第373話 桾国の十字弓部隊

 アマト国の忍びであるケンゾウは、同じ忍びであったゲンサイが作らせた十字弓が仕舞われている倉庫がどこにあるか知っていた。出発前に曹少将へ武器を変更したいというと、どういうつもりだという顔をされた。


「少将様、槍兵ばかり送ったのでは、趙将軍が良い顔をしないのではないですか?」

「それはそうだが、今更武器を変えるとかできるのか?」

「十字弓なら扱いが簡単ですから、すぐに使えるようになると思います」

「そうなのか。それは知らなかった。いいだろう。私が許可する」


 ケンゾウの部隊は、正式に槍兵部隊から十字弓部隊へ変更になった。ちなみに、ゲンサイが活用していた十字弓部隊は激減している。


 ゲンサイが桾国から居なくなった後、その十字弓を使う部隊の多くが廃止され、使われなくなった十字弓は倉庫に仕舞われたらしい。


 なぜ十字弓部隊が廃止されたかというと、十字弓から伝統的な複合弓に持ち替えて普通の弓兵になったからだ。桾国の複合弓は木製の弓に動物の腱や骨を貼って強化したものである。


 この複合弓は作製に時間が掛かるので高価だ。それでも威力が有るので、桾国の将軍は複合弓を使う弓兵を重要視している。但し、鉄砲隊との戦いで弓兵の損耗が激しく、それを補うために十字弓兵に複合弓を持たせるようにしたらしい。


 ケンゾウが仕舞われている十字弓と矢を要求すると、簡単に手に入れる事ができた。十字弓と矢を持ち帰ったケンゾウは部下たちに配った。


「本当に槍兵をやめて、弓兵になるんですか?」

 部下のチェン隊正が尋ねた。

「生き残るためだ。仕方ない」

 ケンゾウは十字弓と矢を配ると、十字弓の使い方を教えた。忍びとして訓練で十字弓も習ったので、使えるのである。


 部下たちに十字弓の訓練をさせると、ほとんどの者が短期間の訓練で使えるようになった。ケンゾウは部下たちを率いて、南竜省のウーチャンへ向かう。


 ウーチャンに到着したケンゾウは、趙将軍が居る本陣へ行って曹少将の部隊から来たと報告する。ケンゾウに対応したのは、趙将軍配下の朱都尉だった。


「また、槍兵部隊か」

「いえ、我々は十字弓部隊です」

「ん? 記録では槍兵となっているぞ」

「それは古い情報だと思います。現在の我が部隊は、十字弓部隊です」


 朱都尉がニヤッと笑う。

「そうか、十字弓部隊か。槍兵よりはマシだな」

 確かめてみると、桾国の各将軍から支援の兵を求めたのだが、それに応えて送られてきたのは槍兵がほとんどだったらしい。


 一昔前まで戦場では槍兵が主役だったが、火縄銃や単発銃が広まった現在では使い所が難しい存在になっていた。


 兵舎へ行くと、曹少将の下で同じ槍兵部隊を率いていた張校尉と再会した。

「宋校尉、遅いぞ。何をしていたんだ?」

 張校尉は同じ二百の兵を率いる校尉だが、先任になるのでケンゾウに対して先輩風を吹かす。ケンゾウは張校尉を煙たく思っていたので、また一緒なのかとうんざりした。


「いろいろと都合があったのです。それより逆賊軍との戦は勝てそうなのですか?」

 張校尉が不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「いや、戦況は悪い。逆賊軍の多くが単発銃を装備しているので、押されている」


 ユナーツは大量の単発銃と銃弾を成王へ売ったようだ。その代金は蘇采省の銀鉱山から産出した銀だという。


 張校尉がケンゾウに目を向けた。

「我々と一緒の場所に配置されるだろう。そうしたら、私がお前の部隊も使ってやろう」

 曹少将のところに居た時も、張校尉は先任という立場を利用してケンゾウが率いる部隊に危険な任務を割り当てるようにしていた。


 だが、今回は配置される場所は違うはずだ。張校尉が配置される場所は、危険な場所になるような気がするケンゾウだった。


 成王軍が迫っているという情報が伝わり、ケンゾウたちの配置が決まった。張校尉の部隊は盾を持たせて、銃兵を守るという役目だった。


 それを聞いた張校尉の顔が青褪めた。青い顔のままケンゾウのところへ来ると、張校尉が怒鳴るように喋り始めた。


「どうして貴様の部隊は、北東の森で斥候狩りなんだ? 槍兵が斥候狩りというのは、おかしいだろ」

「張校尉、我が部隊は槍兵部隊ではなく、十字弓部隊に変わったのですよ」


 それを聞いた張校尉が驚く。

「そ、そんな勝手な真似が許されるはずない」

「いえ、これは曹少将の命令です」

 張校尉がケンゾウを睨み付けた。


「その任務を替われ」

「そんな勝手な真似が、許されるはずないでしょ。張校尉は自分に課された任務を果たしてください」


 張校尉は一緒の場所に配置されたら、ケンゾウの部隊を最前列に配置し、自分の部隊はその背後に配置するつもりだったのだ。


 これまで何度もやっている事なので、張校尉は今回もと考えていたのだろう。

 張校尉の件は放置するとして、ケンゾウは部下たちのところへ戻ると任務の内容を伝えた。

「斥候狩りですか。我々にできるでしょうか?」


 陳隊正が不安そうな顔で尋ねた。しかし、忍びであるケンゾウにとっては得意分野だった。

「心配はない。細かい指示は私が聞いている。その通りにやればいいんだ」


 陳隊正が少し安心したような顔になり頷いた。

「それにしても、槍兵のままだったら、本当に弾除けにされていたんですね」

「ああ、張校尉が青い顔をしていたぞ」

「それは、私も見てみたかったです」


 ケンゾウは大量のロープを用意してから、北東の森へ向かって出発した。その森は常緑樹が生い茂る森で、その中には獣道のようなものが数多くあり、成王軍側から森を通って西へと抜けられる。


 そのルートを通って、成王軍の軍師が多くの諜報員や斥候を送り出しているようだ。


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