13 「日記を盗んではくれないだろうか」

 シェルターの中は昼も夜もない。おれとドニは一日中明かりをつけっぱなしにしていたので、感覚が狂っていた。発電機がいつまで保つかわからないが、先のことは今のところ考えていなかった。

 ドニの震えは収まり、適当な時間に食事を用意してくれるようになった。物資置き場の奥にあるキッチンで、缶詰のトマトや真空パック詰めのチーズなどを使って料理をする。不思議においしく感じた。ドニと二人で食事をするという環境も新鮮だった。寝室は男女のための二つしかなく、一応別々に寝た。壁に埋め込まれた二段ベッドの上段は狭く、落ち着いて眠れない。

 ドニは無言だった。時折リングで時間を確認し、ため息をつく。おれ自身、いつまでこの閉鎖空間にいるのか考えると、憂鬱だった。何より、オリビアが心配だった。新大陸では地下にシェルターを作ることが義務化されているから、彼女の家にもあるはずだ。空襲も、街を中心に始まっていたし、森のほうは一見無事だった。街への攻撃に気づいて早い段階でシェルターに入っていると思う。だから、大丈夫だとは思うのだが。

 空襲が誰によるものなのかは知らないが、シルヴァーノを殺すときの手口を見るに、恨みの深さが感じられた。そもそもSX‐Ⅳは世界政府が管轄する政府軍の飛空艇だ。だから単純に考えれば世界政府による新大陸への攻撃、とも思えたが、考えられないことだった。世界政府は新大陸人のものと言ってもいい。議員は百パーセント新大陸人だし、彼らの意見が政府の意見だ。

 何か、バグが起きた。もしくは起こされた。そう考えると一番現実味があった。


     *


 今日で二日目だ。日記泥棒。お前に怒っていたあのときが、遠い日の出来事のように思えるよ。

 地上は焼き尽くされただろうか。この地下シェルターの出入り口の上にあったわが家も。シルヴァーノも。母も。フアンも。

 フアンは、苦しんで死んだだろう。重い木の下敷きになった上、あのあとも爆撃が続いただろうから。

 彼女に優しくすればよかった。幼いころのことを忘れるんじゃなかった。こんな後悔ももう遅いけれど。

 オリビアは大丈夫だろうか。生きているんだろうか。うまくシェルターに逃げたとして、不安ではないだろうか。おれが行ったところで彼女がシェルターの中にいたら会えないし、地上では無人兵器が闊歩しているかもしれないけれど、会いたい。

 地上の家が全焼して、なくなっていたら探しに行くことは可能だ。家がなくなることをこんなにも期待しているおれは罰当たりだと思う。でも、そう願わずにはいられない。

 父は、どこにいるのだろう。旧大陸に旅行に行ったとして、今はどうしているのだろう。そもそも旅行に行ったというのもおれの想像にしか過ぎない。一体、今何をしている?

 ドニは時間を確認してばかりいる。


     *


 日記泥棒、聞いてくれ。

 お前が何者かは知らない。顔も名前も知らないし、新大陸人なのか旧大陸人なのか、この事態に関係しているのかしていないのかもわからない。おれが想像するに、お前はきっとこの空襲には関わっていないと思う。日記なんか集めても何にもならないし、あのサイトには悪意すら感じられない。お前は何か理由があっておれたちの日記を集めていたんだ。それは自己満足のためかもしれないし、世界平和のためかもしれない。とにかく、ちゃんと動機があったんだ。

 日記泥棒。おれ、思うんだ。お前がおれの日記を盗んでくれてよかったって。

 おれの秘密なんてちっぽけなもので、それより大事なのはおれが生きた証を残すことだったんだ。おれは、オリビアに自分の秘密を全て知ってもらうことができた。色んな秘密、例えばドニがおれのために娼婦を呼んで、おれが彼女以外の女の子と初体験を済ませてしまったことや、両親とのこと、銃のことなどを知られたのは、いいことだったんだ。彼女に嘘をついたまま、ここまで来てしまうことは、ひどい後悔になったと思う。

 だから、日記泥棒、おれはお前に感謝してるんだ。

 日記泥棒。最後でいいから、これから書く日記を盗んではくれないだろうか。

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