読切版 0.2-お前は誰だ
結局、誰に何を言うこともなく、一日目は終了。
次の日、健康診断で異常なしの判定が下されその医者には一生掛からないでやろうと決意した帰り際。
担任から「部活動申請届」と書かれた小さな紙を渡された。話を聞くに今日から仮入部期間らしい。さて、じゃあ俺はどうしようかなというと、仮入部も面倒だし適当な部活にしれっと入ってキャンパスライフでもエンジョイできれば良いなできそうにないがと希望的観測を自分で壊して帰宅することにした。
時間はちょうど太陽が頂上に上がった頃で、暑い日照りを背中に浴びながら歩く。変なものがあるというのに、人間というものは意外と適当な生物で、昼終わりのサラリーマンやら学校終わりの小学生やらがいそいそと歩いている。やはりというか何というか、何も変わらない日々だ。
坂を下りると住宅街が続く。駅まであと数分だ。しかしその途中で、俺は不服にも立ち止まることとなった。
目の前に、人が立っている。いや、それだけなら普通なのだが、その凛々しい少年は俺に向かってくる。それも満面の笑みで。
マジで恋する距離まで近づいた彼は開口一番、
「君、
喜々とした高い声でそう言う。そうだ、俺の名前は帆場入留で間違いない。いや待て待て、問題はそこじゃない。なんで見知らぬ人間が俺の名を知っているんだ?
「だって同じクラスじゃない。一年三組二十六番帆場入留。昨日学生名簿見といて正解だったよ。こんなすぐに会えるなんてさ」
同じクラス、そう言われて思い出す。確かに見たことあるぞ。確か名前は、名前は、何だったっけ。
俺が思い出すふりをしていると、
「君部活に入らないの?今って仮入部期間だよね。こんなさっさと帰っちゃうなんて、もしかして帰宅部志望?だったらちょうど良いね」
何がちょうど良いのだ。こんなにも捲し立てる名も知らないやつを俺は人生で初めて見る。つまりこいつはヤバいやつだ。あんまり関わらない方が良いに決まっている。
とはいっても初対面の人間にあからさまに嫌な顔を見せつけることが失礼だということは承知しているつもりなので、最大限の真顔で俺は返答する。
「もしかして新しい部活動でも作る気か?だったら俺じゃなく他のやつを誘ったらどうだ。俺なんかよりも数倍やる気と元気に満ち溢れたやつばっかだぞきっと」
それを聞いた名称不詳の同クラは対して変化する様子もなく、
「君じゃなきゃ駄目なんだよ。僕は君を求めてるから。さぁさぁ行こう戻ろう」
そのまま俺の腕を引っ張っていく。俺は慌てて振りほどいた。身長は俺より低いが腕っぷしはかなりあるようだ。
あのな、と言って話を戻す。
「ちょっと待て、お前の言っていることがとんと分からん」
「もう気付いてるはずさ。君は特別な人間なんだ。普通じゃない」
特別?俺が?何を言っているんだコイツは。
少々ずり落ちた眼鏡を戻しながら後を聞く。
「変なことが起こるとか、聞こえない声が聞こえるとか。あとは、見えないものが見える、とか」
ハッとする。
同時に驚愕する。
コイツ知っている、この謎の状況を。だって俺は誰一人として話していないから。
俺は満面の笑みを張り付けた顔に数キロメートル先を指さしながら問いかける。
「お前、もしかして知っているのか?あれはなんだ?どう見たって人形兵器だ。皆隕石だと言っているが、俺にはそうとは見えない。こうなる理由を知っているのか。だったら―」
「大丈夫大丈夫、僕は何でも知ってるからさ。そんなことどうでもいいじゃない。重要なのは、部活に入るかどうかなんだ。僕は一緒に活動してくれる人がいればそれで良いからさ」
まるで話になっていない。
肩を掴んで俺は言う。
「なぁ、知ってるなら教えてくれよ。俺はただ安心したいだけなんだ。俺と、きっとお前以外の全人類があれを隕石だとか言いやがる。俺には逆立ちしたって、いや、バク転したっていい。どうしたってそんな風には見えない」
そう言うと、微笑の中に少々の真面目な顔を見せる少年。
一呼吸置いて、言葉を発する。
「知りたいよね。でも、知るってことは、覚悟することでもある」
覚悟?
「そう、覚悟」
俺は一歩後ろに下がる。
何を言っている?
分からないことだらけで、折角分かる人間を見つけたかもしれないのに、そいつも分かる言葉を話さない。どういうことだ。
いや、心底どうでもいいな、そういうことは。
つまり、俺にはそんなものないってことだ。
まだ十五年しか生きていないような人間の何が覚悟だ。俺は到底薄っぺらい人生しか送っていませんよ。だからこういう状況で焦るんだしな。
だが、だ。安心したいというのは、俺のシンプルな願いから来ているんだ。
俺は、普通に過ごしたい。
何気ない日々を過ごして、同級生と同じ話題で盛り上がって、そうやって日常に溶け込んでいく。
俺はそういうのを目指してるんだ。
だから、知った上にさらに何かがあるのならば、俺の選択肢は一つだ。
風が舞い、黒髪を揺らしながら、少年は返事を待っている。
俺は汗を滴らせながら、
「じゃあ止めとくよ。結局聞かなきゃ良いんだしな。分かんないもんは分かんないで充分だ。造り方知らなくても車は乗れる。知らなくても無視できる。それで良いことにする」
最後の方はそっぽを向きながら俺は言葉を出し尽くす。気になって反応を伺うと、少年の表情は途端に春一番になり、
「うん、なら大丈夫だ。安心して、君の反応を知りたかっただけだからさ」
何が大丈夫なのかは聞かないことにする。
「もし気が変わったら」と言っておもむろに目の前の少年は鞄に手を突っ込み、見たことのある紙を出す。
「これ、作るつもりだからさ。いつでも来てよ。待ってるから」
俺が何か言うよりも早く、少年はそっぽを向いて歩き出した。
出したのは部活動申請届。
名前は手で見えなかったが、まぁ、どうでもいいことだ。
俺はまた歩道に影を浮かばせながら帰路についた。
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