第10話 図書委員さん
音を立てないよう静かに図書室の後ろから段ボールを運び入れた。
うちの図書室はそれなりに充実していて、本の数は勿論のこと、読書スペースと勉強スペースとして個別のブースが設けられていたり、正に私立ならではだと来るたびに感じる。
どうやら中にはほとんど人もおらずシーンとしている。カウンターは逆の方にあるので図書委員の彼女はそちらでいつも通り本でも読んでいるだろう。
テスト期間なんかにもなるとそれなりに放課後は人も訪れ、小声で話すのすら躊躇うほどピリついたムードが漂うのだが、今は夕日がいい具合に入り込んで、むしろ和やかな雰囲気だ。映画のワンシーンみたい。
「よいしょ……と。えぇっと……うわ、これ全部バラバラの棚じゃん」
それぞれの段ボールの中に一緒に入れられていた、該当する棚の書かれたメモを確認する。どうやら中の本は小説の他にも参考書や啓蒙書、図鑑などあり、当然のことだがジャンルが違うので、棚の場所も全然違う。
奥村先生は手伝ってもらえ、って言ってたけど時間さえあれば一人でできる量だし、別にいいだろう。わざわざ手伝わせるのも悪いし、頼んでも協力してくれるかわからない。少し変わったやつだから。
「よしっ、始めるか」
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「残り一箱か………ふぅ〜、図鑑は強敵だったぜ」
足場を使ってなんとか図鑑の最後の一冊を棚に終えた。図鑑は厚みがあるため他のものよりとにかく重かった。
残る箱は一つ。ようやくここまできたからあとはちゃっちゃか終わらせてしまいたいんだが、少し疲れてしまった。ちょっとくらい休んでもバチは当たらないだろう。
幸い人もいないし、休むのにちょうどいいブースもある。
「どっこいしょっと」
おっさんみたいな声を出しながら座ると、体が消息を求めていたのかそのまま突っ伏して寝てしまいそうになる。
スマホをみると時刻は5時半を過ぎていた。かれこれ1時間弱は作業していたらしい。
「カラオケ盛り上がってんだろうな〜……うわ、案の定連絡来てるし」
そのまま連絡アプリを起動すると、晶からのメッセージが何着か来ていた。既読をつけないようにチャットを見ると、今どこにいるのかを心配している内容みたいだ。
「あいつには悪いけど、返信はもう少ししたらでいいか。俺がいなくて開始できない、なんてことはないだろうし……ふぁあ〜、ねっむ……」
スマホをしまったところで、急に睡魔が襲ってきた。
「やば……作業しなきゃなのに………」
まぁ図書室が閉まるのはもう少し先だから、少しだけ少しだけ……
そのまま、俺は迂闊にも寝てしまった。
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むにっ……むにっ…ツンツン……さわさわ
「あら、結構柔らかくてすべすべしてるのね」
誰かが近くにいる。それに何かに顔を突かれているような感触も覚える。
「……ん、だれ?」モゾモゾ
「起きなさい、寝坊助。いつまで寝てるつもり?」
目を覚ますと、行儀悪く隣のブースに座ってこちらを見下ろす女子生徒がいた。
寝ぼけ眼でも分かるくらいの顔見知りだ。彼女こそ先生が言っていた図書委員。各クラス2人ずつ割り当てられている、組毎の委員にもかかわらず、その冷たさと高飛車な性格で男子の委員を途中でやめさせてしまったことで有名な女子生徒。
「なんだ…黒川か。ふぁ〜あ、おはよう」
「早く起きてくれないかしらね。もうそろそろ貴方の寝顔も飽きてきたし」
「ふ〜ん。最初は楽しんでくれてたん?」
「ええ、無防備な間抜け顔だったわよ」
「………あっそ」
失礼なやつだ。この俺の寝顔なんてなかなか見れないぞ?
