第3話『それぞれの思惑』
※
一般教練棟校舎。
零二が通されたのは「生徒指導室」と名札の吊るされた小さな個室。
テーブルとパイプ椅子しか備品がない尋問部屋のようなその場所でしばらく静かに待っていると、先ほどどこかへ出て行った件の風紀委員の腕章をつけた上級生の少女が、再び鍵付きの扉を開けて入ってきた。
彼女はパイプ椅子に座ってテーブルの上に足を組んで乗せて飄々とした表情で寛いでいる零二に対して、細い眉を釣りあげて不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「随分と余裕だな。今までここに連れてこられた生徒で、そんなふてぶてしい態度をとったのはお前が初めてだぞ。私はとても驚いている。というか、感心すらしている」
「いやあ、それほどでも」
頭をかいて照れている零二の頭を、少女は手に持っていた扇子で以て軽く小突いてから少年の座っている椅子の対面に背筋をぴんと伸ばして座る。
「褒めてはいない。いい加減その足を下ろせ。親から行儀というものを習わなかったのか?」
「物心ついたときには両方ともすでに他界していたもので」
テーブルに乗せていた足を下ろして肩をすくめながら軽く言った零二の台詞。それを聞いた少女は生真面目そうにしかめ面をしていた唇を尖らせ、視線を外すと申し訳なさそうな表情に曇らせた。
「……そ、それは悪いことを聞いた。すまなかったな」
予想外にも謝られてしまった零二は「あ、いえ……」とぎこちなく居心地悪そうに口どもる。彼は話題を変えるために「俺はこれからいったいどうなってしまうんです? やっぱ退学?」と少女に質問した。
その問いに少女は答えることなく、逆に零二に質問を重ねる。
「ところで、お前。名は?」
「いくら上級生だからと言って、相手に名を訪ねる時は自分から名乗るのが礼儀なのでは?」
「相変わらず減らず口の多いやつだな。だが、いいだろう。先ほどの失言の詫びに私が折れてやる」
こほん、と咳払いする少女はパンと扇子を叩いて胸を張る。
「私は流堂寺彷徨という。この第三魔法学園の生徒会副会長、および風紀委員長を務めている」
(……なるほど。これが流堂寺家ご自慢のご令嬢か)
昨日、鞍馬テンコから渡された学園の事前資料に目を通していた零二は、要人リストの上層に彼女の名前があったことを思い出していた。流堂寺家は代々本家や分家のほとんどの人間が政界に入っている政治家一族であるばかりか、魔法使いとしても優秀な血族で多数のウィザード、ソーサリーエンジニアを輩出している。そして、何を隠そう現政権のトップ、歴代最年少かつ初のウィザードの資格を持ちながら内閣府総理大臣となった流堂寺剛三郎首相は、零二の目の前に座っている流堂寺彷徨の実の父親であることを彼は知っていた。
(これは不幸中の幸いと言えるかもしれない。まさか初日から、こんな大物と接触できるとは。ま、退学になったら元も子もないんだけど。俺、殺されちゃうんで。くそー、なんで、あそこで動いてしまったんだ俺のバカ)
思案顔で頭を抱えて項垂れる零二を、怪訝そうな顔で眺めていた彷徨は、「おい」と扇子で零二を指摘した。
「私は名乗ったぞ」
次はお前だと言わんばかりの彷徨の視線と語気に、零二は渋々といった態で姿勢を正して頭を深々と下げた。
「あー。枇々木レイジです。初めまして、ドーモ」
「ふむ。始めと比べると、ずいぶんとお行儀が良いじゃないか」
「そりゃあね。これから始まるこわーい尋問をちょっとでも手ぬるくしてもらおうと思いまして」
「では、そういう素直な態度を続けることだ。なに、手荒なことは私の主義ではないんでな。やることは、至極、簡単なことだ。私が質問し、お前がそれに応える。お前が誠実なら、ものの数分あれば終わるだろう。私も暇じゃない。もしお前が虚言を吐くようならば、しかるべき相応の対処が下るとだけ言っておこう。ここまで、私が言っていることの意味は、わかるな?」
「ばっちり、ええ。わかりましたよ」
零二が深く頷いたのを眺めて、彷徨は「よろしい」と手に持った扇子をテーブルの上に乗せた。
