柔い女神

【柔い女神:雨のこと。西脇順三郎『Ambarvalia』より。】


……雨の降る音が聞こえた。まだ半分くらいは意識が覚醒しきっていない。夢を見ていた様な気もするが、内容は全く思い出せない。


「……ん。」


湿度で喉が乾燥しているのか少し痛む。それから身体を起こして大きく伸びをする。ベットから降りてカーテンを開ければ、どんよりとした曇り空が広がっていた。この街は雨が多い地域らしいので、この景色も時期に見慣れるだろう。


「おはようございますトモヤさん。」


振り返ると、そこにはアベルさんが立っていた。いつも通りの笑顔を浮かべている。


「おはようございます。」


俺も挨拶を返す。


「今日は少し寒くなりそうですね。」


アベルさんは窓から外を見ながら言う。俺も再び窓の外に目を向ける。水滴がポツポツッと演奏していて、何だか幻想的な風景だった。


「風情があっていい街ですよね。妻もよく言ってましたよ……」


今更だが、この家にはアベルさんとアリシアしかいない。それに俺がいる部屋も元は誰かの部屋だったようで、花瓶やベッドがあるし、タンスもある。ベットの布地は白系で統一されていて、男性的と言うよりは女性的な印象を受ける。つまりは、そう言うことなんだろう……


「いけませんね……朝から湿っぽい話をしてしまって申し訳ありません。朝食の準備が出来ていますので、どうぞこちらへ。」


アベルさんの顔色は少し悪いように感じた。恐らく、奥さんのことを思い出す様なことがあったのだろう。居間にはアリシアが既に朝食を並べていたが、アリシアもアベルさんの表情に気づいたのか、心配そうな顔をしている。その後、何かを思い付いたのか、食事を終えると自室に駆けて行った。

俺は朝食を食べ終えると、アベルさんに断りを入れてギルドへ向かった。ギルドに入ると、何だか冒険者達が騒いでいる。何かあったのだろうか、と受付に行くとその騒ぎの原因が分かった。

受付嬢が眠そうに頭をフラフラさせているのだ。明らかに寝不足といった様子だが、仕事は一切無駄の無い動きをしている。すると奥からギルドマスターである、ルシエドさんがやって来た。


「無理して働かなくてもいいんだぞ?」

「仕事ですから。」

「非番の奴、呼んでも来てもいいんだぞ?」

「いえ、彼女は実家の宿屋を手伝っていますし、私だけの都合で休むわけにはいきません。」

「全く、程々にしとけよぉ……ん?坊主じゃねぇか!!」


ルシエドさんは俺がいることに気付いたらしい。


「昨日は助かったぜ。ありがとうな!!」


そう言って肩をバンバン叩いてくるルシエドさん。痛い、力強過ぎ。それにしても、昨日別れた時よりも感謝の度合いが強い気がするけど……


「ところで坊主、今日は何しに来たんだ?早速、依頼でも受けるのか?」

「はい。良い依頼が在れば受けようかなって思ってます。」

「ふむ……ちょっと待ってな。丁度良いのが……」


そう言うとルシエドさんは再び奥へ行った。暫く待っていると戻ってきた。


「ほら、これだよ!!これ!、」

ルシエドさんの手には一枚の依頼書があった。


「酒場で人手を募集してるらしいぞ。ただ、少し頑固爺でなぁ……金払いに関しては問題無いからそこは安心してくれていいぜ。」

「えっと……この依頼、もしかして余り……人気が無いとかですか?」

「というよりは、俺が直々に選んだ奴しか来させるなっつう爺からの条件だな。まあ、お前なら大丈夫だろうよ。」


そう言ってガハハと笑うルシエドさん。正直、自信は無いけど、折角選んでくれたんだ。


「これ、受けます。」


俺はこの依頼を受けることにした。


「気を付けて行って来いよ!!」


――――――――――――――――――――――――

こうして俺は酒場に向かった。

目的の酒場に入ると、まだ準備中なのか店員らしき男性と店の奥でグラスを磨いているマスターらしき老人がいるだけだった。


「もしかして、依頼受けてくれた人?」


店員らしき男性が俺に話しかけてきたので、「はい。」と答えると、彼は嬉しそうに老人を呼んだ。


「ルシエドから一人寄越すと聞いている。君がそうなのか?」

「はい。トモヤといいます。今日はよろしくお願いします。」


老人は俺を見定めるように見た後、確認する様に訊ねてきた。俺は頭を下げながら挨拶をする。


「こちらこそよろしく頼む。早速だが、仕事の説明をしてもいいか?」

「分かりました。何をすればいいですか?」

「まずは、店の外にある酒樽を運んでもらう。詳しくはそこのアルモドに聞くと良い。」


老人はそう言うと、店員の男性を紹介した。


「改めまして、僕はアルモドです。今日は一日よろしくね!」


アルモドさんはとても明るい人だった。彼と一緒に店の裏手に行き、指定された場所に酒樽を下ろしていく。指定された場所は倉庫であったり、馬車の荷台だったりと様々だったが、酒樽自体は思ったよりも軽かった。


