スイッチ

南山猫

スイッチ

明日世界は終わるらしい。ここは地球から遠く離れた、とある惑星である。本来ならばそこの住人に○○人とも名づけるべきだが、良い名前も無いので住人と呼ぶことにする。住星の"住人"、どうだろう。そこでも昔から何回もそんな予言が建てられて、壊されてきた。しかし、遂に今回は非科学的だったものが、科学的にも認められたようだ。科学の権威と言われている某学者集団が声明を出したくらいである。そして、誰も彼も考えることが同じなようで、どこへ行っても物は売り切れ状態、みんなほぼ無一文。誰一人として明日からも世界が続くと期待した者はいなかったようだ。

「愚かですね」

「ええ、全くだ」

‘みんな’と言ってはいたが、これは些か御幣を招いたようだ。この世の中にたった、唯二人だけこのことの顛末を知っている人たちがいるようだ。

「なんでそんな慌てるんだろうな」

「そんな御伽噺のようなことが起こるわけないでしょうに」

‘二人’と言ったのも間違えだったらしい。どうやらこの二個体はこの話における人間ではないようだ。なんとなく上司と部下という関係も見て取れる。

「どうします、このまま明日まで見張っておきますか?それとも何か介入しますか?」

「このままここでゆっくり見張っていようじゃないか、一応ここの報告書も星へ持ち帰らないといけないのだし」

そう決めこんで、彼らは姿勢を崩した。


少しばかり経って、一個体は姿勢を直した。

「ここの報告書、どんな感じに書きます?」

もう一個体はまだそっくり返っている。

「どうするも何も、現実を書くしかないだろう」

そう言って報告書を閉じた。

「まあ確かにそうでしょうね、失敗例として語り継がれていくだけでしょう。否、そんな星なんてゴロゴロあるからなあ」

頭髪のない頭をぽりぽり掻いた。

「まあどうであれ明日を楽しみにしておきましょうや。この酒というもの、なかなか良い気分になりますよ」

「どれどれ、うむ良い香りだな」


部外者が酒を嗜んでいると同じ頃、住人も住人なりに各々飲酒を楽しんでいた。最後の晩餐といったところだろう。ある家は飲めや踊れやどんちゃん騒ぎ、持病なんて気にしない。またある家では高い酒を高級肉とともに味わって、またとある家ではあろうことか地球でいう未成年が今日ばかりはと少し味見を。

誰も彼も職務を放棄し、まさに無秩序、‘カオス’といったところだ。皆、恐怖を忘れようと楽しいことばかりを考えていた。


ボーン、ボーン

無慈悲にも明日、つまるところ世界の終りの日を告げる鐘は鳴る。いよいよ現実から逃れられなくなった人々は自暴自棄、侃侃諤諤、戦戦兢兢、阿鼻叫喚…この世の言葉では表せない程の動きを見せた。あまりの騒々しさに酒、赤ワインだったらしいが、それで酔っぱらって寝ていた二個体も目を覚ましたようだ。

「何の騒ぎでしょう」

「ああ、あれだよ、きっとその世界が終わる日とやらになったんじゃないか?」

「にしても、よくもあれほど騒げますね」

外に目をやる。誰にも向けることのできない怒りを抱えた人々の狂乱はショーウィンドウの破壊に始まり、バットを使った殴り合い、バイク、車の暴走と続いていく。

「本当に世界が終わる確証なんてないのによくもあんなに騒げますね。」

「それはそうだが、なんで世界が終わるなんて出鱈目が流れてるんだろうな」

心底見下した顔でもう一度眼下に目をやりながら、呟いた。

「ああ、えらい科学者がそう結論を下したそうですよ」

そう言って手元にあった週刊誌の該当ページを開いて見せた。

「確かにこう言われたら信じるのもわかる。でもなあ、いくらえらい科学者が発表したからと言って鵜吞みにするのは違うだろうに」

「同感です。もっと批判精神を持つべきだ。果たして何割の人がこのグラフの意味を理解しているのか」

「さあな」

街の人々の暴徒化は目に見えて激しくなっていた。日付が変わってから早2時間。残りの22時間のうちいつ襲って来るのか分からない恐怖に踊らされていた。ずっと騒ぎ続けて疲れないのか、甚だ不思議である。刻一刻と'世界の終わり’とされる今日の時間は短くなっていく。

