夏祭りに夢をみる
告白されるかもしれない、なんて。期待が胸を過った。
まさか夏祭りに誘われるなんて、思っていなかったから。
「今日は、誘ってくれてありがとう」
気合いをいれて浴衣を着て、神社の入り口で落ち合って、走ったせいで乱れた前髪を整える。
「いや、良いよ。食べたかったし、屋台のたこやき」
「あれ、なんでいつもより美味しく感じるんだろうね」
賑やかな参道に足を踏み入れながら、はじめてつけた簪を押さえた。彼はいつもと変わらないラフな格好に、キャップ帽を被っていた。
毎年行われる地元の夏祭り。いつもは寂れた神社も、今日は夜をも照らす明るさで、人波を呼び込んでいた。
その眩しさに、ふいに夢をみる。
一方的に繋がれた手に、私は驚く。
「今日、さ。すごく、綺麗だね。なんか、他のヤツに見せたくないな」
こちらを見ずに呟く彼に、赤面する。
握られた手から、熱が伝わってくる。
「俺たちさ、付き合わない?」
賑やかさに掻き消されそうな声だったのに、私にははっきりと聞こえた。
なんて。夢は現実にならない。
夢が叶えば、私は「はい」と頷くだけで良いのに。
手を繋ぐことすらできないのが、今の私たちの現実だ。
私たちはいつもと変わらない距離感で、参拝もすませて、たこやきも食べて、かき氷も食べた。「あーん」もなければ、イチゴ味とブルーハワイ味をシェアすることもなかった。私はどっちの味も食べたかったけど、弟に言うように一口もらうことができないまま、完食した。
ふいに彼が足を止めて、遠くを見た。同じ場所を見ようと覗きこむと、祭りから少し外れた場所に、竹が数本、立て掛けられていた。近くには長机があって、そこでは親子が笑い合っていた。
「そういや、短冊って書いてる?」
「短冊って七夕の?」
「そう。このお祭り、笹に短冊飾れるんだよ。ちゃんと、お焚きあげしてくれるんだ」
親子が薄桃色の短冊で、竹をさらにカラフルにしていた。そして祭りの中に帰っていく。
「書く?」
「書きたい!」
私と目を合わせて、尋ねてくれる彼に嬉しくなって、思わず声が大きくなった。
私は少年と同じ薄桃色の短冊を手にとって、マジックペンをとる。
なにを書こうか。”付き合ってください”なんて。すぐに思いついたけど、書く勇気はなかった。だから、余計に迷う。
ちらりと、横を見る。
彼は青色の短冊を持って、夜空を睨んでいた。私も彼のマネをして、夜空を睨む。暗いキャンパスは、夢を思い描くのに向いていた。
「短冊、なに書く?」
悩んでも悩んでも、思い浮かばなくて、聞いてみる。彼は私を見ると、頬を赤らめて、ぺんを握った。
私は静かに、書き終わるのを待った。
書き終えても、彼はなかなか見せてくれない。手のひらで隠して、一人唸っていた。そして、心臓マッサージでもするかのように両手を添えて、グッと短冊を押さえ込む。机が、軋んだ。
こちらを振り向いた、彼の顔が赤い。
「うそ」
私の方へ翳された短冊に、口を押さえた。
”付き合いたい”
その言葉に、目が潤んだ。
「俺、好きなんだ。そっちは?」
言葉で返すより先に、私は頷いていた。
なんて。現実になれば、私もって応えるだけで良いのに。
実際に彼が短冊に書いた言葉は、”試合に勝ちたい”だった。
「試合、近いんだっけ」
「そう。次はベスト4目指してるんだ」
話ながら、肩を落とす。
「そっか。頑張ってね」
今は応援にも力が入らない。試合本番には気持ちを立て直さなきゃと、弱々しい頑張ってを反省した。
二人並んで飾れる場所を探して、より高い場所に引っかける。私じゃ届かない場所。彼に短冊を託す。
”成績アップ!”と力強く書いたから、恥ずかしくない。
「そろそろか」
