はじめましては、秘密のはじまり

やえなずな

はじめましては、秘密のはじまり


「は、はじめまして…わたしは、えっとあの」


じっと視線がわたしに目掛けて集まる。こんなことはじめてで一気に心臓がどくどくどくと嫌な音を立てた。頭で何度も繰り返した自己紹介をあとは口に出して声にするだけなのに。どうしてこうも緊張してしまうのかな。小さくばれないように深呼吸してかさかさののどから声を絞り出した。


「三海弧子といいましゅ…っ」


か、噛んじゃった……これは恥ずかしい。しーんと静まり返った教室にくすくすくと小さく笑う声が耳に入った。ぴくんと肩が跳ねて背筋にすっと嫌なものが走る。まずい、これは、これはばれてはいけない。


ぱっと首の後ろで揺れていたフードを深くかぶって最後にぽつり。


「よ、よろしくお願いします」


少し騒がしくなった教室の音でその言葉は誰の耳にも入らずに消えていった。


視線はそのまま下に向けて素早く自分の席に戻る。


そのまま次の人、また次の人と自己紹介は続いているが、今はそれどころじゃない。


(ばれて、ないよ、ね?)


すっぽりと自分の頭を隠すそのフードの中に恐る恐る手を入れて、その、“ばれてはいけないもの”の存在を確認した。


ふつうの人間の頭には存在するはずのないもの。掌に感じる触感はいつも通りのふわふわで。やっぱり狐耳が生えてきちゃったみたい。


化け狐、といえばだいたいの想像はつくんじゃないかな。そう、わたしは人間じゃない。ふわふわのおしっぽがチャームポイントのお狐さんなのだ。昔のご先祖様はよくいたずらを働いていたらしいけど、今の化け狐はそんなことはしないよ。だって人間のほうが強いし、社会に溶け込んで一緒の暮らしをするほうが何倍も楽で楽しいことだからね。人間にばれないで生活、できれば、の話だけど。


「弧子……ちゃん?」


「ふぁい!?」


突然真後ろから降ってきた声に、ピクリと肩を震わせる。ゆっくり後ろを振り返ってちらりとその子の表情をみた。まさか、ばれたりなんてしてないよね。


「えへへ、びっくりしすぎだよ。私は天音。どうぞよろしくね」


ふにゃりと表情を和らげて、わたしに手を伸ばす天音ちゃん。これが人間のよくやるというハジメマシテの合図、あくしゅなのか?


「よ、よろしくね」


おずおずと伸ばされた手をそっと軽く握る。すると天音ちゃんはさらに嬉しそうな顔をしてぶんぶんと握った手を軽く揺らした。こ、これがあくしゅ……


「これからよろしくね弧子ちゃん!このあと一緒に帰れたりする?」


長くわたしを苦しめた自己紹介もどうやらそろそろ終わるみたい。そっか、そしたら今日は帰るだけだもんね。えへへ、これがおともだちってやつなのかな。


「うん、もちろん。いっしょにかえろ!」


「こーら、三海さん?前を向いて?」


「は、はい。ごめんなさい」


じっと再び集まってしまう視線。うぅ、今日はやたらと失敗してしまう日だな。くるりと前を向きなおして、お耳の存在を確認。引っ込んだのをきちんと確認して、深くかぶっていたフードを頭から外した。


「じゃあ、今日はここまで。明日から皆さん仲良くしましょうね」


はーいっと大きな声でお返事して今日の学校はもうおしまい。終わってみるとあっという間だったなぁ。


「弧子ちゃん!帰ろ?」


「うん、天音ちゃん」



おともだち、もできたし小学生、ちゃんとやれているんじゃないのかな。帰ったら母様にほめてもらおっと。





「弧子ちゃんはさ、なんの授業が楽しみ?」


「うーんとね、さんすうかな」


「えー私はこくごがたのしみだなぁ」


来るときも通った道のはずなのに、隣に友達がいるだけできらきら輝いて見える。これが友達パワーかな。なんだかとっても楽しい気分。


「こくご? 私、ひらがなよむの苦手なんだよね」


「そうなの? えほん読むの楽しいよ」


「えほんかぁ…えっとね」


ゆっくりゆっくり歩く帰り道。まだ肌寒い時期なのに、なんだかあったかく感じる。


「え、弧子ちゃん?」


突然、真横を歩いていたはずの天音ちゃんがぴたりと立ち止まった。


「え? なぁに、どうしたの」


「お、おみみが……」


しまった、背中で揺れていたフードを手早くかぶってさっと目線を下におろす。その時一瞬触れてしまったお狐耳はいつも通りふわふわ。まずい、このままだと天音ちゃんにばれてしまう。せっかく仲良くなれそうだったのに。


「えっと、これは」


真っ白になった頭で必死に言い訳を考える。だめだ、ダメなんだよ、ばれたら。気持ち悪がられる、嫌われる、殺されちゃう。


考えれば考えるほど、頭は真っ白になっていくばかり。どうすればいいの?


「……弧子ちゃん、こっち」


お目目を真ん丸にしてたはずの天音ちゃんに、強く手を引かれる。ずんずんずんと少し歩いて、連れてこられたのは公園。


「え? あまね、ちゃん?」


滑り台の裏まで引っ張られてそこでぴたりと天音ちゃんが止まった。周りに人は誰もいない。まさか、ここで殺されるのかな。それはやだな。


「弧子ちゃん」


いままでほとんどなにもしゃべらなかった天音ちゃんが小さくわたしのなまえを呼ぶ。


「……なぁに」


「弧子ちゃんはさ、人間じゃないの?」


この後に、何を言われるか、されるかわかんなくて足がすくむ。どうしようほんとに殺されちゃったら。


「ぁ…」


口の中がぱさぱさになってうまく声が出ない。じっとわたしを見つめる天音ちゃんのしせんを感じながらわたしは。


ゆっくり、首を縦に振った。


「……そう、なんだ」


なにを考えているのかわからないトーンの天音ちゃん。なんだかどうしようもなく怖くて、ゆっくり顔を上げた。


「ぇ…?」


かすれ声がぽつんとこぼれた、そこにいたのは。


「えへへ、私もさ、人間じゃないんだ」


翼の生えた天使、天音ちゃんだった。


「これからも、よろしくね? 狐の弧子ちゃん」

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はじめましては、秘密のはじまり やえなずな @poriporiparin

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