ボーン、ボーンと寺の鐘が鳴り響く昼過ぎ、無論まだこの世は続いている。

「彼らはいつ気づくんでしょうね、もう半分は経ったというのに」

もうこの状況に飽きてきたのか、はたまた昨日の酒が抜けていないのか、問われた側はついさっきまでこくりこくりと舟をこいでいた。

「いやあ、まだ気づかないんじゃないか。逆に今気づいたらどんな行動をとるのか見てみたい気はするが」

二個体の眼下には大騒ぎしている人々が見えたのだろう。憐みの目を向けられているとはつゆ知らず、彼らはひたすら有意義に過ごせるはずの時間を徒に過ごしていた。

「あ、あの人、気づいたんじゃないですかね」

「お、本当だ。何か疑っているように見えるな」

そんな会話が交わされたのは午後4時を回った頃。一人が世界の終りについて述べていた雑誌を注意深く見つめている。そして隣にいたもう一人の住人に話しかける。

「これで皆一回落ち着いて考えて欲しいものだね」

「全くです。」

しかしそう上手くはいかないのが世界である。全く聞く耳を持たない住人はまた騒ぎの渦に戻っていった。

「やはり、今更冷静になるのは無理があるのかもしれないな」

溜息をつきながら一個体は言った。

「これもまた時間の問題でしょうね、さっきのような正気に戻る者がきっと数時間後には増えていますよ。そうじゃないと困る、たいして何かあるわけではないけれど」

こればかりは当たっていたらしい。

5時間後、一通り騒いだ人々はの大半は疲れ果て、その中の半数は路上で眠っていた。そして残りの二割程度の人々は頭を抱え込んで何かをぶつぶつ呟いている。

「これ本当に世界が終わるのか?」

「もし終わらなかったらどうしよう」

「この先どうやって無一文で生きていこう」

お通夜のような空気が流れている。


「さしずめこんなことを呟いているんだろうな、口の形からしても」

「やっと、ですね。あと三時間で今日は終わるというのに」

一個体が時計を確認しながら言った。

「この調子だと最後の一時間が一番盛り上がりそうですね」

住人にとっての終焉の時はもうすぐそこに迫っている。


そしてお待ちかねの最後の一時間。流石にかなりの人数が焦り始めたらしい。それと同時に暴れ回る人数も増えたようだ。元々の街の姿は跡形もなく消え、明日からもう一度生活し直せるかも怪しくなってきている。

「寝てないで起きてくださいよ、面白いことになってますよ」

どうやら一個体はまた寝ていたらしい。

「まだ気づかない奴もいるもんなんだな」

「のんきに寝ている人もいましたけどね」

そう言って一個体は仲間、かつ上司的存在を横目で睨む。そんなことをしている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。

「あと何分だ?」

さすがにラストは起きていたいらしい。

「もう30分切りましたね。人々の暴徒化がどんどん激しくなって来ている。このままだと今日が終わることに気づけないかも知れませんね」

「ははっ、さすがにそれはないだろなぁ」

そう笑われているのも知らず住人はどんどん理性を失っている。

「明日も世界があったらどうするんだよ」

「生活できないじゃないか」

「世界、頼むから終わってくれえ」

「みんなで終われば怖くないんだよ」

とうとう世界の終りを望む人が数えきれないほどできてしまうくらいまでに街は、混乱を極めていた。数人はもう悟ったかのように微動だにしない。あろうことか暴力行為は見慣れたものと化している。

ボーン、ボーン

鐘は冷酷に今日の終わりを告げる。

「遂に終わりましたね、明日からどうします?」

少しだけ残念そうな顔をしながら外から目を背けた。

「ここの報告書を書いたら引き上げればいいんじゃないか」

「いや、でもここの住人がどうなるのか気になるじゃないですか」

「なんでさ、知らされてなかったのかい?」

「何をです」

「ほれ、外、見ててみ」

そう言ってタブレット端末のボタンをタップする。さっきまで騒いでいたはずの住人たちはぷつりと糸が切れたように座り込む。それっきり動かなかった。

素っ頓狂な顔をする一個体。顔に付随する物が全て飛び出しそうな勢いだった。

「ここの星は我々の星の実験棟No.16で、主に心理実験をしていた。今回は文書に対する信頼度と危機的な状況に陥った際の人々の行動を調べたんだよ。まあ、実験も終わったことだし、こう、スイッチを落としたんだけどな。お前も臨場感を持たせるためにわざと知らないふりをしているとばかりに思っていたよ。


ん?どうした口なんてパクパクさせて」

「あ、ああ、っそこ、に」

「そこに何が写ってるっていうn…


二個体も二度と動きはしなかったという。

それでは、この二個体のスイッチを落としたのは誰かって?なんで彼らまで切られたのかって?

そんな枝葉末節はどうでも良いだろうに。この世には、小説よりも面白おかしいことがゴロゴロ転がっているのだ。ほら、君の近くにも、ね?



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