▶START:はじめから

 目を覚ますと、見覚えのある光景が強烈な違和感と共に視界に飛び込んできた。ここは、消し飛んだはずのわたしの自室だ。本棚の本の配置から、散乱した教科書の配置まで、見覚えのある懐かしい部屋の風景が広がっている。わたしはその中で、自分のにおいの染みついたベッドに横になっていた。

 この部屋は、すべての始まりの日…忌まわしき"扉の日"に真っ先に異形の怪物たちに襲われて、消し飛んだ部屋だった。例えが全てを元通りに戻したのだとしても、こんなにも何事も無かったかのような部屋のままのはずがなかった。不穏な空気を感じて壁掛けの日捲りを見ると、日付は2019年4月1日だった。何かの悪い冗談だと思いたかった。

 部屋のテレビをつけると、ニュースキャスターが大声で空の異変を伝えている。カメラの映す先の空には巨大な扉が出現していた。今日は、あの忌まわしき"扉の日"…つまり、わたしはハッピーエンドを迎えた1年前のはじまりの日まで、時間を巻き戻されたようだった。ただし、当時とは違って、わたしはエンディングまでのすべての記憶があって、右手には確かにわたしが殺したそよぎくんの心臓が握られていたのだけれど。わたしはしばらくの間、状況が呑み込めないまま茫然としていた。

 ふと、テレビに映った時刻が目に入る。その表示が7:42を示したその時、自室の壁が轟音と共に崩れ落ちた。その穴から見たことも無いような…いや、正確には嫌になるほど見たのだけれど、今日という日に初めて見たはずの、異形の怪物の顔が覗き込む。焼け焦げたようなどす黒い肌、鳥のような嘴に、虎のような体と爪、体表に粘液質な液体が常に流れていて、腐臭を放っている。5つある紫色の眼球状の球体が、わたしの顔を映す。どす黒い嘴が、くちゃくちゃと音を立てながら3つに割れて、その中にある真っ暗な穴からも粘液質な唾液が垂れる。コイツは既に、わたしの家族を"喰い散らかしてから"ここに来ているはず。"前回"は何もできず、逃げるしかなかったけど、今なら…やれるはず。わたしは怪物の懐に飛び込んで、首元にある鰓状の柔らかな穴の中へ思いきり左手をぶち込む。指先にビクッビクッという反応を感じて、ソレを握り潰す。怪物は"ぷぎょっ"と間抜けな声を上げて倒れこんだ。…思ったより簡単に殺せたけれど、粘液と対液まみれになった左腕が気色悪かった。


***


 "前回"の時は、"扉の日"から1年、本当にいろんな辛い事、悲しい事があった。友人たちはすぐに半数以上が喰い殺されて、人々は街を出て隠れ住むほか無かったし、怪物たちの対処法もすぐには見つからなかった。魔法や呪文と言った類の能力も、扉の出現で身に着けられるようになってはいたけれど、見つけるまでには数カ月の時間を要した。たくさんの仲間たちの遺言を聞いたし、遺族に伝えることすら出来ないこともたくさんあった。そういうことは、なるべく減らしたい。今のこの強さのあるわたしなら、それも可能だと思った。左腕の汚れを拭いながら、わたしは早速"扉"へ向かった。

 自宅から"扉"まではそう遠くは無い。案外なほど早く辿り着いた。逃げ回っていた時は、どんなに遠いのだろうと思ったものだったけれど…。扉は”前回同様に”、既に地上に降り立っていてぱっくりとその口を開いていた。周囲には異形の怪物が徘徊している。わたしは怪物たちを殺戮しながら、前回ここにたどり着いた時は、時間が経っていたせいか怪物たちが非常に強力で、その時は佐藤くんが囮として犠牲になってくれたことを思い出していた。

 扉の内側に入ると、薄暗い石造りの館のような、城のような空間がずっと続いていて、その中も”前回同様に”異形の怪物だらけだった。こいつらに、何人の大切な人たちが喰われていっただろう。"今回"はまだ知り合ってもいない仲かもしれないけれど、せめて彼らにはもう犠牲になってほしくない。わたしは魔法で怪物たちを潰したり燃やしたりして、奴らの血を身体中に浴びながら奥へと突き進んだ。最奥には、そよぎくんが玉座に座って待っていた。そよぎくんは薄ら笑いを浮かべている。


「ずいぶん早かったね。待っていたよ。」


 ”前回同様に”そよぎくんはそんなことを言った。そよぎくん。わたしの大好きだったそよぎくん。そよぎくんもわたしのことを好きでいてくれた。それなのに、"扉の日"に姿を消して、しばらくしたらそよぎくんは怪物の王になっていた。そよぎくんとは幼馴染で、1年前に彼からの告白で付き合い始めた仲だった。ごく普通のとっても優しくて明るかったそよぎくんは、怪物の王を身に宿し、扉を呼ぶための贄だった。ただ、わたしに会いたいという強い思いが贄である彼を完全に”消し去らなかった”。そよぎくんはもはや、その中身は彼ではない別な何かだったけれど、今回も、”前回同様に”、わたしに殺されるのをずっと待っていたようだった。それはきっと、彼に残された唯一の自意識だったのだろう。

 わたしは刃渡り50cmほどの刀剣を右手に呼び出した。蒼白い炎と共に、美しい白刃の輝きが現れる。長い旅の中で、わたしが仲間たちから託された力の一つだ。そよぎくんが全てを話終える前に、わたしはすぐさま彼の胸を切り裂く。そよぎくんは痙攣しながら血しぶきをまき散らす。わたしの顔は真っ赤に染まって、彼は床に倒れこんだ。なんてあっけないんだろう…。切り裂いた胸の中には彼の心臓はなかった。そのことを確かめたと同時に、そよぎくんはにっこりと薄ら笑いを浮かべながら、黒い炎に包まれた。再び、聞き覚えのある声が頭の中に響いた。


…よく頑張りましたね。これで世界に永遠の平和が訪れるでしょう。きっと疲れたことでしょう。今はしばし休み、平和な世界に帰るのです…。


…めでたし、めでたし。

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