第8話 待ちに待った日 ※晶視点
…はぁ、これじゃ優希に怒られてしまうね。
腕時計をチラリと確認すると、すでに約束の時間、午前11:00を10分ほど過ぎている。一応連絡はしたがこちらから誘っておきながらこの体たらくは、我ながら情けない。
「お忙しい中、ありがとうございました」
若い駅員さんは席から立つ私に向かってお辞儀をしてくる。
先ほどまで痴漢現場の状況の確認などをしておりようやく解放されるところだった。
「あ、あの!本当にありがとうございます!!
……も、もしよろしければ連絡先交換していただけませんか⁈」
それと同時に、痴漢から助けた女の子が顔を赤くしてスマホを差し出してきた。見慣れた表情。学校でも何度か女子生徒に告白されたことはあるけど、皆彼女みたいな表情をしていた。私は異性愛者なので勿論全て断っている。
それに申し訳ないけど、今はかなり急がなくてはいけない。
「ごめんね、待たせている人がいるから急がなくちゃいけないんだ」
「こ、恋人ですか?」
恋人、ね。
突如耳に入ったワードが頭の中で反芻される。そして今も私のことをきっとぷりぷり怒りながら待っている優希の顔が浮かんでくる。
「…ふふっ」
「違うんですか?」
「違うよ、恋人はいない」
その言葉に希望を持たせてしまったのか、彼女は少しだけ表情を明るくして食いついてくる。
「じゃ、じゃあ!」
「……でも、恋人くらい…大切な人はいるかな」
「あ……」
女の子は何かを察したように、声を漏らすとそれ以降なにも言わなくなった。駅員さんはどうしていいかわからず、ハンカチを用意したり、戸棚からお菓子を出したりして、何とか元気付けようとしてくれている。
「それでは失礼します」
少し意地が悪かったかもしれないと後悔している。普通に友人を待たせている、と答えればそれで済んだ話だったというのに、恋人というワードが引っ掛かってしまったんだ。
〜〜〜〜♪
駅のアナウンスが事務所にまで流れてくる。乗る電車が間もなく到着するみたいだ。これに乗らないとさらに遅くなってしまう。
「あ…あの……!」
後ろから先程の女の子から声をかけられた。
「……?」
「頑張ってくださいっ!」
意を決したようにいう女の子は、強く拳を握りしめていて、色々な感情が入り乱れてるような顔をしている。
「うん、勿論だよ」
♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢
「全く、変なところで抜けてんだからお前は」
「ごめん。まさかデータ通信を切ってたなんて、連絡したつもりだったんだけどね」
私が待ち合わせ場所に行くと、彼は2人組の女性にナンパされていたようで。今さっき彼の起点のもと、恋人のふりをして追い返したところだ。
案の定、優希は怒っていた。どうも何かが気にくわないらしく、私をベンチに座らせて優希はお説教中だ。
「こっちはもしかしたら事故でもあったんじゃないか、って心配してたんだぞ」
「おや、心配してくれたんだ?」
「茶化すな。それだけならいいけどな、いきなり余計なアドリブ入れんじゃねえ…よッ」
軽く手の側面で頭を叩かれてしまった。もちろん全く痛くない。見上げると、ジト目でこちらを睨んでくる優希と目が合う。
アドリブ、とは十中八九さっきのハグのことだろう。腕にはまだ彼を抱きしめた感触が残っている。心地いい感触だった。
ナンパを撃退するため、優希の機転で恋人のフリをするよう指示されたのだが、私の思う恋人っぽい演技が「ハグ」だったため、それを実践したのだけど、どうもそれはやり過ぎだったようだ。
「でも効果はあったようだけど?」
「んぅ…それは否めないけど、いきなりはビックリするだろ」
ん?ということは……
「それなら、許可を取ればまたシてもいいってことだね?」
「ち、ちがっ……あぁ!もう行くぞッ!!」
一瞬だけ顔を赤くすると、顔を隠すようにすぐさまバッと後ろを向き、怒ったようにスタスタとアーケードの方へ向かって行ってしまう優希。
「全く、可愛いんだから」
私も行かないと、遅れてしまう。と思ったが、優希を見るとしっかりアーケードの前で立ち止まってくれている。
怒ってはいても、しっかり私のことを考えてくれていることに嬉しくなってしまう。
何はともあれ、無事デート開始だ。今日はしっかり2人で楽しまないと。
♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢
「そういえば優希は子供って好きかい?」
散々遊び尽くしたゲームセンターから出ると、一変して周囲の喧騒から解き放たれた。ゲームに白熱しすぎたからか、火照ったからだがモール内の空調で冷やされていく。
