第374話 戦の明暗

 ケンゾウは部隊を率いて北東の森へ行き、敵が通りそうな獣道がある場所を部下たちに伝えた。

「諸君には二十人一組になって、待ち伏せしてもらう。その中の二人は木に登って高い位置から監視するのだ」


「そのためにロープを持って来たのですか?」

 陳隊正が尋ねた。

「そうだ。木の幹に身体を固定し、素早く地上に下りるためにロープを使う」


 敵の偵察部隊は十人程度だと予想している。それ以上の大人数になると発見されやすくなるからだ。

 そこで二十人で待ち伏せるように命じたのだが、十字弓もあるので仕留められるだろう。部下たちが分かれて配置に付き、ケンゾウは二十人の部下を連れて、獣道の一つに近付く。


 獣道の近くにある大木を見上げたケンゾウは、ロープの先端に石を結んで、その石を枝に向かって投げ上げる。石が枝の上を通過して、反対側に垂れ下がった。


 ロープを送り出すと、石が手元に戻って来た。ロープの端を部下に持たせて、ケンゾウはロープを使って枝の上までするすると登った。


 枝の上から下を見ると、少し遠くまで獣道が見える。ケンゾウは立っている枝のもう一つ上にある枝にロープを結んで、部下に登ってくるように合図を出す。


 部下は苦労して登ってくる。

「隊長、木登りが得意なんですね」

「まあな。それより下にある獣道を見張ってくれ」

 部下にロープで身体を固定するように言ってから地面に下りた。他のところが上手くいっているか確認するためだ。


 下で待っていた部下の一人に木に登るように言ってから、他の者は木陰に隠れて待ち伏せるように命じる。


 他の部下たちを見て回ると、見張り難い木を選んでやり直している部下も居て、溜息が漏れる。一時間ほどして待ち伏せの態勢が出来上がると、ケンゾウたちは静かに待った。


 そして、木の上の見張りを交代させようと思った頃、その見張りが鳥笛を鳴らす。部下たちが十字弓を引き絞り太矢を番え構えた。ケンゾウも十字弓を構え、敵を待ち受ける。


 そして、敵の斥候部隊の全員が姿を見せた時、待ち伏せていた桾国兵たちから、矢が放たれた。二十本近い矢が斥候部隊を目掛けて飛び、その肉体に突き刺さる。そのまま倒れる者、悲鳴を上げる者、キョロキョロと周囲を見回す者、反応はそれぞれだ。


 無傷の者が二人残る。ケンゾウたちは素早く十字弓を引き絞り、太矢を番えて生き残った敵に矢を向ける。敵は驚きから覚めて、逃げようとしていた。


 その敵の背中に矢が集中した。血を吐いて倒れる敵兵を見て、部下たちに攻撃中止を命じる。

「ふうっ、取り敢えずは成功した」

「敵の死骸はどうしますか?」

「死骸は土に埋めて、装備は回収する」


 成王軍の斥候兵たちは銃身を短くした短銃のような武器を持っていた。

「斥候兵にまで、銃を持たせているのか」

 部下の一人が呟くように言う。

「それに比べて、なんて言うなよ。待ち伏せは、音がしない十字弓が最適なんだ」


 ケンゾウたちは敵兵の死骸から装備を剥ぎ取り、死骸は埋めた。そして、血の跡などの痕跡を消し、また待ち伏せの態勢に戻る。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 一方、銃兵部隊の弾除けとして配置についた張校尉は、大きな盾を構えて青い顔をしていた。この盾は大きいが薄いのだ。銃弾は盾を貫通するかもしれない。


 恐怖に耐えながら戦が始まるのを待つ張校尉。そして、戦が始まり、銃弾が張校尉の部隊が構える盾に命中して、心臓に悪い音を立てる。


「ひゃっ」

 張校尉の持つ盾に銃弾が命中し、貫通して木片を飛び散らす。その銃弾は後ろの列の盾に当たり跳ね返された。張校尉が配置された場所には、彼より先任の将校が居て、張校尉の部隊が前列に立つ事になったのだ。


「馬鹿者、情けない声を出すな!」

 その先任将校が怒鳴った。

 戦いは続き、飛んで来る銃弾によって張校尉の部下たちが次々に倒れる。その部下の半分ほどが死んだ頃、戦が終わった。


 勢いのある成王軍は果敢に攻め込んできたが、兵数に勝る桾国軍が守りを固めたので、省都ウーチャンは奪われずに済んだという状況だった。


 銃弾が乏しくなった成王軍は後退した。但し、すでに南竜省の東半分を制圧していたので、結果としては成王軍の勝利である。


 本陣に戻って来た張校尉は、幽鬼のような顔をしていた。そして、兵舎の一角で酒盛りをしているケンゾウたちを見て切れた。


「お前ら、酒なんか飲んでどういう事だ!」

 ケンゾウが張校尉を見て隠れて舌打ちする。

「これは趙将軍から褒美として頂いたものです」


「な、何で褒美なんかもらうんだ?」

「手柄を立てたからです。敵の斥候部隊を倒したんですよ」

 褒美の酒をもらって飲んでいるのは、ケンゾウたちだけではなかった。今回の戦で手柄を上げた部隊には、酒が配られたのである。


 ただ部下たちの半分以上が戦死した張校尉には、腹が立つ光景だった。とは言え、ケンゾウたちが浮かれて騒いでいた訳ではない。静かに飲んでいたのだ。


 他の連中から見れば、張校尉の八つ当たりだと分かるものだった。

「嘘を言うな。お前らなんかに敵が倒せる訳がない」

 張校尉が無茶苦茶な事を言い出した。


 ケンゾウは立ち上がり、湯呑に酒を注いで張校尉に差し出した。

「戦が大変だったのは、分かります。一緒に飲みましょう」

 張校尉が湯呑を払って、床に叩き落とす。そして、剣を抜いた。それを見たケンゾウの目がギラリと光る。


 素早く踏み込んだケンゾウは張校尉の鳩尾に当身を入れ、うっとなった張校尉の顎を張り倒した。その瞬間、くたっと張校尉が気を失って倒れる。

「全く面倒な奴だ。誰か担いで寝台に寝かせておけ」

 ケンゾウが部下に命じると、二人ほどで張校尉を運んで行った。


 この極東地域で桾国だけは、まだまだ戦が続きそうだった。


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