「お前の名前は?」
「さっき聞いてませんでしたっけ?」
「いいから、応えろ」
「……枇々木レイジ、です」
「歳は?」
「十七、……いや、十六かな?」
「普通科に入学予定だな」
「はい」
「ウィーカーか?」
「はい、見ての通り。ただの落ちこぼれですよ」
「ただの落ちこぼれが、どうしてあの場にいた誰も、お前の動きについていけなかった? 先に簡単にあの場にいた数人に事情聴取してみたが、『何が起きたのかわからない。気付いたら普通科のやつが目の前の状況を終わらせていた』と、みな口をそろえてそのような趣旨のことを言っていたぞ?」
「そりゃ、俺のせいじゃなくないですか? ただの落ちこぼれの動きに付いていけないくらい、あそこにいたエリートさん方が入学式で浮かれちゃっていただけなのでは?」
「なるほど。それは一理あるかもしれん。彼ら彼女らにとっては、今日ほどの人生の分岐点はなかろう。では、質問を変える。お前が何らかの魔法を使ったことは、お前のガジェットを見て間違いない。しかし、お前の使用した魔法だけ、あの場所に魔法痕跡が跡形もなくなくなっているのは、いったいなぜだ?」
「所詮、俺の使ったのが魔法痕跡の半減期が速い弱っちい魔法だったってことですね。だいたい先輩だって知ってるでしょう。ブラックガバメントで使える魔法なんて、たかが限られている。よくてランクEの非戦闘系魔法か、使い手が使い手なら、ランクF魔法の詠唱破棄すらできない、骨とう品なんですから」
「そんな骨とう品を、無駄にいくつも装備していた理由は?」
「趣味です。ほら俺、古いものを集めるのが大好きなもので」
「ふむ。では最後の質問だ」
腕を組んでじっと零二の眼を見つめていた彷徨は、一呼吸おいて口を開けた。
「お前は私に何を隠している?」
零二は沈黙する。沈黙して、感心していた。
先ほどから目の前に座っている彷徨は、零二に対して精神干渉系の魔法を起動させていた。その効果は単純であり、自白剤と同様に対象が完全にその魔法を撃ち込まれてしまうと、あらゆる質問に嘘偽りなくペラペラ喋り始めるという催眠状態になってしまうというもの。
そんな魔法を、零二でさえ油断していると見逃してしまいそうな隠蔽率の高さで以て、おそらくは彼女なりのオリジナルに改良を加えて緻密に編みこまれた独特な魔法式や、そんな魔法を起動しているなんて微塵も感じさせない彼女自身の魔力揺らぎの小ささ、そして、それを可能とするために、どれだけ資金力に物を言わせて開発運用されているか零二でさえ想像のつかない彼女の扇子型パーソナルガジェット。
(くわばら、くわばら。諜報部の連中が、この子が政界に進出しないならスカウトしちゃおっかなってぼやいてた理由がよくわかるぜ)
零二は内心で冷や汗をかきながら、「うへー、あへー」と気持ち悪く笑ってみせる。
「俺はー、なんにもやましいこと隠してませんよー。まったくの無実だー。冤罪ですよぉ、げへっ。うへっ」
半開きにした口から涎を垂らし、目の前の虚空を見上げて、まるで催眠にかかってトランス状態になっているかのようにふるまう零二。彷徨は片方の眉を上げながら少し引き気味に黙って観察している。ただ、その口元は、目の前の少年の挙動を「怪しすぎる」と言わんばかりに、への字を形作っていた。
————鳴音。
黙っていた彷徨が再び口を開けようとしたその時。何らかの着信を示すような音が個室に鳴り響いた。彷徨は白制服のスカートのポケットに入っていた携帯端末を取り出すと「もしもし」と耳にあてて受話する。零二が見ていると、何やら親し気に話しているかと思えば若干の口論も交わう彷徨とその電話の相手主。どうやら相手は生徒会の他の誰からしい。そして、自分の処遇で意見の対立が生まれているようだと零二は覚る。そんなわけで、零二は時折「あひゃひゃ」と狂った笑い声をあげることに徹して事態の進行を見守った。
「————わかった。わかったよ、シラユキ。私が折れよう。ああ、また後で。言っておくが、この埋め合わせは今度してくれよ?」
