こだまでしょうか。そのつもりだったんですがねぇ……

 朝晩がすっかり肌寒くなり、山々の紅葉が色づきはじめた秋の頃。

 気候のよいある日、遠足の子どもたちが、遠足でお山に登っている……というわけで――

 ー中略ー


「やっほー!」

 頂上に到着した子どもたちは、周囲にそびえる山脈やまなみに向かって、しきりに声を張り上げている。

「やっほー!」

「やーっほーっ!」

『……』

『……』

 

 子どもたちは、ひとしきり周囲の山に向かって「おーい」だの「やっほー」といった、いってみれば月並みな呼び掛けを、向かいの山々に向かって発していた。

 しかし、子どもたちの純粋な期待は大きく裏切られ、対面の山から返ってくる声は、まるでなかった。それこそ、ウンともスンとも返ってこない。天高くでトンビが輪を描きながら「ピーンヨロー」と鳴く声が聞こえるばかりである。


 そのうち、ひとりの子どもが、童謡『やまびこごっこ』の歌詞を山に向かって言い出した。

「やまびこさーん」

『……』

 やはり返る言葉などない。

「まねっこさーん」

『……』

 徹底的に返ってこない。

「真似しないじゃん」

「先生ー! 山びこならなーい!」

「山びこなんて、ウソっぱちじゃーん!」

「あんなの、歌とか話の中だけだろー! ヒクションっていうんだろー?」

「なんでぇ、つまんねーの!」

 子どもたちからは、非難の声があがる。ブーイングの嵐は、さながら野党反対の中での強行採決を彷彿とさせる荒れ具合である。

「山びこが返ってこないのは、ここいらの山の形状が、スポンジのように音を吸収してしまう性質だということなんだろうね」

 子どもたちの不満の声に、そう返したのは担任教師だった。教師は子どもたちに分かりやすいように、山びこ現象が起こらない仕組みを解説する。

「へー」

「また明日、音の伝わりかたや反射について、学校で実験してみよう」

「はーい」

 教師の言葉に子どもたちは元気に返事をした。 



 ーcafeSeisuiのカウンターにてー

「……なんてことがあったんだよぉ、マスター」

 ぐじぐじといじけるようにうつむいたやまびこは、グラスのお冷やをぐいっとあおる。カランと氷の滑る音がすると同時に唇からグラスを離すと、少々乱暴にテーブルの上にグラスを置いた。

「なあ、マスター聞いてるかぁ? オレの話をよぉ」

「はいはい、聞いていますよ。子どもたちは元気に返事したんですね。いい子たちじゃないですか。それでどうしたんですか?」

 店長は慣れた手つきでコーヒーを落としながら時計にちらりと目を遣る。

「悪かぁねえんだ。だけどよう」

 店長は静かな笑みを浮かべて、やさぐれた様子のやまびこにうなずいてみせる。

「オレぁよう、毎日毎日いつもいつも、年がら年中、日に何べんも何べんも、オーイだのヤッホーだの、バカやらハゲやら言葉を返し続けてるとさあ、たまには嫌気がさしちまうことだってあるんだよ。エンドレステープみたいに、ずっと変わらず同じことを続けてるとさあ。なあ、あるだろ、そんなことって。マスターにもよぅ」

「はいはい。ありますねえ、そんな時も」

「だのに、教師のヤロウときたら、地形のせいだとかなんとか知った風な口ィ聞きやがって。そんで子どもたちもすんなり納得しちまうんだからよう。毎回毎回あいつらと対峙してきっちり返してやってるオレは一体何なんだっつーの」

 そう言うとやまびこは、チェッと舌を鳴らした。谷を挟んだ向こう山で対峙しているのは、やまびこだけの一方通行である。

「そうでしたか。それは報われないことでしたね。うちの弟妹きょうだいには明日の朝、やまびこは、やまびこさんの仕事だときちんと伝えておきますね」

 人ではないやまびこは今日もまた、聞き上手な店長相手に、アイスコーヒーとお冷やで午後11時の閉店時間まで、カウンターに居座り続けたのだった。

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