Epilogue【2020月12月16日追加】

1 悪夢

 われわれは反政府組織Human Liberation Frontである。

 つい先程新大陸を制圧した。現在は罪ある新大陸人を捕縛している最中である。間もなくそれも終了するはずだ。

 旧大陸人の皆さん、われわれは邪悪なる新大陸人を駆逐した。あなたやあなたの家族や、恋人、友人、隣人の尊厳を傷つけ、抑圧し、レイプし、殺害してきた新大陸人を。

 これからは新しい時代が到来する。詳細は追って説明する。数日待つように。われわれのリーダーが、あなたたちを救ってくれる。

 何があっても安心するように。われわれはあなたたちの味方だ。


     *


 トウジ・ミュラーが乗った飛行機が渓谷を流れる滝のような川のほとりに降り立ったとき、そこに立っていたのは予期した人物だった。まさか、と思いはしたが、予想はピタリと当たっていて、飛行機のドアが開くとルイ・ブランはトウジより先に地面に飛び降りた少女を抱き締めていた。満足げな笑みを浮かべて。トウジは羽ばたきをやめたトンボ型飛行機からゆっくりと降り、ルイを見つめた。夢のようだった。それも悪夢だ。

 リリーは十五歳になったルイがすぐにわかったようだった。身長はいくらか伸び、顔立ちも大人びて、服装も髪型もドームにいたときとは段違いに清潔になったのに。浅黒い肌のリリーは潤んだ瞳でルイを見つめてから自分に目をやり、恥ずかしそうにうつむいた。ルイはリリーの内心に気づき、あとで風呂を借りようと提案した。しばらくしたら、君に似合う服も探そう、今は暴動が起こっていて、街は危険だからと。

「ルイ」

 トウジは彼に呼びかけた。ルイはトウジを簡単に見やり、「久しぶりだな」と笑った。あのころと同じ表情だった。五年間変わらず一緒に過ごしたかのように。トウジが未だにルイを崇拝しているかのように。

 トウジは数歩大股に歩き、ルイの胸倉を掴んだ。リリーが叫んだ。でも構ってはいられない。彼よりも頭一つ分背の低い、華奢なルイは薄笑いを浮かべ、彼を見つめている。

「全部お前が仕組んだんだ」

 トウジの言葉に、ルイは、

「何のことだい?」

 と訊いた。リリーは悲鳴のように、許してあげて、と何度も繰り返す。

「飛行機をドームに突っ込ませたのも、おれのリングに設計図を送りつけたのもお前だ」

「だったら?」

「母さんは処刑された。あれは母さんが作った飛行機だったから」

「だって仕方がないだろう? 早くリリーに会いたかったんだ」

 トウジはルイを乱暴に突き飛ばした。よろけたルイはリリーに支えられ、バランスを取り戻すと暑さで汗のにじんだ額から前髪を手で払った。

「ぼくの記録は読んだかい?」

 ルイは微笑んだ。トウジは震える手を拳にし、しかしそれでルイを殴ることをこらえるようにうなずいた。ルイの記録は彼が集めた手記の主全てに送りつけられていた。トウジはそれで彼が飛行機でここまで無事に来られた理由に気づいたのだ。

「お前がやったことはただの破壊だ」

「わかってるさ。ぼくがやったことは思春期の真似事だ。お前たちの真似をしただけなのさ」

 ルイはおどけたようにてのひらを上にした。トウジはイライラと体を揺すり、河原の砂利を踏みにじる。

「ケネスは……父さんは……」

「タイミングがよければ生きてる」

「ドームは」

「これからドームの皆は自由になるだろう。ぼくの支援者たちが望んでいるから」

「お前は別に望んでるわけじゃないけどな」

 トウジが真顔で言うと、ルイはまた微笑んだ。

「ぼくのかつての家族が自由になれるんならやぶさかでもないさ」

 滅茶苦茶だ。トウジは考えていた。ルイには自己愛しかない。彼なら世界の支配者になれるだろうと思っていた子供のころのことが皮肉だ。彼は確かに世界を変えた。支配者にもなった。でも、やったことは五歳児の地団太に等しい。

「ぼくの仲間たちの元に行こう。リリーもトウジもシャワーを浴びたほうがいい。これからは君たちも仲間だ」

 リリーを連れて歩き出しながら笑うルイに、何が仲間だ、とトウジは苛立った。


     *


 麓の村でもパニックは起こっているだろうとルイは言った。新大陸が襲撃され、なすすべもなく破壊されたのだ。攻撃されたのは新大陸の南側の地区で、無事だった都市部に住む新大陸人は、作戦と同時に上陸したレジスタンスたちによってほとんど捕らえられたという。

「これから処刑祭りだよ。恨みの分だけ罪は重く、恨まれた人数分人が死ぬ。さぞかし大きな祭りになるだろう」

 ルイたちの一般用リングをもってしても通信はできなかった。三日ほど使えないだろうとルイは言う。そう決めたから、と。ソピアー社のCEOが殺されたことと、重役が次々に捕らえられていること、それに伴う様々な混乱が起きていること、などを言い訳にして、リングの通信を使えないようにしてあるのだ。それには様々な理由があるだろう。人々が情報を共有しにくくするため。レジスタンスたちの所業を拡散しにくくするため。

「あんな連中、いなくても成り立つんだけどね。ソピアー社には天才たちが集められている。主に旧大陸人の。ソピアー社自慢の超巨大サーバーだって脆弱な新大陸には一つも置いちゃいないし。新大陸っていうのは、新大陸人が気持ちよく過ごすための美しいお城でしかなかったんだよ」

 ルイは隣に座るライリーという少女の頭を撫で、ね、と微笑みかけた。ライリーは無表情だ。トウジとリリーを胡散臭げに見つめ、特にリリーには目を合わせることすらない。飛行機の行き先を書き換えたのはこの少女だというが、今の状況に納得していないことは一目瞭然だった。

 この独特の日本家屋はサンドと呼ばれるアフリカ系旧大陸人の男が管理しているようだが、他にも二人の人物がいたらしい。その二人はすでに次の仕事のために出発したようだ。トウジは一目も見ることがなかった。

「次はどうするんだ?」

 トウジが訊くと、ルイは少し考え、

「お前はどうしたい?」

 と訊き返した。トウジはぐっと服を握った。サンドから借りたつなぎを。ルイは壊したあとの世界のことを、何も考えていないのだ。

 かといって、今の自分もどうするべきなのか、わからない。世界をこれからどうにかするという計画に、自分が関わるということ自体が驚きなのだ。

「リングはずっとこのままってことじゃないんだろ」

「言っただろ。何日か使えない。でも、いずれ使えるようにする。一時的に。ぼくはこのリングが嫌いなんだ。そのあとは、そうだな、無用の長物にしてしまうのもいいかもしれないな」

 ルイはしばらく考えを巡らせる。

「まあ、そうするとしたら必要な人間がいる」

「誰だ」

「宮岸聡一郎だ」

 ルイは首をかしげて得意げに笑った。

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