時間にしてはそれほど長くはかからなかった。電話主と問答していた彷徨は、先の台詞を最後にして耳に当てていた携帯端末を再びスカートのポケットに収める。そして、すくりと立ち上がってテーブルに置いていた自分の扇子型ガジェットを手に取ると、零二の方をじっと見下ろしながら何かを考え込み始めた。
さすがの零二も鉄火場には散々慣れているものの、同年代の美少女に狭い個室でじっと見つめられるという体験は初めてである。しばらく、彼女の探るような湿気の多い視線に耐えられなくなった彼は、こぼしていた涎を服の袖で拭った。
「あの、どうしたんです? 俺の顔に何かついてます? もしかして惚れた?」
「なんだ。私の魔法にかかった演技はもういいのか?」
「あっ、いや。その。あひゃひゃ。ひゃっ、……な、なんちゃって」
彷徨の指摘に慌てて白目をむく零二に、彼女は諦めたように長く大きな溜息を吐くだけだった。それから、扇子で出入口の扉を指して一言を添える。
「もう行っていいぞ」
きょとんとする零二も仕方のないことである。その退出許可はつまり、零二に対しての処分が何もないということを示しているに他ならなかったからだ。
「ほら、何をぼさっとしている?」
「え? あの、いいんですか?」
「ああ。さっさと行け。もうすぐ普通科の入学説明会が始まる時間だ。入学初日から遅刻者の不名誉は受けたくなかろう。自分の行くべき場所はわかるな? わからなければ工程表を見ればいい。それでもわからないという方向音痴であるならば、私が近くまで連れて行ってやるが?」
「あ、いや、結構です。地図は頭に入っているんで、行くべき場所ならわかりますよ。……じゃなくって。え、まじ? 本当に俺、お咎めなし?」
「なんだ。嬉しくないのか?」
「嬉しいです、けど。なんか腑に落ちないなって。こんなどこぞの馬の骨ともわからない不審者、放置しておいて大丈夫なんですか? 俺なら臭いものには蓋をしますけどね。退学させるとか」
「……ふっ、ふふっ」
肩を震わせて口元を扇子で隠しながら笑う彷徨を、零二は頭上にクエスチョンマークを浮かべながら眺めている。
「いや、すまんすまん。確かにお前の善悪はわからんが不審人物であることは確かだ。私だって退学にしておいた方が良いと思っている」
「だったら、なぜ」
「お前が知る必要はない。まあ、お前が何者なのか正直に話すというなら、教えてやるのも吝かではないが?」
「…………あー、じゃ、結構です。理由はどうあれ、お咎めなしなら俺、この通り万々歳なんだし」
両手を挙げて万歳三唱したあと、いそいそと個室を出て行こうとする零二。扉の取っ手に手をかけた段階で思い出したかのように振り返り、彷徨の表情を伺うようにしながら言葉を選んだ。
「忘れるとこだった。返してくれません? 俺のガジェット」
零二の要求に対して、「いいだろう」と彷徨は頷いて指を鳴らす。すると、零二が開けようとしていた扉がバッと開かれ、外に待機していたらしい風紀委員の腕章をつけた大男が零二を圧しのけて入ってきた。
その大男は、流れるような動作で彷徨の前に跪いて頭を垂れる。
「彼のガジェットを返してあげなさい、潤道」
「……承知しました」
彷徨に潤道と呼ばれた大男は、むくりと立ち上がると、零二の前に大きな足音を響かせながら迫る。おそらくは流堂寺の分家の人間で、彷徨の側近であろうと言うことは想像できた。さすがの零二も、そんな二メートル近い筋肉隆々とした大男の気迫に後ずさりしていく。最終的には壁に背中をつけて生唾を飲み込むまでに至った。
ドン。
潤道が壁を手で叩いて、縮こまる零二を見下ろす。
「どうぞ。お受け取りください」
一触即発————どころか、ニカリという音が聴こえんばかりの潤道の強面に反した優しい口調と白い歯を見せた笑顔に零二は面食らってずっこける。潤道から差し出されたブラックガバメントを、恐る恐る受け取った零二は、引き攣った愛想笑いで大男を見上げるしかない。
「あ、あのぅ、その。返してもらえるのは、一本だけですかね?」
