夢を語ろう。
母さんとケンカした。
《あなたの夢はなんですか?》
《夢ってお姉さん、今時ダサくないですか~?》
《今時、夢なんて言ってるの小学生くらいだって~!》
《じゃあ、将来就きたい仕事は?》
《そんなん、どっか雇ってもらえるところでしょ~!》
《そこが楽しいところだったら良いよね~!》
リビングでついたままだったニュースを、眺める。キッチンから着替えを促す、母さんの怒声が飛んできた。仕方なく学ランを脱いで、L字ソファの隅に放り投げる。
帰ってきてから、もうニ時間は経っている。
背もたれに肘をおいて、体重をのせた。テレビではアナウンサーのお姉さんが、若者に絡まれる映像が、永遠と続いている。
父さんが帰ってきた音を背後に聞きながら、テレビのチャンネルを変えた。背もたれから滑りはじめた体を起こす。背後では、母さんと父さんが何か話をしているようだった。
そろそろ、説教の時間だ。クイズ番組で気をまぎらわせながら、その時を待つ。冷蔵庫が閉まる音がして、ぞんざいな足音が近づいてくる。ドスッと空気をわけて、父さんはソファに腰かけた。そして、テーブルに置きっぱなしにしたプリントを手にとった。父さんの一言を待ちながら、俺は脳内で反論を練る。
父さんがプリントを放った。
「夢なんて破れて当然。そんなクソみたいなもん」
ネクタイを緩めながら、父さんはソファの背もたれに肘をのせた。誰にむかって言っているのか、視線はテレビにむけられ、俺を見ていない。
「大抵叶わないしな。二十も後半になってみろ。夢なんて語ってたら、それこそ笑いもんだ。クソを見るみたいな目で見られるわ、唾吐かれるわ、良いことないぞ。夢なんて、昔話にでもできなきゃ、ただの落伍者だ」
気だるげで、それでいてどこか憤怒の混じった声。
「だったら、なくて良い。その方が気が楽だ。普通に働いて、普通に結婚して、普通に子供生んで、それで死ぬんだ。それで十分、上出来の人生だ。それで、この人生も楽じゃない」
父さんは腰を落とし、不遜な態度でテレビを睨み付けた。学校で同じ姿勢をとれば、必ず注意を受けるし、ナメてるのかと反感を買う格好だ。
「やることは多いわ、疲れるわ、不満だらけだわ」
テレビの中で歓声があがる。問題に正解したらしい。
「そんな人生のための誤魔化しなんだよ、夢ってやつは。青春時代の暇潰し、働くことから自由になれない俺たちに、ぶら下げられたニンジンに過ぎない」
キッチンでは母さんが料理を進めていて、美味しそうな匂いが濃くなってきた。
「ニンジンを掴むことが出来れば勝者だ。その勝者から見れば、俺たちもまた、落伍者だ」
父さんは広げていた足を組むと、まるで見下すみたいに、問題に悩むタレントたちを見ていた。
「結局この世は落伍者だらけ。だから、不満は減らねぇ。勝者だろうと落伍者だろうと、働くことから解放されるわけじゃねぇしな。まるで馬車馬になるために生まれてきたみたいだよな」
俺はなにも言い返さず、頷きたい気持ちを抑えながら、包丁の奏でる小刻みなリズムを聞いていた。
はっと、父さんに横目に見られているのに気づく。様子を伺われていると思って微動だにせずにいると、父さんは目を反らした。
深いため息が聞こえた。
「だからって、お前が夢を諦める理由にはならない。ってか、夢を見ろ。じゃなきゃ意味がないだろ、俺が働いてる意味が」
そう言って父さんは、俺の頭を小突いた。立ち上がると「着替えてくる」と言って、リビングから出ていった。キッチンから、なにかが煮立つ音がする。
テーブルの上には、白紙の進路希望調査表がある。
俺はなにも言えないまま、またテレビに視線を戻した。《次の問題です》という掛け声のあとに、大袈裟な音が上がった。
《”Boys, be ambitious. ”を、日本語に訳しなさい》
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