てか、マスクしたまま寝てたから少し苦しいな。
俺の反応を面白そうに眺めるこの女子は黒川那月。我が学年唯一の図書委員で、隣のクラスすなわち奥村先生のクラスの生徒だ。
こいつもレベルで言うなら明と同じくらい容姿が整ってて、入学当初は晶ほどでないにせよそこそこ騒がれていたのだが、付き纏う虫どもを返り討ちにしていたらいつの間にか誰も寄り付かなくなってたらしい。
「珍しいわね、貴方が図書室に寝にくるなんて。いつもの彼女は一緒じゃないのかしら?」
彼女とは十中八九晶のことだろう。黒川も俺と晶のことはある程度知っている。黒川との付き合いもそれなりに長いからな。
「言ってるだろ、校内じゃあんまり話さないようにしてるって。それに別に寝に来たわけじゃない。先生に本の棚入れ頼まれて、疲れたから少し休んでたの」
「少し、と言う割には………もう7時になるのだけど?」
「うぇッ⁉︎う、嘘………マジだ」
それに加えて、どうやら寝ている間に何度か晶の方から電話もきていた。返信がないから不審に思ったのかもしれない。
「その言い方だと、まだ終わってないみたいね」
「まぁ、はい……」
「全く、本来これは私の仕事よ。なんで先生も貴方も私に言わないのかしら。挙げ句の果てには寝落ちして仕事が終わらないなんて目もあてられないわよ?」
「………ごめん」
黒川の言う通りすぎて、返す言葉もない。一人でできると高を括ったのがよくなかった。
「謝るくらいなら手伝いなさい。図書室を閉めるまでまだもう少しあるから、今日中に終わらせるわよ」
「お、おう」
こんなことなら、最初から頼んでおけばよかった。黒川はもしかしたら手伝ってくれないかもしれない、なんて少しでも考えてたのが恥ずかしい。やることはしっかりやる奴なんだよな。
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「聞かなくても大体検討はつくけれど、仕事もどうせまた奥村先生に押し付けられたのでしょう?」
帰り道、そのまま黒川と帰路についた俺は駅に向かって歩いていた。
特に話すこともなく歩いてたが、急に黒川から話しかけられる。
「まぁそんな感じ」
「よくもまぁ飽きもせずに、何度も何度も引き受けて余程ヒマなのね」
「うるさい。帰ってもゲームくらいしかすることないから別にいいんだよ」
「寂しい男ね。せっかくの高校生活なのに」
「お前には言われたくない」
こんな感じで、一度口を開けば何かしら毒を吐かれる。俺何か悪いことした?
確かに寂しいというのはその通りだと思う。学校帰りに友達とどこかへ遊びに行くのだって、いつも晶と2人だけだし、その頻度だって決して多いわけではない。
帰れば勉強かゲームの二択。家族はいつも暖かいけど、やっぱり高校生らしくもう少し友達を作って遊んだほうがいいのだろうか。でも作り方わからんし……どうしよ。
「私は望んでこうしてるのよ。外見に惹かれて変に期待されるのはもう疲れたわ」
「せめてその毒舌は抑えられないのか?みんな今だとお前と目が合うだけで怯えてるぞ」
「なら目を合わせないように努めて」
「もうそのままでいいわ」
ダメだ。俺には手に負えん。
なのに黒川の方は何故か楽しそうに少しだけ俺を見て微笑んでいる。なにわろてんねん。
「ええ、このままでいいのよ。それに、今の学校生活もそれなりに楽しんでるもの」
「そ。ならいっか」
「そうよ」
そう言うと、少しだけ歩くスピードが速くなった黒川を追って、俺も少しだけ速度を早めた。
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「それじゃあ、私はあっちの改札だから、ここで」
駅につくと俺の使う改札口の前で黒川がそう告げた。
そういえば黒川の家は俺とは逆の方向、この前出かけたショッピングモールの方面だった。
「そっか、じゃあ……また今度図書室いくから」
「好きにしなさい」
「はいはい。好きにしますよー」
黒川が別改札に向かって歩いて行く。俺もホームへ行くか、と改札へ歩き出したとき。
タッタッタッタッ
凄い勢いで誰かが走ってくる、気配と足音が迫ってきた。怖くなって思わずバッ、と振り返ると同時に顔いっぱいに服の繊維といい香りが広がった。
「優希っ、よかった……!電話に出ないから何かあったんじゃないかって心配で」
晶の息切れした声と早鐘を打つ心臓が俺の耳にうるさいほど伝わってきた。
え、なんでお前ここにいんの?
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