「これで最後ですね。」

「うん。じゃあ次の仕事に移ろうか。」


アルモドさんに連れられてやって来たのは、店の調理場だ。既に大量の食器が水につけられている。


「酒樽を運んでいた間に最低限の準備はしておいたんだ。あとはこれを洗って乾かすだけだから、手伝ってくれる?」

「分かりました!!」


俺はそう返事をすると、生活魔法の『清潔』をフル活用しながら皿洗いを始めた。


「おお!!トモヤ君、生活魔法も使えるのか!!いやぁ、これは助かるよ!!」


アルモドさんのその言葉を聞いて、俺は少し嬉しくなった。あの地獄ではあまり活用する機会はなかったが、こうして人の役に立てるなら使う価値があるというものだ。

それから俺達は黙々と作業を続けた。


「ふぅ……終わった……」


結局、皿洗いだけで一時間近くかかってしまった。その後はテーブルを拭いたり、床を掃除したりと、とにかく店内中を走り回って雑用をこなしていたら、開店間近になってしまったのだ。


「ごめんね、トモヤ君。こんなに働いてもらって。」

「いえいえ!俺の方こそ、こんなギリギリまでかかってしまってすみません!!」

「いいんだよ。それよりも、本当にありがとう。おかげで今日は何倍も売り上げが伸びると思うよ!!これ、報酬の銀貨二枚だよ。」

「アルモド、それだけじゃ足りんだろうに。追加の金貨一枚だ。」


マスターの老人が、報酬を追加してくれた。


「あ、ありがとうございます!」

「うむ。また来いよ。いつでも歓迎する。」


こうして俺は依頼を完遂した。そのまま俺は寄り道せずに帰宅した。


「トモヤさん、お疲れ様でした。依頼はどうでした?」


帰宅するとアベルさんが待っていた。アベルさんの表情は朝よりも柔らかい感じだった。それに安心しながら、俺は笑顔で答える。


「はい。無事に完了しました。」

「それは良かったです。ところでこの後、予定とかありますか?」

「特に無いですけど……何かあるんですか?」

「娘がトモヤさんに見せたいものがあるそうで。」

「アリシアが?」


アベルさんは笑顔のまま答えた。

そして俺はアベルさんに案内されて、家から少し離れた所にある丘に来ていた。

その場所に着くとアリシアが出迎えてくれた。


「トモヤお帰り!!」

「ただいま。それで見せたいものって?」

「着いて来て。」


そう言われて歩き出すと、そこには綺麗な花畑があった。雨が降っているせいか、花々は雫を滴らせており、その光景はとても幻想的で美しかった。俺達が見ている間も雨は降り続いており、まるでこの世界には俺達しかいないような感覚に陥る。


「この場所はね、私が小さい頃よく遊んでいた場所なの。お父さんがお母さんにプロポーズした思い出の場所でもあるの。」

「恥ずかしいな。」とアベルさんが照れくさそうな顔をする。

「お母さんはもういないけど、ここにいるとお母さんと一緒にいられる気がして……」


アリシアなりの気遣いだろう。アベルさんはそれに気づいたのか、「ありがとう。」と言って優しく微笑んだ。

しばらく三人で景色を眺めていると、俺は少し気になることがあった。


「俺も来て良かったのか?」

「もちろんでしょ!!トモヤがいなかったら、私もお父さんも……」


アリシアが弱々しく声を発する。


「連れ来てくれてありがとう。」


だから俺は素直に感謝を伝えた。すると突然、雨が強くなったのか、傘に当たる音が強くなる。


「これはもっと強くなるね。帰りましょう。」

「もう帰るの?」


アベルさんがそう言うと、アリシアが残念そうに言った。


「ああ……でもまた来よう。今度は晴れている日にね。」


アベルさんが頬を濡らしながら笑顔で言う。俺は絆と言う言葉の意味を噛み締めながら、その親子を見つめていた。雨の街の中で、この場所だけが暖かな光に包まれていたような気がした。


――――――――――――――――――――――――

現在のステータス

生命力:C

魔 力:C

体 力:C


攻撃力:C

防御力:C

魔力攻:E

魔力防:E

走 力:C


現在使用可能なスキル

●身体、精神、霊魂に影響するスキル

『旋律』音や歌声を響かせ、自分や他者に影響を与えるスキル。

『鑑定』情報を調べ、表示するスキル。※現在表示できる情報は全情報の10分の1である。

『簡易演算(レベル1)』簡単な計算を解きやすくし、記憶力や思考力を高める。

『考察(レベル8)』物事を予想し、記憶力や思考力を高める。

『解読』文や言語を理解するスキル。

『敵意感知』近くにいる人族や魔物の敵意を感知するスキル。

『加速(レベル1)』身体の速度を上昇させるスキル。


●技術

『解体技術』解体の技術を高めるスキル。対象はモノだけではない。

『貫槍技術』貫通に特化した槍の技術を高める。


●耐性

『寒冷耐性(レベル3)』寒さを和らげて、活動しやすくする。

『苦痛耐性(レベル3)』痛みを和らげて、活動しやすくする。

『毒耐性(レベル1)』毒を弱体化させて、活動しやすくする。

『爆音耐性(レベル1)』音のダメージを和らげて、活動しやすくする。


●魔法

『火魔法(レベル1)』火を操る魔法。

『生活魔法』モノを綺麗にしたり、簡易的な回復を行う。


●加護

『死者の加護』死した者から生きる者に与えられる加護。 ※本人は獲得したことに気づいていない(気づけない)。


現在の持ち物

銀の槍(無名)

冒険者カード

ヴィクター・アガレスの日記帳

毛布(ハウンドの皮をつなぎ合わせた物)

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