第2話 私と彼 ※晶視点




「お、おい…!ちょっと宮代…!」


「……え?あ、ああごめんよ。痛かったかい?」


 そう言うと少し心配したように、腕を離してくれた。強くはないが先程まで掴まれていたからか俺の腕は少し赤くなっている。


 ちょうど信号が赤に変わる前だった。多分コイツのことだから見えてはいただろうけど、少し心配になるくらいズンズン進むもんだからたまらず声を荒げてしまった。

 幸い、辺りはそこまで人通りがあるわけでもないからそこまで目立ってはいなかったが。



「…ちょっとだけな。それよりさっきのアレ」


「ん?」


「いやだから、何であんな風に言ったんだよ。アレじゃお前が悪く思われんだぞ」


 腕をさすりながら言うと、宮代は困ったように小さく笑いながら「あ〜あ」と上を見上げた。もちろん上に何かあるわけじゃない。なんとなくだけどその仕草がいつもの飄々とした雰囲気とは違ってやけに子供っぽく見えた。

 まるで隠し事がバレてしまったイタズラっ子みたいな。


 やっぱりさっきから変だ。いつもは俺が多少他の人に邪険に扱われてもやんわり受け流してくれてるし、強引に俺をつれて行ったりなんてしない。どうしたってんだよ……


 俺がそんな風に困っているのを見越してか、当の本人は近くにある小さな公園を指差した。


「少しだけ、寄り道しないかい」








「私ね、少し我慢してたんだ」


 少し寂れたベンチに2人で腰掛けると、背もたれには寄り掛からず前屈みになりながら宮代が話しだした。


「何をだよ」


「君のこと」


 俺のこと? 一気にワケがわからなくなった。我慢してた、と言ったから俺はてっきり、有名故にこれまでたくさんの生徒からしつこいくらい絡まれてきたから、それのフラストレーションが限界に達したのかと思っていたのだが、どうやら違うようだ。


 聞いてくれるかな、といつもと違う少し弱った目で懇願するように言われる。勿論、大事な友人の頼みなんて断る訳もない。



「私は自分で言うのもなんだけど、それなりに容姿の出来は良いから、今まで色々な人たちが私に興味を持ってくれたんだ。そのおかげで友達はたくさんできたし、毎日楽しく過ごせてる。でも中にはさっきみたいな子達もいてね。君のことを根暗とか私と釣り合わないとか言うんだ」


 そう言うと宮代は、今度は逆に伸びるように手足を投げ出して背もたれに寄り掛かった。


「全く私の交友関係なんだから私が決めることの何がいけないんだ」


「みんなお前のことが好きなんだよ。それに別に俺は全然気にしてないから。まぁ、根暗って部分は間違ってない気もするけどな」


 俺が少しおどけたように言うと、苦しそうな顔だった宮代は少し顔を緩めて笑ってくれた。やっぱり苦しそうな顔は見ていてこちらも辛い。


「でもごめん、さっきので限界だったみたい、すっごくイライラしちゃってね。それなりに忍耐力はあると思ったんだけど、君のこととなると別みたいだ」


「ほんとダメダメだな。俺がいいって言ってんだからお前は気にしないでいいんだよアホ。お前がそんな苦しそうにする必要ないって」



 まるでいつもと違って弱々しい宮代の姿に、ついつい頭を撫でてしまった。てかコイツ髪の毛めちゃくちゃサラサラやん。もっとしてやろ。


 本当に優しいなぁ宮代は。別にあんな風に言わなくても少し諫めるくらいで済ませておけばいいのにな。え、この子どんだけ俺のこと好きなの?


「ふふ、なんで撫でているんだい?」


「お前が情けない声出すから」


「仮にも女の子に言うセリフとは思えないね」


「お前は特別」


 そしてまたふふっ、と嬉しそうに笑う。しばらく宮代はされるがままで、俺の方もサラサラ具合を堪能しながら(恐らく)winwinなナデナデはしばらく続いた。


 にしても、コイツが俺のことでそんなに悩んでくれてたなんて、不謹慎だけど少し嬉しくなってしまいそうになる。まぁ言うだけのことは言ったし、この件はもう大丈夫だろう。言いたい奴には言わせておけばいい。そ、俺が我慢すればいい話なんだ。




「そういえば、その『みんな』の中に優希は入っているのかな」

「………うっさいわ」







晶side


 

 やってしまった。


 枕に思いっきり顔を埋めながらため息を吐いた。


 帰ってきてからというもの頭の中は後悔ばかり。できることなら教室を出たくらいのタイミングに戻りたいものだ。今まで少しずつ溜まっていたストレスがついに限界を迎えたと言えばその通りだが、一番の原因は感情の落差だ。


「完全に浮かれてた。ようやくデートに漕ぎ着けたから舞い上がっていたよ」


いままで何度か放課後に2人で寄り道することはあったけど、学校のない休日にわざわざ2人で出かけることはなかった。というのも優希は休日にアルバイトに入っていることが多くて、なかなか合わせられないんだ。

 あまりにも彼に会いたくなってアルバイト先に押し掛けたらこっぴどく怒られたのが少し懐かしい。


 だからこそ、今日彼にOKを貰えた時は顔にこそ出さなかったが、すごく嬉しかった。

 そのあとは最悪の展開だったけど……


 ふとさっきまでのことを思い出して頭に触れてみる。手入れはそれなりにしているおかげか、サラサラとした手触りが伝わる。


「やっぱり優しいな、優希は」


 少し自暴自棄になってた私に対しても、私の体裁なんかを気にしてくれていた。本当は自分だって辛いだろうに、疲れていた私を撫でてくれた手がとても愛おしかった。

 


 彼は基本的に学校ではあまり話す方じゃない。決まった曜日の放課後と帰り道が私と彼の交流の時間。それと夜遅くまで通話することも頻繁にある。私にとって一番大切な人だ。



 「ふふ、土曜日が楽しみだ」

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