8 空
両親にタンポポのことを伝えると、二人とも、安堵したかのような優しい目をぼくに向けていた。否定なんてしなかった。どうにかすると五歳児の親みたいな表情だ。何となく、照れ臭かった。生物学的な理由で起きている自分の両親に対する苛立ちなど忘れ、ぼくはまくしたてるように二人に話した。
母はうなずき、いつもの落ち着いた低い声でこう言った。
「トウジ。ここは刑務所かもしれない。けど、わたしはあなたの母親だわ。そのことを忘れないで。そしたら、すごく嬉しいわ」
いつもと違う物言いに、ぼくはくすぐったくなって笑ってしまった。本当は笑うべきではなかった。父は、母の横で虚ろに微笑んでいた。
翌朝、母がいなかった。父は、台所の椅子で泣いている。ざわざわと、胸が騒ぐ。父が泣いたところなんて、一度も見たことがない。そっと近寄り、父がぼくに気づいた。目が真っ赤だ。目頭から血管が分岐して浮き出て見えて、何だか恐ろしくなる。彼は潤んだ声で、
「おしまいだ」
と言った。
「母さんは処刑された」
その言葉はきちんとぼくの耳に入ったものの、頭に浸透しなかった。なおも自分を見つめているぼくに、父はもう一度言った。
「処刑された」
今度は伝わった。強い電気のようにびりびりと衝撃を伴って。
「母さんはあの飛行機を作る上でのリーダーだったんだ。飛行機の不具合だと、製造者の責任だと、外の連中が騒ぎ出して、急に母さんの処刑が決定した。飛行機に乗っていた連中は、ドームに突っ込む前に脱出装置で飛行機の外に出て無事だったから、母さんを殺すことはないのに」
ぼくはぼんやりとしていた。現実だという気が全く起きない。
「今朝早く、母さんは連れて行かれた。このドームにある処刑場に。トウジをよろしく、と笑って出て行ったよ」
そこまで言うと、父は泣き崩れた。嗚咽を漏らす。ぼくは呆然とし、父を慰めるどころではなかった。涙さえ出ない。頭を真っ白にしたまま、台所を出る。廊下を歩き、自分の部屋でベッドに座り、茫然とする。
植物図鑑を開かなければ。植物の写真を見て、安心して、これは嘘で幻覚でまやかしだと思うために。さあ、あの綿毛のその後を調べるために、タンポポのページを――。
タンポポの画像を触ろうとすると、通知が来ているのに気づいた。音もなく、ぼくのリングにメッセージを送った人間がいるらしい。黄色い花の写真と学名と通名と生態と歴史とが表された正方形の平面の画像の隅に、メッセージであることを示す四角い記号。躊躇しつつも、触れた。出てきたのは何かの設計図だ。しばらく眺めて、これは母がこっそり手に入れたあの飛行機の設計図だと気づいた。おそらく、あの飛行機がここに墜落してから、毎日調べていたのだろう。
ぼくはしばらくそれに見入った。メッセージ。何のメッセージだろう。言葉はなく、ただただ飛行機の製造過程と方法が――。
ぼくはしばらく考えて、連絡先のリストを呼び出した。ケネスとリリーにリングで同時に語りかける。
「母さんが処刑された」
絶句する二人に、ぼくは告げる。
「あの飛行機の設計図を見た。母さんが直せって。おれは、ここから出る」
*
「……仕事なんだけど、一応」
ひげ面だけれど、ひどく若い、おそらく成人したばかりの男が言った。ぼくは朝のパンを持って、彼に渡そうとしていた。
「ちょっと、飛行機を見たいだけなんです。しばらく離れててくれませんか」
「それがまずいんだけど。おれがまずいことになったとして、責任取ってくれるわけ?」
「本当に少しだけでいいんです。毎日、そうだな、五日間くらいそうできればって」
