戦禍の夢


 気づいたとき、私は戦っていた。

 剣と剣がぶつかり合い、光が至るところで弾け、水が舞い、炎が上がる。私は振り下ろされる剣を短剣で受け止め、はらう。その衝撃に腕は痺れ、心臓が強く脈打つ。


「なぜ引かぬ! 大人しくしていれば、これ以上火種は広がらずにすむ! それの何が不満だというんだ! お前一人が堪え忍べば、他の誰もが傷つかずに済むというのに!」


 私に剣を振り下ろした甲冑姿の男が、私に向かって叫ぶ。その間、私はなぜか誰からも攻撃されることはなく、男の言葉にただ耳を傾けていた。

 そして、男の言葉に奥歯を噛み締める。なにかを言おうとしているのに、わたしにはその言葉が浮かばない。


「火種が広がらずとも、そこにあり続けることは変わらない! ただ耐えて、それで救われるというなら、私だって戦いたくはない!」


 私の口から滑り出る言葉に、男は目を鋭くした。わたしは自分の言葉に、置いてけぼりを感じていた。それなのに目の前にいる私は、しっかりとした強い瞳で男を見据えている。


「だけど、この身がただ焼かれるだけならば、私は」


 側では誰かが火の矢を放ち、周囲の空気を熱した。だけど私は、そんなものに怯んだりはしない。


「私は! 戦う! それが誰かを巻き込むことになろうとも! 私が、この世界から必要なくなったとしても」


 短剣を構え直し、私はその手に力を込める。


「生きる! 生きて、戦い続ける! この、生命のために!」


 その言葉をきっかけに、足元から光があがる。ああ、魔法を使うのか。と、わたしは察した。その能力に、静かに胸が踊る。

 さっきまでとは違う、低い声が響く。


「尊きものよ、我の意思を伴いて、冀求する敬仰の未来へ導け!」


 足元の光が柱となり、そのまばゆさに、わたしの視界は奪われた。




 目覚めると、涙が頬すべった。

 机には落書きされて破かれた教科書が、広げられたままだった。つぎはぎするためのテープが髪に絡まっていて、引っ張ると、やっぱり痛かった。

 使えなくなったテープを、ゴミ箱に放る。ひっきりなしに通知を知らせるスマホに、わたしの心臓は重みを増した。見慣れてしまった罵倒が、脳裏を過る。


「ご飯よー! 早く下りてきなさい!」


 階下から聞こえてくる母の声に、固唾を飲む。夢で見た私の姿が、今、わたしと一緒にある気がする。 

 怖くて、踏み出せなかった一歩が、今なら。

 わたしは机に広げたままの教科書を、光り続けるスマホを持って、部屋を出た。

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