「申し訳ない。校則で学生が携帯できるガジェットは一人一機までと決まっておりまして。残念ながら残りのガジェットは没収ということになりますな」
「えー」
不服そうに息を吐き出す零二を見て、潤道は慌てた様子で土下座する。額を打ち付けた床は陥没と罅割れが起きている。
「本当に申し訳ない! 卒業時には返却されると思いますので、この通り! この通り、どうかご勘弁を! 気が納まらないとおっしゃるなら、自分を踏みつけていただいて結構!」
「ちょ、そこまではさすがに……」
「いや! そんなことおっしゃらずに! むしろ踏みつけていただきたい! さあ! さぁ! さああっ!」
「まっ、待て待て待て。ちょ、待ってください。とりあえず顔を上げてくださいよ。マジで俺にはそんな趣味ないんですケド?」
「ほら、潤道。彼が困っているだろう。悪いな、少年。この男は、こんななりをして実際かなりのドMでな」
「は、はあ……、そう、なんですか?」
「まあ、気にするな。潤道の言った通り、お前に返してやれるガジェットはその一本だ。他は風紀委員が責任をもって管理保管しておいてやるから。さあ、ほら。さっさと行くんだ。私がこの男を踏みつけているうちに」
大男の頭にサイハイのブーツの踵をグリグリと押し付けえながら、やれやれと言った表情で零二を見やった彷徨に、かくいう零二は「風紀委員とは? 風紀委員長とは?」という素朴な疑問を投げかけたりはしなかった。
せっかく潜入工作任務において、あんな醜態を曝してしまったにもかかわらず、退学にならないばかりか、何の罰も受けないというのだ。こうなってくると、一刻も早くこの場所を立ち去った方が最善であることは零二にも理解できた。
(……ま、所詮は学生生活だし。一本ありゃ大丈夫だろ)
わりと楽観主義者である零二は、潤道から受け取ったブラックガバメントを腰のホルダーに差し込む。そして、気持ちよさそうに美少女の踏みつけを甘んじて受けている大男と、若干頬を上気させて大男の頭を踏みつけることに乗り気になってきている美少女のいる個室から、うっちゃり「失礼しました」と頭を下げて、そそくさと退出したのだった。
※
こんこん。
生徒指導室の扉がノックされる。四つん這いになっている潤道の背中に腰を掛けていた彷徨が「どうぞ」と入室を促した。扉が開かれると、そこには彷徨と同じく十人が十人振り返るような美少女が立っていた。彷徨と違うところはといえば、彼女が鋭く吊り上がった目じりのきつそうな印象を与えるのに対して、入ってきた少女は目じりの下がった、柔和という言葉がぴったりの優しい雰囲気を醸し出している。また、プロポーション的な面で言えば、彷徨がスレンダーであるのに対して、少女は高校生にしては出るところがしっかりと出た魅惑的な体つきをしている。
少女は個別指導をきょろきょろと見回して目当てのものがいないと覚ると、腰までのびた長髪を指でいじりながら子供っぽく頬を膨らませた。
「まあ、彷徨ったら。私が来るまで彼を引き留めてくれなかったのかしら?」
その言葉に、彷徨は首を振って窘める。
「ばか。あんな不審者をお前に引き合わせられるか。シラユキは、もっと生徒会長としての自覚を持つべきだ」
シラユキと彷徨に呼ばれた少女————十束白雪、第三魔法学園現生徒会長は、舌を出して不平を漏らすのである。
「もう、彷徨はいつも自覚自覚ってうるさいんだから。私だってなりたくて生徒会長になったわけじゃないもん。それに、不審者って言い方はどうかと思うわよ? 彼には枇々木零二くんっていう立派な名前があるんだから」
「どうだか。その名前すら本当かどうか怪しいものだぞ」
「真実かどうかが重要ではないの。彼がこの学園にやってきたということが重要なのよ」
「白雪の言うことが正しいなら、あの少年は軍関係者なんだろう? 学園自治にとって軍の介入はリスクが高すぎる。何か問題が起きる前に、さっさと退学にしておくべきだ。何度も言ってるが」
「昔からだけど、彷徨の軍人嫌いも相当ね」