「飛行機の見張りは交代制なんだよ。おれがうなずいても、他の奴らがどうするか」
「お願いします」
彼とペアらしい男が、ぼくからパンをひったくった。そのままむしゃむしゃ食べる。そのままの口で、背の低い男はこう言った。
「いいよ。交代したら、その都度交渉しろよ。おれは大丈夫。こいつが真面目すぎるだけ」
ひげ面の男は、むっとした顔でペアの男をにらんだが、ぼくに向き直ると「わかった」とだけ答えてペアの男と共に去っていった。
がれきを一部どけて、覆いを浮かせて飛行機の開いたままのドアから中に入る。真っ白にコーティングされた内装に、ソファーやテーブルなど日用的に使うものがあり、奥のドアの向こうにはコックピットもある。こちらは地面にめり込んで、前面をほとんど覆いに隠されて決して景色がいいとは言えなかったが。斜めに傾いだ床に踏ん張って立ち、コックピットの床板を工具で剥がす。そこには正方形のパネルが埋まっていた。横のボタンを押すと、ブウン、と音が鳴り、光が照射された。紫色の光の中で、複雑なプログラムの全貌が映し出されていた。その全てを確認する。どこでエラーが起き、どこを修理すべきなのかがわかるからだ。
「一人でやるのか?」
後ろから声がして、慌てて振り向くとケネスがいた。作業用の手袋をし、工具を持っている。リリーは後ろにいて、ぼくの目の前で光るプログラムのコードを眺めていた。
「二人とも、来なくていいよ。おれは見張りを追っ払って、ようやくここにいられるわけで――」
「なら最初から飛行機を直す、なんて宣言するなよな」
ケネスは肩を上下に動かして唇を尖らせた。
「おれが来るのは当たり前じゃねえか。リリーも」
リリーはコックピットを眺めながら、
「きれいな飛行機だね。ユキさんが作ったっていうの、わかる気がするな」
と言う。ぼくは一瞬にして泣きそうになった。目をぎゅっと閉じ、しばらく黙った。二人は声をかけずに立ち尽くしている。ようやく目を開いたぼくは、リリーを見た。大きな目。もう決して不美人ではないリリーの整った顔は、ただ淡々とぼくに向けられていた。
「リリー、来てくれてありがとう。その顔を見ただけでも安心した」
リリーは無言でうなずく。泣いたり、ぼくを憐れんだりしなかった。それがひどくありがたかった。
「ケネスもありがとう。ケネスは親友だし、ちょっと巻き込もうと思ってたんだ。でもそんな無責任なことはできない」
ケネスが不満そうに眉根を寄せる。ケネスの顔は、幼いころから随分ごつごつと大人らしい形になった。顎が直線的になり、目つきも鋭くなった。厚めの唇だけがいつも文句言いたげで、そこが幼さの名残に思える。
「おれ、二人に甘えようとしてた。ごめん。帰ってくれよ」
「何言ってんだよ」
ケネスが怒ったみたいに声を上げた。
「おれは残る」
「わたしも。飛行機、直そうよ」
リリーが笑う。彼女がいつもよりずっと落ち着いて、ぼくに親切であるということに、大いに救われる。彼女なら真っ先に泣くと思っていたのに。
「五日で直そう。先生たちにも他の大人たちにも見つからず直すにはそれしかない」
ケネスが言い、ぼくはうなずいた。
「ありがとう」
ぼくは、心からそう言うことができた。心は重かったが、冷え切っていたのが少し温かくなった気がした。
ぼくらは長くても五日間、見張りの大人を追い払ったときだけ、こっそり飛行機を直すことにした。変化に気づかれないように、少しずつ。ぼくがいなくなってもリリーやケネスに影響が及ばないように気をつけなければならない。
そもそも飛行機を直して外に出ろなんて、――母さん、正気でそんなメッセージを残したの?
