弱い僕

@harinezumi1512

第1話

僕は、この文章を親友のために書く。


僕の親友は、あまり全うな人間だとは言えない。むしろ、少し投げやりなところもある。けれど、その投げやりさの中には、はかなさのようなものがあった。人生を少し諦めていながらも学友と学校生活を、生きることを楽しんでいる彼に惹かれるところがあったのだろう。


だが、反対に僕は、世間的に言えば生真面目で優等生的な立場にあった。何事も並にこなし、対人関係でも波立てない、自分で言うのもなんだが良い生徒だった。僕はそんな自分が、嫌いだった。自分がここまで優等生的な立場でいられたのは、世間の、周りの評価を気にして怯えていたからだ。周りの目から逃げるように、目的もなく努力した自分に虚無を感じていた。その虚無が自分には価値がないんだ、と自分の内側と外側から脅してくる。さらには価値がなければここから、学校から、世界から出ていけ、と。虚無感が、自分を掴んで離すことはなかった。


そんな時、彼に出会った。彼は、虚無感に包まれた僕を頼ってくれた。僕に存在理由を、居場所をくれた。そんな彼に依存してしまった。それからというもの僕は彼のために勉強をし、彼に、「僕に頼りたい」と思わせるような勉学においての優秀さを維持し続けた。


その依存の関係は、さらに悪化した。


僕の親友が、父を亡くした。なのに、親友はずっと隠し通していたのだ。確か、中学三年生のはじめの方に葬式があったらしい。僕が知ったのは修学旅行のときだった。衝撃的だった。自分はまだ経験していない、未知の感情が彼を襲っていたこと。自分はその間、楽しく生活し、彼と接していたこと。僕や、クラスメイトとの日常を守るために、彼が全ての不安を一人で受け止めていたこと。そういったことを今頃知り、自分が酷く無神経であったように思えた。今まで何やってたんだと。今の僕に、何ができるだろう。自分を責めて責めて、行き着いた結論は、「彼の父のような頼れる存在になりたい」だった。


その日から僕の居場所を求める欲望、つまり彼への依存が、彼のそばにいたいという世間的に見て評価される行動の理由の盾となってしまった。


僕はこれから、彼にむけてあの日盾の中に隠した「弱い自分」と失恋を交えて向き合おうと思う。弱い僕を見ていて欲しい。


一。

先ほどは、おもむろに失恋だとか書いたが、実際そんなに簡潔なものではない。いうならば、女子との関わり方かもしれない。僕の女子の関わり方の歯車が狂い出したのは小学生の頃だった。僕は、小学生にしては体毛が濃かった。それがものすごくコンプレックスになっていた。自分は周りとは違うんだ、と幼いながらにもそう思っていた。その体毛が濃く生えた体がとても醜く感じた。そして、自分を見るクラスメイトの目にも同じように僕の体は醜く見えるんじゃないか。そう思ったら人の目がとても怖かった。その恐怖をこじらせてさらに女子との関わり方が下手になったのは僕の真っ直ぐさのせいだった。正直、目に映る女子ほとんどがかわいく見えて仕方がなかった。もっともっと、周りの女子と話したかった。だけど、話しかけようとした時、いつも脳裏によぎる。「僕は醜い体をしているんだ」と。最初は女子に話しかけないことで僕は、女子に話しかけたい僕と、周りの目を気にする僕を抑えていた。しかし、次第に肥大する「女子に話しかけたい僕」を抑えきれずに編み出した他の策は、女子に優しく接することだった。自分が作った女子との壁の間に、一本だけ「優しさ」の通り道を繋ぐことで「女子に話しかけたい僕」の要求を通しつつ、「周りの目を気にする僕」をその壁で隠すことでどちらの僕を満たしていた。


