第14話 またまた友だち増えました




「失礼しま〜す」



 放課後、俺は図書準備室へ訪れた。そこにいる人物なんて俺の知り合いではただ1人。



「あら、誰かと思えば。また懲りずに仕事でも引き受てきたのかしら?」



 中で静かに1人本を読んでいた黒川は、俺に気がつくと読んでいた本に栞を挟んだ。



「違うわ。今日は黒川に用があんの」



 午後の授業のあいだも、ずっと誰を誘えばいいのか悩んだがいい案は浮かんでこなかった。そして最後の手段として……というか、そもそも俺に残されたカードは彼女しかいなかった。


 

「私に?」



「そ。っと、まず先にこれ返す。この前借りた本」



 鞄の中にしまってあった、茶色のブックカバーに包まれた文庫本を取り出す。



「あら、もう読み終えたのね」



「主人公と女の子の関係の変化が丁寧に描かれてて凄く面白かったな、あれがハッピーエンドかどうかは人によるけど。またなんかオススメあればよろしく」



 俺は読む本がなくなったときや、次読む本がなかなか見つからないときこうして黒川からオススメの本を借りたりしている。



「そう。私個人としては、あの終わり方はとても好きよ。貴方はお気に召さなかった?」



「いや、そうじゃないけど……現実を生きる身として、2人が結ばれたなら、もっと長い時間一緒に居て欲しかったと言うか」



 本のラスト、紆余曲折あった末に結ばれた主人公と相手の女の子。しかしその過程で2人の寿命はたった3日になっており、2人は残りの僅かな時間を幸せに過ごした。という終わり方だった。


 俺としてはやはりせっかく結ばれたのなら、もっと長く幸せな時間を過ごしてほしい、と感じたので少し切なかった。



「どうかしらね。たとえ普通に生きられたとしても、そのあと何もなく生涯を共に過ごすとも言い難いし、幸せの絶頂のまま死を迎えられて、私はむしろ幸せな方だと思ったわ」



「かなり現実的な考え方……。けど、そういう考え方もあるっちゃ、あるか」



 う〜ん……難しい。付き合いたてなら誰しもラブラブだし、そのあとだんだんとボロが出てきて無残に破局するくらいなら幸せなうちに終わった方がいいのかも…。


 でも結ばれるまでの過程などを知っているからこそ、2人はきっとその後も幸せになれるだろうと信じたいわけで。



「どうしてそこまで悩むものかしら。これはフィクションよ、世界観が同じじゃないんだからそんなの悩んでも意味がないわ」



 俺が1人でうんうん唸っていると、黒川に少し呆れられてしまった。



「そうなんだけどさ……やっぱり最後まで読んだとき悲しくなったから、俺はやっぱりあの終わり方より救われる方を求めてるんだなぁ、って思って」



「そう」



「やっぱ黒川の勧めてくれる本は面白いな。こうやって2人で感想伝え合うのも楽しいし」



 次回はどんなものを持ってきてくれるのだろうと少しだけワクワクしながら言うと、黒川は俺の目を見たまま動かなくなる。



「……ん?………おい、黒か「それで、本題の方に移ってくれるかしら。私も暇じゃないの」



「あ、はい。黒川、来週の水曜日って放課後空いてるか?」



「答えに詰まる質問ね。何かあるのかしら?」



「えぇ〜と……合コン行かない?」





「……………いま、なんと言ったのかしら?」


 


 信じられないものを見るかのような目で言葉を返された。あのさぁ、俺だって健全な男子高校生なわけで、合コンって単語くらい出てきてもおかしくないでしょうが。



「だから合コン。女子を1人連れてきてくれって言われたんだけど、俺って女子の知り合い少ないから」



「妙な話ね。貴方には遊びに誘ってくれるような友人はいないはずよ」



「失礼なこと言うな。1人くらいいるわ……」



 晶がいるもん。嘘じゃないもん。



「放課後にこんなところへ来ている時点で説得力がないわね」



 声音が少し高くなって、まるで揶揄うような口調で返された。


 実際、放課後にわざわざ図書準備室で本を読む女子生徒に会いにくるなんて、逢引でもない限りなかなかないシチュエーションだよな。


 前に一度、文学部かなんかに入って気の合う読者仲間でも作ればどうかと聞いてみたところ、「1人の方が楽」と言っていた。じゃあ俺も邪魔かなと思ったが、曰く「あなたは別よ」とのこと。少しだけ嬉しかったのは内緒だ。



「そういう集まりに行くタイプじゃないっていうのは分かってるから、イヤなら無理には頼まない」



「そうね…………行ってもいいわ」



「ほ、本と「但し」ん?」



「私の方からも一つ、条件があるわ」



 いきなり人差し指をかざして俺の言葉を遮った黒川、パイプ椅子から立ち上がると俺のそばに寄ってくる。



「俺にできることなら、なんでもするぞ」



「なんでも、ねぇ」



 しかし黒川はなぜか立ち止まることなく、そのまま俺の方へジリジリと近づいてくる。



「え、ち、ちょっと、黒川……?」



 俺は後退りするが、後ろの扉に背中がぶつかる。そのまま、肌と肌が触れ合うんじゃないかというくらい黒川の顔が近づいてきて、俺は何をされるのかわからず、たまらず目を瞑ってしまった。





————トンッ———




 額に何かが押し付けられた。



「………んぇ?」



「登録しておきなさい。夜にまた連絡するわ」



 触ると、額に付箋のメモ用紙が貼られていた。そこには恐らく黒川のものと思われる電話番号が。



「私はもう帰るわ」



「え、うん…じゃあ…」



 今日は別に図書委員の曜日ではないため、黒川自身はいつ帰っても問題ない。本当に準備室に本を読みにきているだけだ。


 黒川はそのまま本を仕舞い、鞄を持つと呆気にとられている俺の横を通り過ぎる。




「キス、されると思った?」



「〜〜ッ⁉︎ ち、違っ……」



 俺の反応など意に介さず、黒川は笑いながら出て行ってしまった。


 別にキス待ちではないけどね⁉︎そもそもマスクしてるし、まぁ最悪そうなっても大丈夫なようにしていただけで、つまりはあの状況ではあれが最善だと思っだからそうしただけだし!



「全く、なんなんだよ。でも、また1人増えたな……」



 昼に交換した瑞樹の連絡先もあり、今日だけで2人も「友だち」が増えた。


 これは俗に言う、『友だち100人』いけちゃうのでは?


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