彼はスマホで時間を確認すると、「花火」と言った。
「ちょっと早くない?」
「おすすめスポット、聞いてきたんだ。行こ」
会話が成立してないことに戸惑う私をよそに、彼は見知らぬ場所にむかって歩き始める。
「急ごう」
一体誰にむかって言ってるんだろう。彼は私をおいて、スタスタと進む。浴衣で草履の私は、ついていくのに必死だ。
彼の足が止まる。どこかは分からないけど、迷子にならずにすんだことにホッとした。
彼が「ごめん」と申し訳なさそうに笑う。朱い橋の手すりに腕を伸せ、彼は空を見上げていた。私も、彼の横で開け放たれた夜空を見やる。
始まりを告げる大きな花火が、打ちあがる。
ああ、なんてロマンチック。人並みから外れた場所。花火が、私たち二人だけの世界をつくる。夢みたいだ。
「花火、綺麗だね」
私の呟きに、彼の返事はない。きっと花火の音が掻き消してしまったんだと、思う。
間をおかずに響く花火は、音に負けないくらい広大な花を夜空に咲かせていた。
何発の花火が打ち上がっただろう。
「でも」
花火の合間を繋ぐように聞こえた声に、彼を見る。俯いた彼の顔を、花火は照らす。
花火が煌めく。彼が顔をあげた。
花火が煌めく。彼がこっちをみた。
「花火で煌めく君は、いつもよりもっと、もっと綺麗だよ」
私はただ、耳をすませた。
「誰にも渡したくない」
彼の横顔が花火に照らされて、哀愁が漂う。
「俺のものに、なってくれない?」
なんて。言ってくれれば、涙を流しながら「うん」って応えるのに。
一度も話さないまま、それどころか、お互い顔を見ることもなく、短い花火大会が終わった。
一人ならトボトボと帰るところを、二人だから普通を装って歩く、帰り道。
竹の周りでは大学生くらいのグループが爆笑してて、屋台は大きな声をあげて客寄せをしていた。私は「最後にクレープ食べたい」なんて上機嫌に言って、楽しい夏祭りを少しだけ間延びさせた。
分かれ道に着いた。目の前には沈黙の花火大会を思わせる、石橋がある。クレープは何事もないまま、食べ終わろりそうだ。
夢見て終わった。なにもないまま、終わった。石橋を渡れば、本当に、今日が終わる。
告白したい気持ちとされたい気持ちがせめぎ合っているうちに、彼が「じゃあ」と声をあげた。
「俺、あっちだから」
「うん、じゃあ、またね」
笑って、軽く手を振って、背中をむける。自分の足音が、こんなにも寂しげに響くなんて、思わなかった。
告白してくれなかった。またね、なんて。送って欲しかった思いが、から回って、落胆といっしょに涙が溢れそうになる。
好きなのに。なんで、今日がこんなに早く終わってしまうのか、分からない。もっともっと、一緒にいて、余韻にときめきたいのに。
告白、しよう。私が。
だって私は、彼を好きだし、独り占めしたいし、それから。
駆けだそうとして、浴衣に足をとられそうになった。
「ゆき!!」
叫び声に、視線を巡らせる。
石橋の中腹に、こちらを見る、彼がいた。
「俺たち、付き合おう!!」
彼は橋の手摺から身を乗りだしてまで、私を見ている。
胸が張り裂けそうで、涙が浮かんだ。
「うん」
声が聞こえたかは分からない。けど私の精一杯で応える。嬉しくて、顔を覆ってしまう。立ち止まってしまう。
騒音に、足音がまじる。彼の歩幅で、近づいてくる。
足音が止まった瞬間、温もりに包まれた。
「うん」
彼の声が、耳元で響く。
私の代わりに、彼が涙を隠してくれた。開いた両手で、私も彼に応える。
私の温もりを、私の好きを、余すことなく、彼に伝えたい。
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