だけど、思い通りには行かなかった。


二。

優しい男を演じることで適度な距離を保ちつつ女子と接していた僕だが、そうしていても、満たされなかった。僕が作り上げた女子との壁が、僕を孤独にさせるのだ。優しさだけでは、僕を求めてくれる女子なんていないのだ。そうして僕は、何度も自分の作った壁に向かってぶつかっていた。壊れない程度に、だ。あの壁を作った小学生以降、僕は女子を二人、好きになった。一人は小学生の時に同じクラスの人だった。妙に僕と距離が近かった、それだけで僕の胸は高鳴っていた。小学校を卒業した後、彼女のラインをグループライン経由で知ってしまったのがダメだったのだろう。メール特有の匿名性が、僕と女子との壁を壊すことなく、僕と女子を繋ぐことを許してくれるのだ。安心した。僕の醜い体を晒すことなく女子と関わる行為は僕を安心させてくれた。その安心さゆえに、つい調子に乗って告白をし振られたことで優しいだけでは誰も僕を見てくれないと知る機会となった。もう一人は、中学生の始めの時だった。その子とは何もなかった。好きだったが、前の件があったため優しさ以外の取り柄を探していたが、見つからなかった。加えて、自分の醜い体を、それを隠すための醜い策そして心を彼女に曝け出す勇気もなかった。そうして悩んでいるうちに、彼女への思いは潰れた。


その壁を、決して、乗り超えることはなかった。


三。

中三の秋彼の父の死を知り、ぬけぬけと彼の父親面をし始めた頃だった。その時、僕の間違いは加速した。


授業の席で偶然にもよく隣になる女子と、関わりを持ち始めたのだ。最初は、いつものように勉強を教えるという「優しさ」でしか繋がっていなかった。しかし、彼女とメールでやりとりするうちにだんだんと増えていってしまった。和菓子、漫画、アニメの話。幸運にも、そして不幸にも、彼女との接点が多かった。正直にいうと、美人な彼女と話せて本当に嬉しかった。優しさ以外の道を自ら断ったはずなのに、それ以外を求めていた自分の「渇き」を、彼女が癒してくれた。


だけど、いつも不安だった。ただ、共通点が少しばかり多いからっていつまでも自分と話してくれるのだろうか。臆病な自分を守るための「優しさ」しか持ち合わせていない僕と、彼女が関わりを持ち続ける理由はあるのだろうか。考えてもわからなかった。そこで、彼女が僕に興味を持ってくれるように、自分の恋心を売り始めた。


関わりを持ち始めた彼女は僕が二章で話した二人目の女子、つまりなんの関わりも持たなかった子と仲がよかった。あの子とは本当に何もなかったのに、残酷にも変な噂が中一の時からあったため、親友の彼女にとって有益な情報になり得るだろうと目算の元で話し始めた。彼女との関わりを保つ対価として、もう一人の女子を差し出した。


僕が女子を生贄として話す内容に対して、彼女は真摯に向き合ってくれた。彼女の意見に触れるたびに、自分の心が惹かれるのを感じていた。しかし、僕が彼女を好きになることは許されない。また、「優しさ」と「生贄」でしか彼女と繋がれない僕のことを、彼女が好意を寄せることなどないと自分でもわかっていた。


心が彼女に惹かれるにつれて、話の展開も恋愛の方へと向かっていった。意図的でもあった。しかし、今まで心の壁を作り上げていた僕が、彼女と

の壁を次第に崩していけば、好きになることも仕方がないとも言えなくもなかった。そうして、自分を甘やかしていた。


甘やかしは、谷底へと突き落とす。


ひょんなことから、彼女との噂が生まれてしまった。自分の思いをもみ消した、彼女の親友の子との噂を思い出した。また、自分のわずかばかりの恋心を灰にしなくてはならないのだろうか。そんな焦りと不安が自分を取り巻くようになった。


その焦りと不安は、自分をさらに甘やかす口実となった。甘い自分が、心の壁を築いた弱い僕に語りかけるのだ。

「このまま、終わらせていいのか」と。

人と繋がることの癒しを覚えた僕は、その蜜を求めずにはいられなかった。


癒しに飢えた僕は、下心と共に彼女へメールを送った。内容は、例の噂を聞くものだ。僕は、何かのラブコメの主人公にでもなったかのような気分で、彼女の好きな人を聞く。僕の恋心を対価にこの関係を続けているのだから少しぐらい相手の恋愛事情を聞いてもいいだろう、と一人でに理屈が歩き出したのを感じた。いいや、理屈などではなかった。理屈に見せかけた下心は、彼女に向かって確実に迫っていた。


