第385話 大統領の迷い

 ジェンキンズ島で発掘されたロケット砲の見本と資料は、ユナーツに運ばれて研究が始まった。その責任者となったのは、エドマンド・シーモアという科学者だった。


「シーモア博士、ロケットの推進剤は火薬のようなものと聞きましたが、それは大砲などに使えるのですか?」

 助手のイーガンが尋ねた。

「いや、大砲の発射薬には使えんよ。ロケットの推進剤は勢いよく燃えるもので、爆発はしないのだ。但し、旧式の推進剤なら、大砲の発射薬として使えそうだ」


 ロケットの研究から、旧式のロケットには黒色火薬やニトロセルロースとニトログリセリンを主体としたダブルベース火薬が使われた事が分かり、ニトロセルロースとニトログリセリンの研究が始まった。


 それは大砲や銃の発射薬になるものだったので、ユナーツの火器の性能が向上した。一方、ロケットは最新の推進剤ではなくダブルベース火薬を使う事が決まる。


 最新の推進剤は合成ゴム系やアルミニウム粉末などと酸化剤を練り合わせたものだったので、製造が難しかったのだ。

 ただダブルベース火薬の製造も難しく、雑に作ると不良品になる事が分かった。


 ユナーツはロケットの研究を進めると同時に、さらなる海軍力の増強も始めた。戦艦と巡洋艦の建造計画を早めて、建艦数を増やそうと考えたのである。


 それは建造に関係する職人や技術者に無理を強いる事だったので、大統領の支持率がガクッと落ちた。そこに大統領がアマト国と戦争をしたがっているという噂が流れ、戦争に反対する人々の声が上がり始めた。


 その声を聞いたギネス大統領は不機嫌そうな顔になり、補佐官のケンブルを呼んだ。

「なぜ、私がアマト国と戦いたがっているという話になったのだ?」

 ケンブル補佐官がびっくりしたような顔をしてから、建艦計画を前倒しにした事が原因だと答えた。


「しかし、相手はフラニス国やイングド国かもしれんだろう?」

「その二国なら、建艦数を増やす必要がないと、国民も分かっているのです」

 それを聞いて大統領が溜息を漏らす。

「国民は戦争を望んではいないのか。だが、ユナーツの国民が、他国より劣るという状況を我慢できるとは思えん」


 それを聞いたケンブル補佐官が頷いた。

「たぶん、自分たちより強い国があるという事を、許容できないと思います」

 戦争は嫌だと言っているが、自国より強い国があるのも嫌なのだ。それは領土の拡大に積極的に賛成している事でも分かる。


「ところで、ロケット砲の開発は進んでおるのか?」

「推進剤となる火薬の製造法は分かったのですが、丁寧な処理をしないと不発となるらしいのです」


「すぐには活用できないという事だな」

「いえ、検査を厳しくすれば、使えると思います」

「なるほど。これで我軍の戦力が増すだろう。そうなると、アマト国の動きが気になるな」


 大統領はスペンサー国務長官を呼んだ。その長官が来ると、アマト国について報告させる。

「アマト国ですが、ニュージーランドを領土に組み込んだようです」


 大統領が不機嫌な顔になる。

「それはまずいのではないか。あれだけ大きな島だ。開発が進めば、国力が飛躍的に増すだろう」


「確かにそうですが、開発するには百年単位の時間が必要です。そこまで心配しないでも良いと思います」


「そうか。だが、我らが領土化しようとしているオーストラリアは、それ以上の時間が掛かるぞ」

「時間もそうですが、膨大な資金も必要です」

「オーストラリアに手を出した事は失敗だったかもしれんな」


「撤退しますか?」

「馬鹿を言うな。今更そんな事ができるものか。国のトップが、簡単に方針を変えれば国が混乱する。それにオーストラリアは地下資源が豊富だ」


 オーストラリアが手に入れば、その資源をユナーツが手に入れる事ができる。将来を考えれば、オーストラリアを手に入れる事は重要なのだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺はホシカゲからユナーツの報告を聞いた。

「ほう、戦艦と巡洋艦の建造数を増やすのか。作戦通りという事だな」

「ですが、本当に戦艦と巡洋艦の数が増えれば、面倒な事になるのでは?」


「確かに、アマト国にとって脅威となるだろう。だが、軍艦の数だけ増やしても、それを運用する乗組員や砲手などの専門家を増やさねば、それは戦力化できないはずだ」


「なるほど、人材教育が間に合わないと、上様は考えておられるのですね」

「ユナーツが建造している戦艦や巡洋艦は、新しい技術を取り入れた戦闘艦だ。帆船しか乗った事のない船乗りでは、まともに動かせんだろう」


「上様、アマト国海軍は大丈夫なのでございますか?」

「心配するな。数年前から商船学校を増やし、人材育成には力を入れている。ただ海軍の将校たる士官の教育機関である海軍兵学校は規模を大きくせねばならん」


「海軍兵学校への入学希望者は多いと聞いていますが、足りないのでございますか?」

「そうではない。試験で落としているのだ。もう少し合格点数を下げて、大勢の士官候補生を入学させるようにする、という話だ」


 ちなみに商船学校を卒業して、海軍に入る者も居る。海軍で何年か働いて、最新の技術を学び商船の幹部となる者が多いという。


「船乗りだけではないぞ。飛行機乗りも養成している」

「それは知っておりますが、実戦に使うにはまだまだ早いと聞いています」


「残念ながら、その通りだ。まず実戦に耐える機体が完成していない」

 操縦者の技量にも問題があるのだが、飛行機はよく墜落する。落下傘を開発していたので死亡者は少ないが、負傷者は多い。


 それらの犠牲の上で、機体の問題点を洗い出している状況だった。本当なら犠牲者を最小限に抑えながら、ゆっくりと開発したいのだが、それをユナーツが許してくれそうにない。


 そして、海軍では水上機母艦の開発が始まっており、着々と戦の準備が行われていた。


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