第8話 雀の恋心

その日、雀との鍛錬はいつもに増して激しいものだった。木を渡り、川を越え、土を蹴り、刃を交えること数十回、それでも決着がつかず、山の中に入り込んだ二人の姿は次第に夕暮れになずんでいく。

「そこだ」

小碓の鋭い声が響き、木から落ちるどさりと言う音と共に雀の剣が手を離れ、岩に当たって悲し気な音を立てた。小碓の体の下で雀が息をぜいぜいと切らしている。

「負けちゃった」

雀が喘ぎながら小碓の胸を小さく叩いた。

「うん」

小碓の返事もまるで少年の頃のようである。二人は重なり合ったまま暫く動かない。

山の尾根に太陽が消え、星が一つ二つと増えていく。それをじっと見つめていた雀が、ふと首を横にして呟いた。

「御子・・・いいんだよ。あたいは・・・姫のかわりでも」

「ん?何の事だ」

「小碓が好きなのはやっぱり叔母上であろ?」

雀の声はくぐもっている。

「ばかな・・・」

小碓は首をもたげた。空に流れ星が瞬いて、消える。

「分かるんだよ。そんなこと、様子を見ていれば」

雀がそっと小碓の体に手を触れたまま呟いた。

「かわりでもいいんだ」

小碓の背が伸びたように、雀の胸も少し柔らかく膨れてきていた。その胸がどきんと震えたようである。

「ばか」

小碓は言ったが雀の体に身を寄せたままである。

「雀、いざとなったらお前の命を私にくれるか?」

「うん、いいよ」

そう答えた雀である。重なり合った二人はそのままの姿で動かない。次第に夜のとばりが優しく二人を包んでいく。


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