彼女は僕に今の好きな人は誰だと聞いた。対価にした恋心の話の内容は、もう底を突きかけていた。もはや、彼女に抱いているわずかばかりの興味しかなかった。僕は丁寧に、そして大胆に彼女への興味をちぎるように話した。彼女にこの思いが伝わらないように、かつ、思いが伝わらなさすぎて彼女が僕との繋がりを絶たないように、絶妙な綱渡りをしていた。


だけどその時、ツケが回ってきた。渇きから抜け出すために、癒しを求める「自分」を甘やかしすぎた。つい、話しすぎてしまった。均衡は、崩れ去った。


今更、後にも引けなかった。核心まで迫られた僕は、罪を告白するように彼女への興味を状況に合わせて恋愛へと変換して、伝えた。


大して彼女のことは好きではなかった。癒しを与えてくれる彼女との繋がり、または彼女の存在が僕には必要だっただけだ。


告白の後、僕は謝罪をした。相手に申し訳ないという気持ちがあったのはもちろんだが、必死に謝ったのは自分を責めるためでもあった。自分が嫌いになった。彼女のことではなく、彼女の存在が大切でそれに依存していたこと。いまだに、心の壁をつついているだけのこと。自分の価値がないことから逃げ続けて、彼女の友達を売るようなことをしていたこと。すべて、わかっていた。わかった上で、その違和感を、甘さを無視していた。


どこから間違えていたのか、もう失敗してしまったのに、当てどなく考えた。隣の席にいた彼女に話しかけたのがダメだったのか。SNS上で話始めて、癒しを覚えたのがダメだったのか。噂のことを聞くのがダメだったのだろうか。このような結果になった自分をこれらの点で責めることはできなかった。癒しを求める自分を甘やかすことでしか、自らを慰めることができなかった。


だが、自分自身を許せないことがあった。それは、すべてにおいて中途半端であったことだ。癒しを求める自分、本能ともいうべき自分を、いつも客観視していた自分がいた。その客観視する自分のせいで、自分が、何か物事に取り組むのを拒んでいる気がした。


何事にも本気で取り組むことができない自分に、価値はあるのだろうか。そう考えた時、怖かった。なぜなら、肯定する材料が全くなかったからだ。勉強も、スポーツも、人間関係も、自分が本気で取り組んでいたものは身の回りに一つも無いように思えた。実際、僕は目の前にいた彼女にすら、自分の「良さ」を見出してもらっていない。自分の存在意義が、価値が、自分自身によって否定された。


世間から、自分自身から追い出された僕は、自分の夢にすがることしかできなかった。それは、英語教師になるということだ。この夢はもともと、自分の存在意義が見出ずにいた自分を鼓舞するための単なる、単語ともいうべき、あまり意味のこもったものではなかった。


幸か不幸か、自分の学校は英語に特化した場所であったため、英語教師の夢を肯定してくれる人は多かった。僕の親友もその一人だった。誰かに、自分がここにいる理由を与えて欲しい。自分だけの存在意義が欲しい。そういったもので練り固められた夢を、貫き通すしかなかった。


四。

高校に入ってからは、さらに英語に特化した内容を学び始めた。英語を英語で学び始めたときは、お手上げだった。だけど、決してその辛さは、空にだけは見せたくなかった。辛くても、難しいけど大丈夫と彼にいっていた。もし、自分が英語教師になるという夢を、英語で英語を学ぶことが嫌になったと彼に思われたら、自分の居場所がなくなってしまうのでは無いのか。そう感じて、意地を張るしかなかった。また彼も、僕のことを称賛してくれていたのだ。


彼なら、英語で英語を学びたく無いと。それを、誠実に取り組んでいる僕がすごいといってくれるのだ。その言葉は、嬉しかった。自分がしている努力が正しいものだと肯定されているようで、本当に嬉しかった。しかし同時に、彼が思っているほど、自分の努力の動機は誠実なものでは無いことに対して、彼を裏切っているようで胸が張り裂けそうだった。