最初にしたのは、飛行機の仕組みと問題点をぼくが二人に説明しながら機体を見ること。問題点は、飛行機の羽にあった。最も奥にあるねじが、全て粉砕されているのだ。恐らく正しく設置されていなかった。もしくは予想外の動きをさせられたのだろう。母はこれに気づいただろうか? 気づいたとして、手遅れではあるのだけれど。
ケネスには特に念入りに教えた。リリーが補助をするが、よくわかっていないようだ。
*
「いいよ。明日のメンバーにも伝えとく」
今日の見張りの大人は物分かりがいい。ぼくが食べ物を渡さなくても、気安くいなくなってくれた。こっそり飛行機の羽を外して、壊れたねじを苦心して取り出し、適当なねじを正しく設置し、何事もなかったかのような形に戻す。それだけだけれど、作業には気を遣うし、根気がいる。羽には複雑な動きをするための百四ものねじと、無数の歯車があるのだ。ここで気力を使い果たしたら、長引いてしまう。
ケネスは見張りに徹してもらうことにした。ぼくとリリーだけで作業をやっていく。ケネスは飛行機の開いた入口にあぐらをかいて座り、時折ぼくらを見てあくびをする。
動きを確認するため、コックピットから飛行機へと羽ばたきの指令を出す。途端に飛行機が羽ばたいた。ケネスが血相を変えてこちらに走り寄る。
「ごめん、ちょっと動かした」
ぼくが謝ると、ケネスが大慌てで外を見に行く。
「ケネス、騒ぎすぎだよ。心配性だね。誰も見てないよ」
リリーが呆れた様子で言うと、ケネスがむっとしながら持ち場に座る。ぼくは苦笑し、作業を続けた。この作業で、子供のときのまま止まっていた二人の関係も、動き出したような気がしている。
「ケネス、誰も来てない?」
「うるせーな、誰も来てないよ」
心配性なのはどっちだよ、とケネスはぶつぶつつぶやく。それに少し笑った。
*
もう、三日も作業をしている。飛行機のてっぺんに登って体を固定し、一つ一つのねじを確認し、留め直しては羽の調整をしているぼくに、ケネスが言った。
「スクールなんて、馬鹿馬鹿しい。やっとわかったよな、二人とも」
何故か得意げなケネスに、ぼくは苦笑する。ケネスが唇を尖らせた。
「何だよ。いいこと言っただろ、おれ」
「スクールはさ、おれにはいいこともあったよ」
ぼくはつぶやく。ケネスが何かを言い募ろうとしたが、ぼくは遮った。
「飛行機を直す能力をおれに与えてくれた」
「そんなもん、外の連中に都合のいい能力だ」
「でも、今は役に立ってるだろ?」
ケネスが黙る。ぼくの横で作業をするリリーは、ずっと何も言わない。ケネスが怪訝な顔をする。こういうとき、真っ先に彼に異を唱えるのはリリーだからだ。
「どうした? リリー」
ケネスが訊くと、リリーは少しだけ悲しそうに笑った。
「わたしの処刑日、もうすぐみたい」
ぼくは手をとめて顔を上げる。ケネスがリリーのほうへ駆け寄る。
「どういうことだよ、リリー!」
「トウジには言ってたけど、わたし、目の病気なの。昨日の帰りにセンターに行ったら、医師が相手にしてくれなかった。『もうすぐ』って言葉も聞こえてきた。わたし、まだまだ見えるのにな」
しばしの沈黙ののち、ケネスが壁を蹴った。声を爆発させるかのように、畜生、と叫ぶ。ぼくは胸の痛みに、身動きできないでいる。
「青い空、見たかった。わたし、まだ諦めきれない。ここから見える小さな空なんて、空じゃないよ」
ぼくはリリーをじっと見つめる。心臓が暴れるが、それどころじゃない。
「リリー、一緒に行こう」
「え?」
「一緒に行こう」
ケネスがぼくとリリーを見ている。ぽかんと、口を開いて。リリーは目を見開いている。ぼくは、思ったよりすんなり言えたことに安堵している。このことは、この三日間、ずっと考えていた。
「おれさ、大陸を出たら誰もいないところに住み着いて、羊飼いになるよ。リリーは家にいればいい。おれたち三人で暮らそう。ケネスとリリーとおれと、三人で」