私がふと気になった疑問を投げかけると、隣を歩く優希は先程買ったペットボトルの水を飲みながら「ん〜?」と不思議そうな声をあげた。
「どした急に」
「はるきちゃんへの接し方もそうだったけど、優希って子供とかお年寄りに特に優しい印象があるからね。つい気になって」
優希は自分からはあまり積極的に人と関わろうとはしないけど、困っている人がいれば必ず自分から動くような人間だ。クラスでも少し影が薄い存在かもしれないけど、好意的に見てくれている人は少なからずいる。教師陣からもよく頼み事をされているのを見る。
「あ〜………まぁそうだな、妹がいるってのもあるから得意ではあるかも」
「そういえばそうだったね」
「それに子供って純粋だからなぁ、こっちもありのままでいられるっていうかさ」
「なるほど、つまり優希は年下好きということだね」
「ニュアンスが変わってる気がするんだが……..」
実際、私が優希に興味を惹かれたのもそういった彼の性格がきっかけだったと思い出す。それから彼の懐に入るまで少々苦労したものだ。
「ふふっ」
「まあいいや。で、次どこ行く?」
「そうだねぇ……」
そういえば決めていなかった。優希と一緒にいるだけで、それだけで楽しいからついつい忘れてしまっていた。
と言っても事前に行く場所を決めていなかったので迷うのも仕方ないだろう。それでなくてもこのモールは広いので選択肢が多い。行くはずだった映画館やレジャー施設、屋内プールさえ兼ね備えている。もはや娯楽施設と言える。
「このモールは広いから色々と迷ってしまうね。とりあえず…ん?」
とりあえずフロアマップでもみようかと思い、少し先にあるフロアマップを見てみようと思い、優希に声よかけようとするが隣にいなかった。
少し後ろを振り返ると何やら立ち止まって一点を熱心に見つめている。
「どうかしたのかい?」
私が声をかけると、優希は肩をビクッと震わせてこちらに振り返った。
「ん?ああいや何でもない。お!あそこの駄菓子屋とかどうだ?懐かしヤツとかあるかもしれないぞ」
「え、あ、ああそうだね」
少し様子が変だったが、優希はそう言うと私を追い抜いて多くのお菓子が陳列されている駄菓子屋の店内に向かって行ってしまった。私もそれに続いて店内に向かう。
店内は、それはもう見事に駄菓子だらけで、見たことのある懐かしいモノから初めて見るモノ、店頭には10円でできるコインゲームなども置いていた。雰囲気は昔懐かし、と言うわけではなく綺麗な内装になっている。現代の駄菓子屋と言う感じ。
優希の方へ向かうと、小さいカゴに綺麗にまとめられた3個入りのガムを手に持っていた。
「それ懐かしいね」
「やっぱ晶も知ってるよな、このガム」
優希が見せてくれたのはコーラ味の「すっぱガム」と言う駄菓子。横並びに3つ配置されていて、一見普通のガムなんだけど、
「確か一つだけすごく酸っぱいのが入ってるんだよね」
「そうそう!」
優希はとても嬉しそうに私に向かって食い入るように相槌を打った。
私の方も彼と共通の話題があってつい声が弾んでしまった。私と優希は高校からの付き合いなので、お互いの昔の思い出なんかは別々のものだ。だから擬似的にとはいえ、互い思い出のある共通の何かに興奮してしまった。
優希は懐かしそうにそれを眺めると、お店に備え付けてある小さなカゴに入れた。
「買うのかい?」
「量を抑えればカバンにも入るし邪魔にならないだろ。他にも軽く見てっていいか?」
「そうだね。私は少しお手洗いに行ってくるから先に見ていて」
「りょーかいっ」
よほど懐かしいのか優希はそう言うとすぐに店の奥に向かって行ってしまった。
普段はあまり見ない優希の子供っぽい一面についつい頬が緩んでしまいそうになる。
店から出ると、私が向かったのは化粧室……ではない。もともと化粧はほとんどしていないから直す必要はないからね。
向かったのは、来た道を少し戻った先にある雑貨屋。先ほど優希が立ち止まっていたお店だ。中はお洒落な文具や小物、アクセサリーなど様々なものが飾られていて、どれも魅力的なものばかり。
だが私が向かったのは店内ではなく、店外から見えるショーケース。
「へぇ、ぬいぐるみか」
ショーケースにも色々なものが飾られているが、幸いなことに一つ一つのものが区切られて展示されているので、優希がどれを見ていたのかはすぐに分かった。
それにしても優希がぬいぐるみを見ていたとは意外だったね。こういったものが好きだったなんて。
見るからにふわふわしていて抱きしめたくなるような白クマのぬいぐるみで、よくある座った体勢の物だ。一応クマだから「テディベア」になるのだろうか。
「ふふっ、可愛い」
誰に対して向けられたものなのだろうか自分でも自然に出過ぎて分からなかった。ぬいぐるみなのかそれとも…….