さらに時間が経ち、高二になった。そして、本格的に受験にむけて勉強するようになった。一学期は、食らいつくように過ごしてなんとかなった。しかし、自分の存在意義である、頼れる優等生としての皮を守るためか、人にあまり頼らず勉強していたためだろうか。二学期の今では、学校にいく気力すらなくなってしまった。


僕は、人と触れ合いたい。だけど、人に自分の弱さを見せるのが怖い。つまり、人の心と触れ合うことに対して臆病だ。だからこそ、心の壁を自分自身に築き、深く関わらないようにしてきた。そうして僕はいつも、人との繋がりに飢えていた。その飢えが、彼との関係を狂わせ、癒しをくれた彼女に迷惑をかけ、満たされない僕を作り出した。


 だからこそ、僕はこの文章で彼に対して、世間全てに対して正直にありたいと思った。自分のすべてを、弱さを曝け出したかった。ちっぽけな自分であっても、存在価値がなくても、無条件で僕を認めて欲しかった。弱みを見せてしまった、自分の居場所を探し求めるだけの醜くて、弱い僕を、彼は受け止めてくれるのだろうか。それでも、君は、僕が君といることを許してくれるのだろうか。僕はただ、君に対して、正直でありたい。君にもっと、近づきたい。


あとがき

 八月あたりから書き始めた体験談ですが、結局締め切りの日まで仕上がりませんでした。字数を見たら5000字ぴったり。募集の要項をせめて達成したいので、今の私のもやもやな気持ちを売りつけたいと思います。

 この体験談を書いている間私は病んでいたのだと思います。実際、先ほどもいった通り九月から始まった二学期の授業にはあまり出ていません。この、今私が進んでいる英語の進路が、あまり誠実な動機では無いという問題は前から悩んでいました。誰にも、間接的な理由である、人と関わることへの恐怖。そして、直接的な原因である失恋を相談することができませんでした。(実は一度、もう時効だろうと思って遊びにいった友人に軽弾みに話したことがあるのですが、茶化されてさらにはもう一度、彼女へ告白するハメになりました。もう絶対相談しない!と意地を張る原因にもなりました。)

 相談することをしたくなかったのと、こういう問題は自分が解決すべきと盲信してしまったのがここまで問題を悪化させた理由だと思います。知らず知らずのうちに、また私は自分自身を孤独の中に放り込んでいました。


 おそらく、高校二年生の一学期が私の複雑に見えた問題の根本的に解決すべき部分を炙り出してくれたのだと思います。一人では絶対に理解することのできない勉強。私には頼れる友人がいましたが、その友人に対しても距離をとっていました。教えてもらうたび、相手は迷惑に思っていないか。そう不安だったので、その子が苦手だった数学は必死に教えていました。役に立ちたくて、数学の勉強を教えた対価としてなど様々な理由が重なったからか、私は躍起になって彼女に数学を教えていました。


 同じ過ちが、今度は学校へ行きたく無いという明確な意思を、浮き彫りにしました。まただ、と最初は思いました。病むのは三回目でしたが、ここまで重症なのは初めてで困惑していました。何もする気がありませんでした。ただネットを漁る。目的のない行為は何も満たしませんでした。そうして、少しでも知的ぶりたいなぁと思って始めたのが読書でした。その時、私の根深い寂しさを、すべて晴らしてくれる本に出会いました。有川浩さんの書いた、「レインツリーの国」でした。


障害が、心の悩みがある女性と自分を重ねていました。誰かに、そういった悩みを解決して欲しい。けれど、察して欲しいと伝えていないのに相手に理解を求めていた自分がいるのも確かでした。ならば、伝える努力をしようと。そう決意させてくれたのがこの本です。


 この体験談のおかげで、私の夏休みは台無しです。多分、自分の言葉で自分を否定したのがよくなかったのでしょう。不純な動機ながらも、必死に食らいついてきた自分自身を自分の言葉で否定したことで、自信を無くしてしまったのでしょう。しかし、この文書を通して徹底的に過去の自分と向き合うことで、そしてこの体験談を親友に送ることで、私はまた学校へと、努力の道へと踏み出せる気がします。



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