第15話 互いの懸念
「お前は怒るだろうと思っておったが・・・」
その夜、出立の前に会おうと
「何をだ?」
雀のぶっきらぼうな反応に小碓は、
「女を軍に同行させることだ」
と答えた。だが雀は首を振った。
「女だからと言って邪魔になるとは限らない。あたいだって女だ。だが、それより御子はそれで良いのか」
「何のことだ?」
「御子は倭比売に会いに伊勢に来たのであろ?その比売から女をあてがわれるようなことになって、それで良いのか?」
「伊勢には戦捷の祈願に来ただけじゃ・・・」
「嘘を言うな」
ああ、と呟くと小碓は
「お前には嘘をつけぬな。確かに私は叔母上にお目にかかりたかった。あのお方に私の真情を伝え頷いて欲しかった。東国から戻ってくることができた暁には斎宮を辞して私と暮らすと言っていただきたかったのだ」
と深いため息をついた。
「だろ?だからそれで良いのかと聞いておる」
雀は突き放すように言った。小碓は雀をちらりと見やると、苦しそうに言葉を続けた。
「だが、比売は母であるとのお立場を決して崩そうとなさらなかった。私が女と思えば、比売は私から遠ざかりなさる。すでに伊勢の斎宮となられた以上、私の思いはかなわぬと思い知らされた」
「そうか・・・」
「母として女を勧められればそれを拒むことはできぬ」
小碓は溜息をつく。
「では、諦めたのだな」
「うむ・・・」
「なら、きっぱりと諦めよ。これ以上、あのお方を惑わさぬと誓え」
「ああ」
頷いた小碓に向かって雀は少し表情を和らげたが、ぶっきらぼうな物言いは変わらなかった。
「その女が言った通り達者なのかはすぐに分かる。足手まといになるようならさっさと伊勢へ戻してしまえば良い。子を産むためだけなら女など掃いて捨てるほどいる。それより・・・」
「なんだ?」
「帝は何を言ってきたのだろう?天意にはなんとあったのだろう?」
「ぬ?」
問うように見た小碓の前で、雀は眉を顰め首を傾げている。
「あたいはてっきり帝は御子を遠ざけ、次の帝はあのなよなよしい男に決めたのかと思っていた」
「雀、口を慎め。若帯日子はお前の考えているような男ではない」
「ふん」
雀は口を尖らせたが、ふと目を細め、
「草那芸剣を御子に渡されたというのならば・・・帝はまだ日継の御子を決めたというのではないかもしれない」
そう続けた雀の言葉に今度は小碓が眉を顰めた。
「私が日継の御子に固執しているわけではないとお前も知っておろう?帝が私に死を賜ろうとして東にやったわけではない、という事が分かっただけで十分だ。草那芸剣は私の軍が帝のものだという
「そういうわけにはいかないよ」
雀は鋭く反論した。
「あたいは御子こそ日継の御子に相応しいと思っている。日継の御子は強くなくてはならぬ。この国には強い帝が必要なんだ。御子ならば国を一つにすることができる、あたいはそう信じている」
「それはありがたいが・・・」
小碓は苦笑した。
東を征討すればこの国に歯向かう者たちもほぼいなくなる。そうしたら、若帯日子や建内宿祢たちの考えている通り東の諸国にも国造を置くことが出来るであろう。それが叶った暁には国の経営はあの者たちに任せればよい。自分はあの建日別にでも往き、そこの国造にでもなろう。そうすれば我ら二人を争わせようなどと誰も考えはするまい。
そこに、もはや倭比売を連れて行くこともなるまい。だが雀は連れていかねばならない。自分は戻れることもあるだろうが、雀は都へ決して戻ることはできぬ。戻れば死が待っている。雀ほどの手練れであれば、むざむざと殺されはしないだろうが、執拗な隼人の手はいずれ雀の命を攫って行くだろう、そう考えているのである。
だが当の雀はしばらくじっと考え込むと、
「御子は倭比売の申された通りにするが良い。ともかくも東の荒ぶる者どもを平らげて正々堂々と纏向に戻ろう。あとは帝が本当はどうお考えか、はっきりするであろう」
と言った。雀の心中では小碓とまるで正反対の考えが渦巻いている。あたいは一人でもなんとかなる、だが日継の御子の座から滑り落ちればいずれ小碓の命は誰かの的になる。その時はなんとしてでも、命を張ってでも小碓を助けねばならぬ、そう思っているのである。それを知ってか知らずか、雀の言葉に
「ああ」
と小碓はすっきりとしたかのように答えた。
「そうだな・・・」
しかし、雀は鋭い目で小碓を見つめて更に言葉を吐き出した。
「だが・・・それでも帝がなお、御子が日を継ぐものと定めねば・・・」
「定めねば・・・?」
小碓は雀の口元を凝視した。暫く間があった。
「・・・その時はその時だ」
乾いた声で雀は笑った。
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