「…後者に決まっているね」
また新しい彼の一面を知ることができたことに心躍らせながら、店員さんに声をかけた。
「それでは、ラッピングをして保管しておきますので、お手数ですが、お撮りにくる際にお電話の方お願いいたします」
「分かりました。ありがとうございます」
値段はそこそこだったけど所持金で十分賄えたので、一旦お店側で保管してもらい、最後に優希へ渡すつもりだ。喜んでくれるといいな。
急ぎ足で駄菓子屋に戻ると、麩菓子コーナーで麩菓子を食い入るように見ていた優希がこちらに気付いた。
「ごめん、待たせたね」
「いや全然。それより晶こっち来てみろよ」
そう言うと興奮したように目をキラキラさせながら私の腕を抱くように引っ張ってくる。不意に距離を詰められ思わずドキッとしてしまった。
本人は何ともないような顔で、むしろとても楽しそうな表情を浮かべている。
まぁ、こんなに笑ってくれるなら…..
「…安いものだね」
「ん?駄菓子ってこんなもんじゃないか?」
♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢ ♢♦︎♢
最寄駅から家までの帰路。既に優希とは別れ、今は一人だ。
「好きなら好きなだけ夢中になれば良い、か」
思わず口から出たその言葉は、先ほど自分が優希に向けたものだった。
ぬいぐるみが好きだったという意外な一面を優希はコンプレックスに感じていたらしく、諦めたかのように自虐する姿が、何だかとてもイヤで私は彼にそう言った。
そのためか、帰りの電車では嬉しそうにぬいぐるみを覗いたりしている優希の顔を何度か拝むことができた。
優希の笑顔、プライスレス。
しかし時間が経った今ではその言葉が自分にも突き刺さっているような気がしてしまい、胸のあたりがモヤモヤしていた。
「人のことなんて言えないね」
私は優希のことが大好きだ。でも告白や恋人になるなんてことは考えていない。今のこの気兼ねなく接することができる関係がとても心地いい…….なんて言えば聞こえはいいが、要は関係が崩れるのが怖いのだ。臆病なことだが。
私も優希も高校2年生。まさに青春真っ盛りの時期なため私の周りの知り合いとも恋人やら好きな人の話で盛り上がることは多々ある。私にもよくそう言った話が振られるが、はぐらかしながらも頭によぎるのはいつも優希のこと。恋愛的な意味に囚われず心底惚れているのだと思う。
本当に矛盾してるというか、我ながら面倒くさい性格だよ。
少しだけ自己嫌悪に浸りながら歩いていると、自分の家が見えてきた。他の家より少し大きいので遠目に見ても目立っている。
チャイムを鳴らすと家の中から使用人の須藤が扉を空けてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢さま」
須藤は黒を基調にした執事服に身を包んだ長身の女性だ。家の家事を担ってくれている。
「ただいま須藤」
無駄に広いリビングに入ると、どっと疲れが襲ってきてソファに倒れ込むように背を沈めた。
「行儀が悪いですよお嬢さま」
半ば諦めるような口調で須藤に注意される。
仕方ないじゃないか、大切な人との初デートなんだから。私だって緊張くらいするよ。
「デートは如何でしたか?」
何かを期待するような目で見てくるけど、特に何か進展があったわけでもないので、少し躊躇ってしまう。須藤はよく私から優希の話を聞いているから、何となく私の気持ちを察しているのだろう。
私がデートと知るや否や、服を一緒に、選んでくれたり私と同じくらい楽しみにしてくれていた。普段はクールな印象なので少し意外だった。
「特に何も進展はなかったよ」
「そうではなくて、楽しかったですか?」
「え…?」
楽しかったか……か。
言われてハッとした。どうも難しく考えすぎていたみたいだ。勝手に自分の言葉をきっかけに彼との関係についてあれこれ悩んでしまっていた。
そうだ、焦ることなんてない。明日だってきっと変わらない。今日みたいに私の言葉に、優希が怒ったり照れたりして、時間が過ぎていくいつも通りの日常。何より私自身がそれを一番望んでいる。
「ふふっ、そうだね。楽しかったよ……すごく」
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お久しぶりです。富士松でございます。
大変お待たせしました。
今回は少し長めの晶視点でのデート回です。
といっても既出のシーンで晶が何を思っていたか、それとも他の省いたシーンを描写するかで迷った結果、どっちつかずの内容になってしまいました。
いずれ安定していったらキャラ紹介などもしてみたいですね。
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