「おれもいいの?」
ケネスが意外そうに目を見開く。ぼくはうなずく。
「ケネスがいたほうが、おれは心強い。な、三人で外に暮らそう」
リリーは下を向いた。ぼくは余計なことを言っただろうかと不安になった。外の世界に出ることは危険極まりない。他人を巻き込むことがいいことではないのはわかっている。だからぼくは諦めかけて、リリーに「冗談だよ」と言おうとした。けれど、その前にリリーの様子が変わった。泣き出したのだ。リリーは泣きながらぼくに抱きついてきた。ぼくはどきまぎしながら、リリーを抱きしめた。涙が肩を濡らす。少し、心が温かくなった。ケネスも笑っている。
ぼくたちは将来の話をした。ぼくは羊飼い、ケネスは牛飼いをし、リリーは家で羊の毛を紡ぎ、編む。そんな暮らしの話を。草原は濃い緑色で、空はどこまでも高く広がっている。そんな風景の話を。そうすれば、ぼくらはどこまでも、無制限の自由を得られるだろう。体も心も解き放たれるだろう。
*
「トウジ、最近どこに行ってるんだ? スクールから欠席してるって聞いたよ」
家に帰ると、父が無気力な顔で台所の椅子に座っていた。父は無精ひげを生やしていた。母の生前ならありえないことだ。
ぼくが何も答えないのを見て、父はふっと笑った。
「勉強、したくないか」
「そんなんじゃない」
「じゃあ、何をしたいんだ」
父はだらしなく座っていた。服装も乱れている。
「外に出たい」
「そうか」
父はおかしそうに笑った。ぼくはいたたまれない。父がこういうことになっているのに、慰めもせず、気持ちがよそに向かっている自分を責めた。けれど、どうしようもない。
「ごめん」
父は目を丸くする。そしてまた笑う。
「願望を口にするくらい、子供には許されるから大丈夫だよ。気にするな。大人になったら許されないけどな」
「うん」
「そういえば、母さんの飛行機は撤去されるらしいな」
父が言った。ぼくは平静を装う。心臓が早鐘を打っていた。
「明日辺り、外から調査に来るらしい。何で解体しないんだろうな。あんなもの、早く撤去されればいい」
ぼくは身を翻して台所を出、自室に行き、二人に連絡した。
明日だ、と言うと、二人は身を硬くした。ぼくらはまた、こっそりと外に出て、空き地に向かった。
*
「さすがにもう無理だよ」
「お願いします。三時間だけでいいので」
「迷惑だよ」
あのときのひげ面の大人が、今夜の当番だった。彼は心底困惑し、恐怖すら顔に浮かべていた。
「お前なあ、おれが処刑されたら責任取れるわけ? この飛行機が来てから子供は皆知ってるんだろ? 大人は、簡単に処刑されるんだよ!」
「知ってます。子供だって処刑されるんですから」
「じゃあ……」
「あなたのせいではなく、暴走した子供のせいだってことにします」
怪訝な顔をしていた男が、途端に悲鳴を上げた。ケネスが後ろから彼に襲いかかったのだ。彼は首を締めあげられながら暴れ、ケネスの顔にひっかき傷を作る。顔が真っ赤になり、とうとう青くなった。暴れていた手もだらりと下げ、その隙にぼくらはスクールから持ち出したロープを彼に巻きつける。リリーが布きれを持ってきて、器用に猿轡を噛ませた。
「猿轡だけ?」
ケネスが訊くと、リリーが、
「過度に声の出ない措置をして、死んじゃった過去の例があるから」
と答える。二人とも冷静だ。ぼくのほうが落ち着いていないかもしれない。今夜中に直し、飛行機を飛ばさなくてはいけないから。
もう一人の大人は、とっくにどこかに行っていた。何だか抜け目のない目をした猿のような猫背の男で、パンをひったくるとへらへら笑いながらいなくなった。彼が戻ってきてこの状況が見つかる前に、ぼくらは飛び立たねばならない。芋虫のように動く大人を苦労して運び、飛行機から離れた廃墟に捨て置いた。
