3. DAG、in

 御先室みさきむろの意識は気づくと、星が瞬く夜空のような空間の中にあった。


 遥か下を眺めるとレンガの家、石畳、ランタンに屋台……。

 なるほど、私は今DAGのメインストリートの上空にいるわけね!



 DAGは複数世界を越えて遊ぶことができる。各世界は各種ゲームに対応しており、その全ての入り口となるのがメインストリートだ。

 ここには市場も併設されており、DAGのリリース後に新しく発売されたゲームシステムや、初期コンテンツの追加シナリオおよび新ルール等を購入することが可能である。

 リアルマネー以外にもゲーム内通貨で支払うことも出来るため、潤沢に資金があるわけではない御先室たちにはありがたい話であった。

 そもそも初期コンテンツのみでも十分遊び倒せる量があるので、暫くは市場に足を運ぶ必要はなさそうだ。



 不思議と怖さは感じずに下の景色に目を輝かせていると、目の前に薄青の投影板ホログラムが現れ、浮かぶ文字とともに女性の声が聞こえてきた。




『Choose your language or say something. 』


「いや日本の会社でしょ!? 初期設定日本語にしときなさいよね!」


『Sure. Accepted as Japanese.

 ――最後に、キャラクタークリエイトですが、マニュアルクリエイト(手動設定)とDevine-Aspiration-Grades(願望度判定) の2種類から選んでくださいね』


「あ、設定2つで終わりなんだ……。」


 よくあるステータス設定とかは……ないか。ポーカーとか人生ゲームにステータスもなにもないもんね。

 そしてなんでもかんでもDAGにこじつけちゃう運営の執念は一周回って尊敬しちゃうほど。


「じゃせっかくだし、DAGでお願いします」


『了解しました。――ちなみにステータスは、最初のゲームプレイ後に自動的に設定され、プレイに応じ蓄積されていきます。普段のプレイに特段影響があるわけではありませんが、プレイログから確認することができますので、念のため』


「思考読めるんだったらなんで最初に喋らせたのよっ!」





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 その頃、同時に入ってきた観夜みよは同じく夜空に佇んでいた。



「ふーん……。思考はできるけど身体感覚はない、けれどその事に恐怖や違和感を感じない……。」



 この位置は結構高いけれど、高さにも恐怖を感じない、ということは感情の読み取りや抑制が発生しているのかしら?

 プレイヤー同士が単に話し合ったりするだけならこの機能はいらないだろうし、推測するにこの世界には話せるAIが存在、


『Choose your language or say something. 』


 存在した。唐突ね……。

 よくよく考えたら感情の抑制はTRPGなんかでも使いそうだし、精神力の強さに応じて恐怖が薄れたり強まったりするのかも。

 恐怖の増幅とかされたくないけれど。


『Sure. Accepted as Japanese.』


 あら、言わずとも登録されたってことは考えたことが伝わってるってわけね?

 意識をスキャニングしてここにいるわけだから不思議ではないけど、大分精度が高いみたい。

 10年前は、人間の意識を投入したVR空間だと粗い世界を構築するのがせいぜいだったはずなのに。



『DAGの作動エンジンは10年前よりゲーム内容と並行して開発が進められ、1年前にようやくプロトタイプが完成。ゲーム制作がこのワールドに追いついたのは半年前です』


「凄いわね。データベースから照合し、回答しているの? でも完全な人工知能でもない限り、全ての質問に答えられるわけじゃないわよね…………なら、好きな懐石のメニューは?」


『回答できません、ごめんなさいね』



 ほらね。―――楽しくなってきちゃった。





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 一時間後。

 遅れて地上に降りてきた観夜を、先に市場で暇を潰していた3人が迎えた。



「それで? またシステムの考察が楽しくって時間が溶けたって顔してますが」


「わ、悪いとは思ってるわよ! でもこの世界について詳しくなれたし……確かに楽しかったけれど」


「うわ、全然悪いって顔じゃないにゃ……。」



 ぱっと見お嬢様然としている観夜だが、新しいボードゲームを持ち込んだり、TRPGの新システムで遊ぶ段になると、途端に目の色を変えて読み込み始めるのだ。

 しかしそれに伴う理解の深さゆえか、"その場で取り得る最適解"のようなものを選択するのが非常に上手い。脈絡が無さすぎて、勘で当たりを引いているのではないかと思ってしまうほどに。


 咲読さくよも打つ手の一つ一つが正確だが、彼女は相手の行動を予測して対応する心理戦寄りのプレーヤー。相手がいないゲームで二人が競ったらまず間違いなく観夜に軍配が上がるだろう。



「そういや、あたしがいない間に何か調べてたようだけど、どうだったのよ?」


「上から見えるとはいえ、よくわかったね? そう、私たち市場を探索してたの。ステータスの話があまり理解できなかったから、もっと情報が欲しいなって思って」


「加えて、今いるこの世界の扱いについてです。アナログゲームをするには相手が必要なのでプレイヤーが必要なのはわかりますが、観夜お嬢が降りてくる頃には新しいプレイヤーはとんと入ってこなくなっていました」


 この世界、と言いながら咲読さくよは右足で石畳をタップする。


「どうやらサーバが複数存在し、最初のイン時間によって振り分けられているようです。人数は世界サーバ一つにつき1000人ほど。私たちの時間を合わせていて幸運でしたね」


「咲読が質問しに行ったおじいさんNPCに、私もステータスのことを尋ねてみたら教えてくれてさ! やっぱり長老みたいな人は情報抱えてるもんだよね」



 礼が質問した長老 (仮称)によると、通常のゲームにおけるステータスとは力、鍛えた結果がゲームに反映されるものである。

 対してこの世界におけるステータスは、遊んだゲームの記録ログとしてその人のプレイスタイルを分析、各ゲームごとに少量加算されていく、いわば過去の戦績のようなもの。

 この値がゲームに有利不利の影響を与えることは現状ないらしい。


「要するに、その人の思考タイプを表すもの? みたいなのよね。負けが増えてきたら焦って短絡的な行動をしがちだし、反省するために覗いてみるといいかも」


あなたローレライは特にね。時間がない時は大抵焦って安全を取りに行く傾向があるから」


「咲読、頭いいのに何でかネーミングセンスだけはぶっ壊れてるのよねー。あっそだ、透空みそらもちょっと市場回ってたら、他のプレイヤーの声が聞こえてきてさ。レーティングがどうとか……何だったかな?」 



 初期コンテンツは全年齢版のみで構成されているため、度を越えた暴力表現などのある、いわゆる"レーティング"ものは市場にて取り扱っているそうだ。

 すれ違った彼らは、期待していたTRPGの人気システムがDAGに搭載されていないと知って残念がっていたが、ダメ元で市場に来たところ安価で並んでいて大層喜んでいた、とのこと。



 その後四人は話し合い、とりあえずこの世界に慣れるために、運営が一番力を入れているというTRPGをやってみよう! ということで意見が一致した。

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