「おいおい、よしてくれ。私は軍人が嫌いなんじゃない。軍人という人種が大嫌いなだけだ。なんせ、うちの父親がシビリアンコントロールを脅かしそうなくらい軍と癒着しようとしているものでね」
「ふふっ、聞いたわよ。また軍上層部のご子息との縁談を断ったみたいじゃない」
「うるさい。そんなことよりも、本当にいいんだな?」
「なにがかしら?」
「あの少年に監視もつけずに野放しにするのは、愚策じゃないのかと何度も言っている」
「監視なんか付けたところで無意味よ。だって、すぐに気付かれるもの」
「そんなに腕が立つのか? 確かに、つかみどころのない、得体の知れなさはあるかもしれんが」
「ところで、彷徨は【タイムトラップ】と【マキシマムアクセラレータ】を同時に使える?」
「使おうと思えば、戦闘が不得手な私でも使える。もちろん、お前もやればできるだろうし、新入生はともかく上級生でそこそこの実力のあるものなら誰だって扱える。なんせ、高速化していく現代魔法戦闘においては、その二つの併用が必須の魔法だからだ。それがどうした?」
「じゃあ、それをあのブラックガバメントでやれって言われたら?」
「不可能だ。処理領域不足で……まさか、」
眉を吊り上げる彷徨に、白雪はまるで自分のことのように誇らしげに胸を張った。
「そのまさか。あの子、どういう魔法を使ったのかわからないけれど、ランクAとランクB相当の魔法を同時起動したのよ。ランクD相当の魔法でも使えるか使えないかわからない、あのブラックガバメントを使って。どう考えてもあり得ないでしょう? でも、それをやってのけた。どう? 驚いた?」
「驚いた、というより呆れたな。それも少年に、ではなく、お前に対して呆れたぞ、白雪。また過去視をしたのか? 虎の子の固有魔法の千里眼をそんな簡単に使っていたら、いざというときに足元をすくわれる。いつも言ってるがな」
「いいじゃない。だって視たかったんだもん」
再び子供っぽく頬を膨らませた白雪は、しばらくして頬に入れていた空気を溜息として吐き出した。
「でも、さすが軍人さんと言うべきなのかな。あの子、抜かりなく、自分の魔法式はばっちり暗号化してるあげく、解析負荷と半減期短縮をちゃっかり組み込んでるみたい。私でさえ頑張って視たけれど、【タイムトラップ】と【マキシマムアクセラレータ】を、おそらく使ったんじゃないかなーって。そんなことくらいまでしか、わからなかったわ。たぶん、その奥に、まだ何かもっと別の、彼にとってはおそらくそっちが本命の、魔法を奔らせていたはずなんだけれどなあ」
「お前の解析できない魔法が、まさかこの世界にあるとはな」
「彷徨ちゃん、私たちが思っているよりも、ずっと世界は広いよ。私たちが知っているのは実際、ほんの上澄みの部分だけ」
「お前が言うと洒落にならん。しかし、まあ、なんだ。お前にそうまで言わせるならば、あの少年に私も少し期待してもいいかな。なんせうちの学園は絶賛人材不足だ。このままでは三校対抗試合(トリニティ・マッチ)総合優勝は危ういからな。何としても連敗記録を我々の世代で止めないと恥さらしもいいところだ」
「安心して、彷徨。彼以外にも今年の新入生はめちゃくちゃ豊作なんだからっ。まずは何と言ってもマトバコーポレーションのじゃじゃ馬姫ちゃんでしょ? 入学試験では筆記全教科満点の中等部から飛び級してきた子、あとはお父様の会社の内定がもう出ちゃってる技術科に入ってきた子なんかもいいかも。ねえ、彷徨、これから面白くなるわよ? とってもよ?」
小さく飛び跳ねて興奮を噛みしめている白雪に、ふと彷徨は手をぽんと叩いて何かを思い出す。
「そういえば、白雪。お前の妹の、確か深雪ちゃんだったか? 彼女も今年、新入だったんじゃないか?」
「んー」
彷徨の問いに、喜びの舞をやり始めていた白雪は、その動きをぴたりと止めると、しばらく腕を組んで悩ましい声を発した。その後、人差し指を薄い唇に当てた白雪は、「それについてはノーコメントで」と困った表情で微笑むのだった。
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