第387話 海賊船ピオリア号

 船に戻ったロクゴウ少将は、深呼吸してからどうするか考え始める。ピオリア号を攻撃して沈める事は簡単だ。だが、南洋警備隊の仕業だと分かれば、ボウマン総督が怒鳴り込んで来そうだ。


「少将、どうでしたか?」

 南洋警備隊の巡視船に乗船したロクゴウ少将に、ヒキタ大尉が尋ねた。

「話にならん。ボウマン総督は意地でもピオリア号の連中を引き渡さない気だ」


「このまま引き下がるのですか?」

 そう質問されたロクゴウ少将の顔が怒りで歪む。


「開拓民が殺されたのだぞ! 引き下がるなど、あり得ない」

「どうするのです?」

「海賊の仕業に見せかけて、ピオリア号を沈める。ついでに列強諸国の奴隷船も沈めよう」


「しかし、南洋警備隊の巡視船を使えば、すぐにバレます」

 ロクゴウ少将が渋い顔になる。

「そうだ。廃船にする予定だった巡視船イ―2号があったな。あれを海賊船らしく改造しよう」


「イ―2号は、武装を外しています。それに主エンジンの蒸気機関は、だいぶ傷んでいます」

「整備して使えるようにしろ。まだ一、二年だったら使えるだろう」


「ですが、費用はどうするのです?」

「相手にするのは海賊なんだ、海賊対策費から出す」

「海賊対策費で海賊船を作るなんて、皮肉なものですね」

「まあ、そうだな」


 廃船にする予定だったイ―2号は、全長三十一メートルで二本マストと蒸気機関を持つ機帆船である。そのイ―2号が造船所に移動して改造が始まった。


「少将、イ―2号を改造している間に、ピオリア号が逃げるという事はないでしょうか?」

「どこに逃げると言うのだ。今一番安全なのが、ボウマン総督が居るオーストラリアなのだぞ」


 ロクゴウ少将が言ったように、ピオリア号は逃げずに奴隷狩りを楽しんでいた。オーストラリアの原住民を捕まえて、奴隷商人に売れば大金が手に入るのだから、やめられないのだろう。


 イ―2号の改造が終わり、一隻の海賊船が完成した。それは十二門の艦載砲を乗せ、手回し式多砲身機関砲一門を搭載した海賊船である。


 海賊船の船長はロクゴウ少将がなると言ったのだが、部下に止められた。万一顔を見られたらまずいと言われて諦めた少将は、部下の中からオニザワ・ナリヒサという男を船長に任命した。


 オニザワは名前の通り厳しい顔をした男で、海賊の船長にはピッタリだと判断したのだ。それにオニザワは武闘派で、射撃の名手でもあった。


「少将、ピオリア号の動きは分かっているのですか?」

「それは掴んでいる。あいつらはボタニー湾近くの村落を荒らし回っているようだ。ボタニー湾へ行けば、見付かるだろう」


「相手が降伏した場合は、どういたしますか?」

「海賊なら、どうすると思う?」

「皆殺しですか?」

「そういう事だ。あいつらに情けは無用だ」


 ロクゴウ少将の命令を受けたオニザワ船長は、海賊船ヴェロニカで出発した。わざと大きな町には寄らずにオーストラリアまで行くと、ボタニー湾へ向かう。


 蒸気機関は使わずに、帆だけを使ってボタニー湾に入ると、ピオリア号を探し始める。

「船長、ピオリア号はユナーツの海賊船なんですよね。この船で勝てますかね?」


 部下のシモニタが質問した。どうもユナーツ製という事で、過大評価しているようだ。

「勝てるに決まっているだろ。この船はアマト国の戦闘艦だったんだぞ」

「でも、廃船にするところを整備した古い船ですよ」


 そう言われるとオニザワ船長も渋い顔になる。

「この通り、ちゃんと動いているんだから、大丈夫だろ。それよりしっかりと見張れよ」

「任務はちゃんとします。でも、心配なんですよ」


 シモニタは気の弱そうな事を言っているが、戦闘になれば一番に突っ走るような男である。海賊が似合っているかもしれない。


 海賊船の名前もアマト国とは関係なさそうなヴェロニカにしている。そのヴェロニカ号がボタニー湾を横断していると、ヴェロニカ号より少し小さな船が前方から進んできた。


 探しているピオリア号ではないようだ。

「よし、戦闘準備だ」

「ええーっ、あれはピオリア号じゃないですよ」

「うるさいな。海賊の真似をするんだよ。海賊船なのに、船に襲い掛からなかったら、疑われるだろ」


 オニザワ船長はこれ見よがしに搭載砲を舷側から突き出し、その船に襲い掛かったが、わざと逃した。これでボタニー湾に海賊船が居るという噂が流れるだろう。


 三日ほど空振りの日が続いたが、四日目にピオリア号と遭遇した。ピオリア号はヴェロニカ号より一回り大きな船だ。武装は搭載砲十門でヴェロニカ号が多いが、口径はピオリア号が勝っているようである。


 二隻が近付きもう少しで交差するという時、ヴェロニカ号の舷側から搭載砲が突き出された。それを見たピオリア号の海賊たちも慌てて搭載砲を突き出す。


 二隻の海賊船が擦れ違った瞬間、搭載砲が火を噴いた。互いの砲弾が宙を飛び、相手の船に襲い掛かる。至近距離での砲撃だったので、初撃が互いに命中した。


 だが、ヴェロニカ号は元々が戦闘艦として建造された船である。構造自体が頑丈で一発の砲弾で沈むような被害は出なかった。但し、負傷者は出ている。オニザワ船長はダメコン協議会が発行した手順書に従って被害を確定し、戦闘続行可能だと判断すると、負傷者の手当を始めた。


 もう一方のピオリア号は商船を改造した海賊船である。その構造は商船と変わらず、一発の砲弾で船首が吹き飛び、大きな穴が開いた。


 すると、ピオリア号は逃げ始めた。自分たちが不利だと感じたらしい。全速力で逃げるピオリア号を追うためにヴェロニカ号は右旋回する。


「絶対に逃がすんじゃないぞ!」

 オニザワ船長の声が海に響き渡った。


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