ケネスがリングでぼくの手元に光を当ててくれる。リリーがガラス張りのコックピットの正面にある操縦席で操縦法を調べている。ぼくはねじを一つずつ確認し、ねじこんでいく。最後の羽の一枚は、奇妙に歪んでいて今まで通りに作業させてくれない。新素材の透明な羽を、腕力でどうにか角度をつけながら修理する。何かを直すという行動が、何かを象徴するような気がした。ぼくがすべきことは、何かを直すことだと思った。壊れた世界を。壊れた人間たちを。ぼくには、することがあった。
朝が近づいてきた。ケネスは仕事がなくなったので、飛行機の横に立って見張りをしていた。ぼくとリリーはなおも作業に明け暮れている。
「なあ、羊飼いっていいよな」
ケネスが声をかけるので、ぼくは苛立った。
「あとにしろよ」
けれどケネスはなおも話しかける。
「お前らの夢、すごくいいと思う。おれはそんな夢、持ったことがない。夢なんて、持ちようがないって思ってたし。でも、違うんだな。夢があると、人間は生きていける。でも、夢がない人間はどうなんだろうな」
「ケネス」
ぼくは彼を黙らせた。あと少しなのに、どうして邪魔をするんだ。彼は無表情に、遠くを見始めた。
ぼくらは黙って仕事をした。ぼくの作業はあと二、三あるだけだ。リリーは準備ができている。ケネスはじっと外に立っている。早朝六時近くだった。ねじはあと一つ。これを仕上げて、飛行機に乗り込んで、飛ぶのだ。そして、ここから出る。ねじは最後まで締められた。同じ作業を何度もやったため、手が全くの無感覚だ。
ケネスが叫んだ。
「来た!」
ぼくは街の方角を見た。灰色の、見たことのない形の服を着た男たちが数人、歩きながら近づいてくる。どうやら見張りの男のペアのほうに連絡されていたらしい。こちらを指さす汚らしい格好の猫背の男を連れて、小綺麗な姿の彼らは、不審げに、警戒心をみなぎらせて、こちらにやって来る。突然、ぼくらに気づいたのか、一人が走り出す。ぼくはその瞬間、飛行機の中に飛び込んだ。
「リリー!」
叫ぶと、リリーがうなずいて、持ち場にある小さなパネルの画面を幾度か触り、出現した真四角の立体映像に向けて手を下ろす動作をした。飛行機の羽根が動き出す。素早く、映像で見たトンボのように。飛行機は、ブン、と低くうなるように鳴って、頭をコンクリートから引き抜いた。床が地面と平行になる。かすかに浮いているのだ。
「ケネス、早く乗って!」
リリーが叫ぶ。ぼくも出口からケネスに手を貸そうとする。
ケネスはそれを振り払った。
「大丈夫。おれは行かない」
男たちが近づいてきた。
「来いよ。どうしてだよ!」
「おれには、勇気がないんだ。だから二人で行けよ」
ケネスは少しずつ飛行機から離れていく。
「ケネス!」
「早く行けよ!」
ケネスは額に血管を浮き上がらせて怒鳴った。ぼくは、言葉を失った。様々なことが、頭の中をよぎる。ケネスとルイとリリーとぼく。ぼくらは幼馴染だった。ルイは死に、ケネスはぼくから離れようとしている。両親とぼく。母は処刑され、ぼくは父を置いていこうとしている。この灰色の街とぼく。ぼくは、ここから出たい。
「わかった」
ぼくは引き返し、ケネスを呼ぼうとするリリーを抱き止めた。同時に画面に表示された「離陸」ボタンに触れる。
「行こう、リリー」
ブウン、と羽根が鳴る。扉が一瞬で閉まる。ぼくたちの飛行機が飛び立つのと、ケネスが男の一人に羽交い絞めにされるのは同時だった。ケネスは笑っていた。笑ったまま、捕まった。手を振っていた。その手も、押さえられる。
ぼくとリリーは絶句して窓の外の光景を見ていた。飛行機は滑らかに飛び、そんな景色さえすぐに置いていった。ぼくは一瞬息苦しくなる。
飛行機が、天井の穴を抜けた。
ぼくとリリーは、窓の外を見続けた。
真っ青な、無限の空が周りに広がっていた。
リリーがため息をついた。ぼくは、深呼吸をする。
もう二度と苦しくならないだろう。ぼくはそう思って、また、窓の外を見た。
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