第13話 夢と幼馴染




『はぁ……はぁ……!』



 このためだけに毎日体力作りをしていたけど、それ以上に嬉しさと緊張で息が苦しい。


 ミーティングが終わってからすぐに着替え、部活仲間の誘いも断り、全速力で街中を走ってる。すれ違うサラリーマンや買い物帰りの主婦さんが変な目で見てくるが気にしてられない。


 スタメンにとうとう選ばれた、そしてやっとあいつに見合う男になれたという二つの嬉しさ。けど一番は緊張だ。小学生のころ、学芸会でイモムシの役を演じたときなんかとは比べ物にならないくらいドキドキしてる。これから、小学校の頃からずっと抱えてきた想いをもう一回ぶつけるんだから。


 興奮して走っていたからか、俺は角の先にあったポストに気づけなかった。



『はぁ……っと、うお⁉︎…痛った』



 避けようとして転んでしまった。もしかしたら血が出てるかもしれないけど、そんなことどうでもいい。ぼんやりとした痛みが全身を襲うが、それを無視して走り続けた。


 目的の場所はもうすぐだ。美咲のお母さんが言うには、少し前にこの先にある河川敷に向かったらしい。こんな時間にどうしてそんなところに行ったのかは分からないけど、とにかく今はそこに向かうしかない。


 

 今は走り続けるしかない……





 目的の河川敷につくと、ポツポツと雨が降り出してきた。気にならない程度だけど、空模様を見る限り、もう少しで本降りになるような気がする。



『河川敷って……はぁ、結構広いんだよな…』



 河川敷といってもどこらへんのことなのか、いっそのこと本人に聞こうと思ったが、これから告白するのにそれは少し躊躇われた



 手当たり次第に探すしかないが、こんな天気なのでもしかしたら雨宿りができる高架下にいるかも、と思った矢先。一番近くの高架下に見つけた。




『美咲のやつ、なんでこんなとこに……おーい!みさ……ッ⁉︎』



 美咲を見つけた。しかしそこにはもう1人、俺と同じ制服を着た背の高い男子が美咲のすぐそばにいた。同じサッカー部の先輩で、ウチのエースだ。今日だって一緒に練習してた。



 俺は咄嗟に物陰に隠れてしまった。なんでか、2人に見られてはいけないような気がしたから。




『何か今、聞こえなかった?」



『ご、誤魔化さないで下さい。それで考えてくれました?」






『告白のお返事』





 え………え?どういう……こと…?告白ってなんなんだよ……



 意味がわからない。違う、意味はわかる頭がそれを理解するのを拒んでいる。


 さっきまで気にならなかった雨が、急に寒く感じる。全身から力が抜け、なんとか踏ん張ろうと後退りしたところで………








「(ガコン)………ッ!」



 思いっきり足を机にぶつけた。あぁ、さっきのは……




「お〜いどうした薪村〜?」


 

 禿頭の眼鏡をかけた中年教師が顔だけこちらに向けて注意してくる。



「な、なんでもありません!」



 いつも通りのやる気のなさそうな声で注意されてしまった。


 

 周りから、クラスメイトたちのクスクス笑う声が聞こえてくる。恥ずかしい……。こんなとき、冷やかしてくれる友だちでもいれば幾分かダメージが安く済んだんだろうな。


 少し気になったので、クラスのちょうど真ん中あたりの席。窓際後ろの俺から見ると少し距離のある席に座る晶と目があった。他のクラスメイトが笑う中あいつだけはジッ、と俺を見つめている。俺がやっちまった、という意味を込めて苦笑いを浮かべると、晶も少しだけ笑みを返してくれた



 まさか、授業中に居眠りをしたうえ、あんな夢を見るなんて。

 

 

「はぁ、なんか最悪な気分……」



 これから来週の合コンに誘う女子をまた考えなくちゃならないってのに……





◇◆◇



 



