で地面までたどり着き、私はお尻から着地する。痛む尻をいたわる暇もなく、軽く引っ張って素早くロープを回収した。
さっさと敷地外に逃げようとした所に、ベランダからこちらを見下ろす人影が。
「発見!D地点!応援頼む!」
やばっ!早いとこ逃げないと!
私が敷地の外に出ようと駆け出した時、後ろの方から鋭い声がした。
「いたぞ!こっちだ!」
後方二十メートルに警備員一名発見。懐中電灯をこちらに向け、ゆっくりと窺うようにこちらに近づいてくる。私はフードを手で押さえた。
「そこを動くなよ!」
いや、動くなと言われても……。
「えーと…………見逃してくださァァアアァアい!」
こうして私と警備員総勢三名との追いかけっこが幕を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます