2. それは、始まりの鐘

かくして、『DAG』発売日当日。


この日を迎えるまでに紆余曲折があった。

例えば透空みそらがDAGを買う資金の無い事に気付いて咲読さくよに泣きついていただとか、何度あしらってもゾンビのようにすがり付いてくる彼女に観念した咲読が、透空に口添えする形で観夜みよに頼んで購入費用を一時的に肩代わりしてもらうだとか。(ちゃんとバイトしてきっちり返すという証書も書かせたらしい)


他にも "先手必勝! お先に失礼します用事の為帰ります! 攻撃!" とかしてパン工場ベーカリーの店長を立ち往生させた、なんてことも含めいろいろあったらしいが、そんなの今の私には関係ない。


今の私は無敵だ!



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「きっきっっ、来たあぁぁーーー!」


れいは感動に打ち震えていた。


「この時を……私が何年待ったと思ってんのよ……ばかっ」


まあ、一週間なんですけどね。

涙を拭いながら、背丈より少し小さいくらいの、それでも巨大なパッケージに目をやる。

人間の体を包み込めるだけの椅子が入っているのだ。妥当な大きさだが、それでも真っ白な箱を撫で回すと口元が緩んでしまう。


「おおぅ……雄大じゃないの……」


いけないいけない、とっとと開封しなければ。

頼んだのも届くのも私が一番早いはずなのに、先に彼女(あいつ)らにログイン自慢されたら目も当てられない。


白い外箱の中には黒色の皮……合成革かな、で出来た椅子が一セット、プラスで電源コード、各所の調整用のサイズ違いクッションが入っていた。案外部品が少ないのね。装置が椅子と一体化してるから?

このケーブルを頭部装置のどこかに差し込めばいいはずなんだけど、どこだ……。


そうだ説明書。ポンと手を打つ。


箱を裏返してみると、ボタンのような形状のものが転がり落ちてきた。


「これ、小さいけどもしや電子説明書ホログラムインスト?」


ボタンを押すと、果たして駆動音がした。間をおかずに、ボタン上部の空間に説明書が投影される。

こんなに小さいのにめっちゃ分厚いじゃん。挿すとこだけ見よっと、他はいつか……ね。


「よしっ、起動っと」


その瞬間、黒椅子の側面に青いラインが走る。

正直こういうのは実用性ないって分かってても惹かれちゃうよね!


DAGディーエージー ―― Now you can DAG inダグイン.』


はぇー、DAGダグにログインするからダグイン、ってわけね。凄い機械を作ってもダジャレのセンスは咲読と同レベルなのかぁ。ふふっ。



ヴーーーーッ、ヴヴーーーーーッ!!



気を抜いたところに携帯の振動音が鳴り響く。


「うわびっくりしたしかも咲読じゃん、心読まれたかな……。えと、なに?」




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「心読まれたって何です? もしかして、私の悪口でも言ってたりしましたか? そうですね……ダジャレセンス悪いとか」


『あーー!!すみませんすみません』


「いいですもん別に。いつものことだし」



咲読さくよは半眼でぷくーっと頬を膨らませる。

その様子を見た透空みそらはくっくっと笑いながらDAGの電子説明書に手を伸ばした。



「で、本題。私たちも準備出来ましたよ、DAG」


『早い! 頼んだの私の方が1日早かったんだけど!』


「ちなみにオプションでカラー変更できました。私のは髪色と同じ白、透空のは赤です」



目の前の装置二台を見やる。なかなか壮観だ。

電源も既に入れてあるが、白には水色、赤には黄色のラインが走っている。オリジナルの黒もよかったが、カラーバリエーションごとに細かくデザインされているとは恐れ入る。



『知らない知らない! 後の方が素敵仕様とかそんなのなし!』


「どうせはしゃいでてろくに予約ページも見なかったんでしょう……。書いてありましたよ、初日にも確認しましたもの」


『うう……無念……』



いえ、黒も相当素敵ですよ? と思ったが言ってはやらない。あーとかうーとか悔しがってる礼を見るのは結構楽しいからだ。


間を置かず、観夜みよも通話に参加してくる。



『咲読さん? 丁寧にご教示頂きありがとう。あたしも準備できたわ』


「そう、それはよかったです。観夜お嬢さん」



ゴフッとかなんとか通話越しに聞こえた気がする。

命に別状はない? それならよし。


それよりこれでみんな準備できた事になるわけだ。透空は……まだ読んでる。



透空みそらぁーー? みんな準備できたからそろそろ潜りますよー。DAGダグだけに」


「なに言ってんだかにゃ。はいはい、準備しますよーだ」


『庇をかけて、なんと言えば良いのかしら』


『レッツ・ダグイン とかじゃなかった? CMでも言ってたし』



そうだったろうか。ちょっと長ったらしい気もするけど、まあでも大方そんなとこだろう。


白の椅子に深く腰掛け、シェードを下ろす。

シェード内部は下ろした時に内側がライト発光するようになっていて、さながら戦闘機のコックピット、あるいは無人駅の灯光(ライト)のよう。外界から隔絶された感がある。



「はい、じゃあ行けそうですかね。行きますよ!」


「『『Let'sレッツ  DAG inダグイン!!!』』」



刹那、重厚な鐘の音が鳴り響く。

音は小さくはないが、不快になるほどではない。

その音を聞きながら、皆の意識はDAGの中に向かうのであった――。





「ちょ、ちょっと! 説明書読んだ!? 『DAG内に入る際は、シェードを下ろし "イン" と発音してください』ってあるってば! あーーもう!」



透空の響きは虚空に消えていく。


なんだかんだ律儀な彼女は、繋がり続けていた咲読の通話をきちんとオフにしてから、赤の装置に身を委ねるのだった。

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