第3話 思い出の海で


―――


 絵を見終わって出て来た僕たちは、自然と駅への道を二人で並んで歩き出していた。


「いや~、すごかったなぁ。でも良い経験になったよ。ありがとう。」

「いえいえ、僕の方こそありがとうございました。来て頂いて。」

「あのさ、敬語やめない?」

「え?でも……」

 突然の彼の言葉に僕は戸惑う。だってどう考えても、彼の方が年上だろうし……

 彼は迷ってる僕の顔を覗き込むようにして見ると、笑った。


「俺、敬語嫌いなんだ。友達同士にはいらないでしょ。」

「友達?」

「おぅ。俺ら友達だろ?圭吾。」

 満面の笑顔でそう言う彼に、僕の顔はかぁ~っと熱くなった。自分の名前が、どこか特別な響きを持って心の中に浸透していくのを感じていた。


「うん!邦宏くんって呼んでもいい?」

「もちろん。」

 自分の口から出る彼の名前も、特別なものに聞こえた。




―――


 その日から僕と彼は、ちょくちょく会うようになった。


 買い物したり、ご飯食べに行ったり、映画を見に行ったり……


 彼にとっては、ただ友達と遊んでるってだけだったかも知れないけど、僕にとってはデートみたいだった。顔を見ればドキドキして、肩や腕がちょっと触れただけで顔が赤くなって……


 まるで中学生みたいで恥ずかしかったけど、僕は彼とこうしているだけで幸せだった。


「邦宏くん。」

「ん?」

「これ、邦宏くんに似合いそう。」

「え、どれ?」


 今日も、二人で洋服を選びに来ていた。邦宏くんに似合いそうな服があったから彼を呼ぶ。彼は近付いて来て、僕が持っていた服を手に取った。


 その時、手と手が触れ合う。僕は思わず手を引っ込めていた。


「圭吾?」

「ごめん、何でもないよ。どう?これ。似合いそうじゃない?」

「そう?」

 鏡に向かって服を体に合わせている彼の左手に、目が惹き付けられた。


 彼と会う度、彼への想いはふくらむ一方で、その指輪からの無言の圧力に押し潰されそうになる。それでも僕は、負けずに睨み返すんだ。


 僕だって、彼を愛しているから……




―――


 そしてあの日――


 僕は彼に連れられて、彼の地元に来ていた。偶然にも、僕たちは地元が近い事がわかり、それだったらとお互いの地元を案内しようという事になったのだ。

 今日は朝から彼の案内で色んな所に行き、最後に行き着いたのは、海だった。


 砂浜に並んで立った瞬間、初めて彼の事を思って描いた絵を思い出した。……似ている、と思った。


 ここから見る景色と、あの時描いた絵が……


 僕は立ち尽くしたまま、しばらくじーっと海を見つめていた。


「ここさ、俺の好きな場所なんだ。ガキん頃からいつもここに来て、こうやって海を眺めてた。」

 邦宏くんの声が心に響く。僕は真っ直ぐ前を見つめたまま、口を開いた。


「僕、邦宏くんが好き。」

 何も考えずに、言葉が口をついて出ていた。驚いている気配を隣から感じたが、僕はもう止まらなかった。


「好きだよ。初めて会った時から。男同士だとか、そんな事は関係ない。僕は邦宏くんが……」

「圭吾。」

 突然遮られた言葉に、僕は彼の方を振り向いた。彼は困った顔で僕を見ていた。


「ごめんね、邦宏くん。そんな顔させて。でも……」

「違う、違うんだ。お前が謝る事じゃない。」

 またしても僕の言葉を遮った彼は、少しだけためらった後、僕を真っ直ぐ見つめてこう言った。


「俺も、お前が好きなんだ。」

「え……?」

 僕はビックリして、彼を凝視した。


「俺も初めて会った時から、初めてお前の絵を見た時からお前が気になってた。こんなキレイな絵を描く人は、一体どんな人間なんだろうって。だから最初は、友達になりたいって思った。でも一緒にいるうちに、段々と気持ちが変わってきて、気付いたら好きになってた。」

「邦宏くん……」

 呆然と彼の言葉を聞いていた僕の目からは、自然と涙が零れていた。


「ごめんな、圭吾。でも俺は……」

「わかってるよ。邦宏くんには大切な人がいるって事。でも僕の事、そう思ってくれただけで、僕は幸せ。ねぇ?二番目でもいい。浮気でいいから、僕の側にいて?」

「そんな!浮気なんて……」

「ううん、それでいいの。あなたの隣にいられるのなら、それでもいい。」


 僕はそっと彼に近付く。彼はじっと僕の目を見つめていた。


 ゆっくり彼の背中に腕をまわして抱き締めると、戸惑いながらも抱き締め返してくれた。思わずほっとため息がもれた。


「邦宏くん、ありがとう。」

「あぁ……」




―――


 そしてこの日から、僕たちの関係は始まった。


 二人でいられれば、棘の道はキレイな花畑になると信じていたのは、最初だけ。



 辛くて苦しい恋もあるのだと、僕は初めて知った……



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