▶LOAD:はじめから ―2019/4/1 7:42分前―
再び目を覚ますと、見覚えのある光景が強烈な違和感と共に視界に飛び込んできた。ここは消し飛んだはずのわたしの自室…だ…。…待って。待って待って。何が、何が起こっているの?と、疑問が頭の中を駆け回った。わたしはまたもや、はじまりの日に戻ってきてしまったようだった。困惑しながらもわたしは、とりあえずはもう一度
つまり、
わたしは、この様式美を壊さなければならないと思った。例えそれが世界の滅亡を招くとしても。今続いているこの永遠の苦しみと終焉の輪廻は、少なくともわたしは望んでいないものなのだから。…それは傲慢な考えだろうか?例え無意味だとしても、世界の希望と平和を実現することが、使命だと言う気もしたが、今の繰り返しの中にいる私にとっては、本当に無意味な使命だと思えてならなかったのだ。
何十回目かの扉の日。わたしはテレビもつけずに真っ先にリビングへ向かう。思えばこの物語の中で、わたしはわたしの家族に会えたことが無い。リビングの扉の向こうで、壁越しに声を聴いたくらいなもので、怪物が現れてリビングに行くと、血まみれの惨劇の跡が見れるだけだったからだ。もしかしたら、そういうところから行動を変えてみたら、この輪廻から抜け出せるかもしれない。そう思ったわたしは、わずかな希望と共に家族の声が聞こえるリビングへの扉を開ける。
扉を開けると、リビングは既に赤錆びた血にまみれていた。不定形の肉塊が二つ、血でまだらに染まったテーブルについていて、くちゃくちゃと音を立てながらこちらを向いて母親と父親の声色で話しかけてくる。
「あら…早いのねねね、
「
出来の悪い父と母らしきソレらは言葉らしきものを発すると、じゅうううと音を立てながら溶けて消えて行ってしまった。悪い夢を見ている気分だった。腐臭に吐き気を覚えながら、一体、わたしの家族はどこに消えて行ってしまったのだろうか?と頭の中で必死に考える。その時また、ふいに聞き覚えのある声が頭の中に響いた。
…死んだ者は蘇らない…本当は…あなたもわかっていたこと…
その声に、薄らと記憶が呼び起こされるような気がする。わたしの家族…扉の日、その日に殺されてしまった、父と母のこと…。わたしの目の前で、頭や腹から喰われてしまった父と母…映像がフラッシュバックして、びちゃびちゃと内臓が飛び散る音が、幻聴で聞こえてくるようだった。
頭痛を感じながら、わたしはなんとなく、家を出て、街の外へ向かおうとした。この街は、おかしい。どこか虚構じみているということがわかったことは収穫だった…と思いたい。思えば、この繰り返しが始まってから、街の外にも出たことも無かった。仲間にだって一度も本当に会ったことは無かった。ただ、思い出らしきものがあるだけだ。わたしはそれがただ単なる生々しい記憶ではなくて、現実のものだと確かめたかった。けれど残念なことに、街の外れまで来ると、街は遠景を映した壁のようなものに囲まれていることが分かった。どうして気が付かなかったのだろうか?本当に、ゾッとするような悪い夢だと思った。
わたしは仕方なく、その壁沿いにずっと歩いていく。しばらく進むと、ドアノブの付いた扉を見つけた。こんなところがあったなんて…。また、あの声が頭の中に響く。
…真実が…必ずしも幸福とは限らない…
ドアを開けると、無機質な白い壁の続く廊下が伸びている。
(…どうしても知りたいなら…おいで…)
頭の中に響いていた声が奥から聞こえてきた。奥まで進むと機械の扉がスーッとスライドして、薄暗くて少し広い空間に出る。壁の真ん中に埋め込まれた大きな試験管のようなガラスの筒にぼうっと青い光が灯っている。その筒は何かの液体で満たされていて、中にはわたしが眠ったように浮いていた。
「これ…なに…?」
「…これは…あなた…真実の姿…。」
ガラスの筒の上から声がする。見上げると、蒼白い光にうっすらと照らされて、不定形の肉塊の中央に、女神像が突き刺さったような不気味なオブジェが壁にへばりついていた。
「あなたは…?」
「わたしは…この世界を司る女神…そう…あなたはここで眠るあなたの見ている夢…本当の扉の日…今から数百年前の4月…7:42分…大きな…大きな扉が街に降り立った…この夢の外で…。」
「数百年…?夢の外…?」
「それと、あなたがここに来るのは…これで10度目です…。」
「…10度目?」
「ここは…真実と選択の部屋なのです。」
「真実?選択??」
何を言われているのか、唐突すぎて全く理解が追い付かなかった。混乱したわたしを無視したまま、女神像は話を続ける。
「あなたは…扉の鍵。」
「鍵?」
「あなたが目覚めれば…現実世界に降り立った扉が…本当に開いてしまう。」
「どういうこと?」
「扉の贄は…
「そんな…そんなことって…。」
「突然言われても、わからないのは無理もありません…。ただ…この街が本当のものではないことはわかるでしょう…?あなたのこの”物語”も…女神たる私の創造物に過ぎません…。あなたがこの夢を見続ける限り…あの扉は開きませんから。」
「…
「彼は死んではいません…。地上の出入り口…"蓋"の中で…封印装置の一部として今も…身体だけは生きています…。」
「わたしが目覚めたらどうなるの…。」
「扉は開き、夢で見た怪物たちが…世界中を闊歩するでしょう。世界は瞬く間に滅亡するでしょうね…。あなたは贄に過ぎませんから、すぐさま喰い殺される運命です…。」
「
「封印施設が破壊されれば、心臓の無い彼は死ぬしかありません。」
「わたし…わたしはどうしたら…。」
「あなたには今、選択肢があります…。一つは目覚め、世界を滅亡させる道。あなたは何もかも失い、怪物たちに喰われ、世界は蹂躙されるでしょう。もう一つは今再び眠りにつき、夢を見続ける道。あなたはこの記憶を一時的ですが…失って、世界は再び平和を取り戻す。
言葉を失うわたしに、女神像は追い打ちをかける。
「…付け加えて言うのならば…過去の…あなたは、皆夢を見続けることを選びましたよ…。」
「そう…でしょうね…。少し…時間を頂戴…考えるわ…。」
***
わたしはふらふらと”裏口”から出て街を彷徨った。目的もなく歩いていると、いつの間にか、”扉”の前まで来ていた。
「
ぱっくりと開いた夢の扉の奥へ進んでいく。最奥で、
「ずいぶん早かったね。待ってたよ。」
「ねえ、
「わたし…どうすべきかしら…ねえ…梵くん…。」
わたしは誰もいない家の中に帰り、独り考えに耽る。真実を知ったからなのか、怪物たちは動きを止めたまま、この街の時間はずっと止まったままだった。全てが虚構のこの街で、わたしは全てを失って自分を殺すか、もしくは全てを失って世界を滅亡させるかを再び選ばなければならなかった。過去のわたしたちはみな、この葛藤に耐え切れなかったに違いないわ…そして、再び夢を見るしかなかったのね…。もしかしたら知らないほうが幸せだったのかもしれない…。
そんな風に絶望に浸りながら、ふと、胸に手を当てると、
もう一つ…無機質な部屋の中…彼が…心臓を差し出して…わたしがそれを受け取った…。わたしは彼の心臓を抱きしめて…ガラスの筒の中へ入る…彼は黒い炎…をまとった…大きな手に…。連れ去られて…どこかへ…その時彼が言った…きみに…その心臓を預ける…と…。そうだ…私の持っているこの、
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