「女子なんて、誰誘えばいいんだよ……」



 ゴミ箱の中身をゴミ捨て場にぶちまけながら考えるも、昨日の夜から答えは出ない。もっとも、一晩考えて出なかった答えが、こんな汚臭が漂う場所で出たら困るのだが。



 空になったゴミ箱を持ってゴミ捨て場から出ると、スマホで時間を確認する。



「早く購買で何か買わないと。全く、何であんなに溢れるまで放置しておくかな…」



 授業後の昼休み。クラス中のゴミを吸収してパンパンになったゴミ箱はついにその限界を迎え、真横から見ても中身が確認できるまでに膨れ上がっていた。きっとゴミ捨て係が、まだ大丈夫だと放置していたんだろう。


 幸い、誰も気に留めてなかったみたいなので見られてないうちに持ち出してきて今に至る。



 ゴミ捨て場は校舎の隣に設置されているので急いで昼を買いに行こうと、1階の渡り廊下から校舎に戻ろうとすると誰かにぶつかってしまった。




「うわっ⁈……、すみません大丈夫ですか?」



「痛ったた……ぼ、ボクの方こそごめんなさい。考え事をしてて前を見てなかったから」



 なんとか踏みとどまった俺とは逆で、目の前の男子生徒は尻餅をつきながら、申し訳なさそうに笑った。



「あれ?薪村くんだよね。ほら、同じクラスの瑞樹。覚えてるかな?」



 あ、本当だ。よく見れば彼、同じクラスの方ではないか。そして思い出した。



『瑞樹尋』

 先日、俺が参加するはずだった合コンに来ていた……というか赤坂曰く主役の人物。


 覚えているかと言われれば覚えているが、それは合コンの増員メンバーを任せられた、一連の元凶として記憶していたから。普段は絡むことなんてないし、この件がなければ分かったか怪しい。




「瑞樹か……悪い、どこか痛くないか?」



「う、うん、ボクは大丈夫。あ、お弁当が……」



 視線の先には、中身が溢れてしまった黒い小さなお弁当箱。男子にしては量が少なく感じるが、問題はそこじゃない。



「わ、悪い瑞樹!俺のせいで…」



「ううん。大丈夫、気にしないで」



「いやでも、それ見た感じ殆ど手付けてなかったじゃんか。午前に体育もあったし、流石に昼抜きはキツいだろ」



「うん。でも、今日は1人だったからあんまり食欲なかったし…」



 贅沢な奴め、俺はいつも1人だぞ。まぁ偶に準備室で黒川と食べたりするけど、晶は他の人食べることが多いから俺は入れない。


 確かによく考えれば瑞樹は普段赤坂たちと食べてたな。何で今日は1人なんだ?



「これから購買いくけど、一緒に食べるか?」



「え?」



「いや俺も1人だし、これからだからさ」



 まぁ、個人的に聞きたいこととかもあったしいっか。誘う女子探しのヒントかなにか聞き出せる可能性あるし。



「…………じゃぁ、そうしようかな」





◇◆◇





「えぇッ!?じ、じゃぁ昨日薪村くんも来てたんだ……」



「ん〜、まぁドタキャンしたけど一応」



 ゴミ箱を教室にもどし、屋上で購買で買ったパンの包みを開けながら俺は頷いた。


 道すがら話を聞いてると、昨日の合コンのあとすぐに帰ったらしく俺と会うことはなかった瑞樹だが、どうやら今回の合コンは自分の意思とは逆のものだったみたいだ。



「ごめんね、真くんに付き合わせちゃって。もともと、ボクあんまり乗り気じゃなかったんだ」



 真くん…もしかしなくても赤坂のことだろうな。叶には赤ちゃんとか言われてるし、親しいひとにはそこまで怖がられてるわけでもないのか。



「けど、赤坂はお前のこと参加させたがってるみたいけだけど」



「うん、ボクこういう性格だから今まで恋愛とかもしたことなくて、真くんが強引に決めちゃったの」



「気になってたんだけど、瑞樹と赤坂って……」



「あ、うんボクたち、幼馴染なんだ」




 

