第5話

「ごめん。お待たせ」


僕は今、お盆にお茶の入ったコップと袋菓子を乗せて自分の部屋に戻ってきた。


「あ、おかまいなく。こちらがお邪魔させてもらってるんだから、気にしなくていいのに」


頭を何回も下げる加流瀬さん。


……って、なんで僕、こんな状況になってるんだっけ?


今日の昼休みに屋上に呼ばれ、その屋上でおまじないを使われ、自由を失ったかと思えば、放課後には一緒に帰ることになり、今に至る。


「えっーと……なんで加流瀬さんは僕の家にいるの? 」


僕の部屋に女の子がいる。それも、親とか親戚ではなく、クラスメイトで同い歳の女の子が。

こんな経験、初めてで本当だったら嬉しいはずなのに……全く嬉しくない恐怖。


「……うーん、なんとなくかな? 」


それに、相手はなんとなくで男の家にあがっているというのだ。


しかし、今日に限って両親はおらず、兄弟のいない僕はこの家、この部屋に女の子と二人きりという事になる。

そう考えると、急に緊張してきて話題を作ろうとするが、何にも思い浮かばず、自分は男として失格と言われる理由にも納得がいく。


「どこにあるんだろう……」


少し、彼女から目を離すと、僕の本棚を漁って何かを探していた。


「何を探してるの? 」


僕も本棚に近づき、加流瀬さんの探し物を聞くと


「エロ本」


「うん。持ってないね」


彼女が本棚で探している物は、男子が好む18歳未満は読んではいけない本だった。


この家に2人しかいない事を意識してしまっているのに、そこに変な単語が出てくると不意を突かれた気がして、すぐにでも顔を隠したくなった。


「なーんだ。それじゃあ、帰ろうかな。高林くんの部屋にも入れたことだし」


そう言うと、加流瀬さんは鞄を持って立ち上がった。

「あ、もう帰るんだ。早いね」


なんだか意味深な事を言っていたけど、僕は気にせず、玄関まで加流瀬さんを送った。


「お邪魔しましたー」


玄関を出てこちらを振り返ると、ちょこんと頭を下げて微笑むと、僕に小さく手を振った。


僕にはその仕草が可愛く見えて、反射的に手を振っていた。


やがて、加流瀬さんの姿が見えなくなると僕は玄関の鍵を閉め、リビングに向かい、ソファにダイビングした。


「……嵐」


疲れきった僕は一言だけ呟いた。


本当に突然の出来事だったのに一瞬で過ぎていった。


それに、今日が学校生活で1番疲れた。そう思ったのと同時に一日がとても長く感じたし、短くも感じられた。


――だけど、今日は楽しかった気がする。


そう言って僕はそのままソファでゆっくりと目を閉じた。




―――――――――――――――――――――





――翌日。




授業の1時間目。


僕は目を擦りながら必死に板書した文字をノートに書き写していく。


昨日はあのままソファで寝てしまい、寝にくかったのか、何回か起きては寝ての繰り返しで寝不足気味になっていた。



「そんなの、明日でしょ? 」


昨日、加流瀬さんに言われたことを思い出す。


昨日の明日は今日。


つまり、加流瀬さんは今日、黒崎に告白するということだ。

でも、……本当にそれでいいのだろうか?

あの一生のお願いは何のために使ったのか。

加流瀬さんは何がしたかったのか。

疑問に思う事はたくさんあるけれど、僕の自由がおまじないによって奪われることはなく、これでおまじないから開放される。


そう思っただけでちょっと開放的な気分になった自分がいた。







今日も特に楽しいことはなく、あっという間に全ての授業が終わった。


僕は昼休みに噂が流れなかった事から、黒崎はまだ告白されていないと分かった。


それなら、放課後に黒崎は告白される。


けれど、一つ気になっていることがある。


それは今日、僕は1度も加流瀬さんと会話をしていないということだ。


場所だけは昨日教えてもらったけど、それ以外の情報は何も教えられていない。


……僕は本当に謎だらけで何度も頭を抱えていると、すでにホームルームは終わり、下校の時間になっていた。


今日は全部活が休みで一斉下校だったため、黒崎の時間も空いている。


僕は黒崎と加流瀬さんの席を確認して2人がいないのを確かめると、急いで鞄の用意をし、2人の帰りを校門で待つことにした。


それから、10分程が立っただろうか。


昇降口から出てくる加流瀬さんの姿があった。


下を向いていて、表情は確認出来なかったが、僕は結果を聞くのが恐ろしくなって、深呼吸をする。


こちらに向かって歩いてくる加流瀬さんに向かって僕も歩き出す。


そして、僕らの距離が1mほどになった所で2人とも止まった。


どちらも無言のまま、話を切り出すことはなく、下を向いたままだった。


そして、僕が話を切り出そうとした瞬間――


「告白してきたよ」


加流瀬さんが呟いた。

この雰囲気からは、いい結果ではないことが感じ取られる。

こんな時、どんな声をかければいいのだろう。


僕は下を向くことしか出来なかった……。


「……今回は相手が悪かったんだよ。黒崎を好きになった理由は知らないけど、君は頑張ったと思うよ」


こんな最低な事しか言えない自分に腹が立っていた。


けれど、加流瀬さんは顔をあげ――


「え? 誰が愛の告白なんて言ったっけ? 」


首を傾げながら僕にそう言った。


僕はその言葉の意味が理解できず、


「え? 」


と、掠れたような声が出た。


僕が理解していないのを分かったのか、加流瀬さんは、あぁ、と閃いたように――


「嘘ついてごめんなさい。私が本当に好きだったのはね……」


その瞬間、強い風が吹き、僕は一瞬だけ目を瞑る。


その時、頬に何かが当たった感触がして――


「君だよ――」

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