 嫌な単語だ、今朝の夢を思い出す。



 幼馴染ーーー俺にとっては思い出したくもないほど苦手な相手を連想させてくれる。あの忌々しい中学生のころの記憶だ。高校に入ってから忘れられてたと思っていたけど、そんな簡単に忘れられるわけないか。


 そういえば、高校どこに行ったかすら知らないな。まぁ、俺も可能な限り会わないように避けてたし、あっちも殆ど俺のことは気にしていないようだったから当然なんだが。


 

 でも男の幼馴染か……、きっと小さい頃から仲良しだったんだろうなぁ。



「そうだったのか。知らなかった」



「不思議だったでしょ?ボクみたいなのがなんで真くんや谷原くんと一緒にいるのか、って」



「いや、そんなことは………」



 ……あります。ごめんなさい。


 瑞樹は笑っているけど、やはり気にしているようで少し俯いている。



「………ごめん、思ってました」



「え?……ふふ、いいよ気にしないで。ボク見た目も小柄だし真くんみたいに強気な性格でもないから、ちっちゃい頃から真くんに助けられてばっかりで」



「意外だな」



「でしょ?普段は少し無愛想だけど真くん、本当はすごく優しいんだよ」



 褒めている側だというのに、なぜか瑞樹は自分のことのように嬉しそうに赤坂のことを話している。あぁ、こんな幼馴染のいる赤坂が羨ましい。



「でも今回のは嫌なんだ?」



「うん……ボク、別に恋人とか欲しくないし。真くんたちと一緒に話したり、帰り道に寄り道とかしてるだけですっごく楽しいんだ」



「そっか……それで、今日の昼は赤坂とは別ってことか」



「………………」



 なるほど、要は赤坂のやつが少し先走っちゃってるって感じか。多分悪気はないんだろうけど、高校生にまでなって一度も女子と付き合わないのは、っていう感じのお節介なんだろうな。


 確かに高校生って、世間から見れば青春真っ盛りだろうし、その価値観も間違ってはないと思うけど、別に恋愛だけが全てじゃないって考えの人もいるだろうし……難しいな。



「別に他の学校の人たちと遊ぶのはいいんだけど誰かと恋人になりたいとか、そういうのは……まだないんだよね」



「瑞樹がそう思うんなら、当日は普通に話したりして過ごせば大丈夫だと思うぞ。恋愛になるかどうかなんて、当事者が相手をどう感じるかだと思うし。無理に始めるもんでもないしさ」



 多分今から中止にするってのも難しいだろうな。前回流れたのは俺のせい、つまりはこっち側のせいだからなぁ。



「実際合コンがまたあるかどうかは微妙だしな。俺の方も増員を探さないといけないんだけど、アテがなくて」



「そうなの?」



「まぁ、いざとなれば赤坂とかが適当に連れてくるんだろうけど」



 候補がいないこともないんだけど、あいつそういうのに興味なさそうだし……承諾してくれたとしても、それはそれで裏がありそうで怖い。


 仕方ない、放課後に少しだけ寄ってから帰るか。



「今度の当日は俺もいるし、赤坂とかに言いにくいことがあれば、言ってみてくれ。何かサポートできるかもしれないから」



「うんっ。薪村くん優しいんだね、普段あんまり喋らないから誤解してた。少し気が楽になったよ……増員の件、ボクもあんまり女の子の知り合いが少ないから大して役に立たないけど、何かあれば手伝うから」



「ん、サンキュ」



 あれ?これめちゃくちゃ青春してないですか俺?男2人で屋上で友情(?)の会話。


 はぁ、高校の間に一回でも同性と一緒に昼ご飯食べられて良かった。



 


 その後、瑞樹と少しだけ仲良くなった俺は連絡先を交換した。友だちの数が増えたのはすごく久しぶりで少し興奮した。


 あ、友だちってアレね、連絡アプリ内でのゲームとかでいうフレンドのことね。

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