第357話 ギルマン王国とユナーツの取引
「料理人頭のロクロウが、新しい醤油の味見をして頂きたいと申しております」
新しい小姓のナリヒラが伝えた。小姓はナリヒラの他にも数人居るが、このナリヒラが一番できるようだ。
「通してくれ」
ロクロウが刺身醤油の入った陶器の壺とイカの刺身を持って、俺の仕事部屋に入って来た。
「満足いくものが出来たのか?」
「はい。これならば、上様も満足できると思います」
ここで刺身醤油と言っているのは、煮切り醤油の事である。酒・みりん・醤油を合わせて沸騰させ、冷やしたものだ。
但し、ここに工夫が加えられ、より美味しい煮切り醤油になるらしい。毒見役がまず安全か確かめてから、俺の前にイカの刺身とワサビ、煮切り醤油が出された。
俺はワサビをイカに載せて、醤油に付けてから口に運ぶ。旨い、醤油とワサビ、イカの刺身が一体となって味覚を満足させる。以前の醤油は辛すぎてイカの刺身には合わなかったのだ。
「これはいい。他の刺し身でも試してみたか?」
「はい。ブリとカワハギの刺身は絶品でした」
そうか、絶品だったか。と思った瞬間、なぜイカしか刺身がないのか疑問に思った。
「そのブリとカワハギの刺身はどうしたのだ?」
ロクロウが視線を逸らした。
「ブリとカワハギは、少量だけ刺身にして、他は煮付けにしました」
「そうか、煮付けも旨いからな」
そう言って、ロクロウを睨む。ロクロウの額から汗が噴き出す。
「正直に話せば、許してやるかもしれぬぞ」
「申し訳ありません。絶品だったもので、味見のつもりが、つい完食してしまいました」
食い物の恨みは怖いのだ。きっちりと説教してやった。『許してやる』と言っていたのにと反論していたが、俺は『かも知れない』と言ったのだ。
部下や使用人の中には一癖ある者たちも居るが、その者たちも忠誠心だけは確かである。ただ食欲に勝てない者も居るようだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ホクトの街には様々な飲食店が存在する。その種類の多さも文化だとホクトの人々は思っていた。
その中に腸詰め肉と麦酒を出す店があり、個室に四人のギルマン人が集まって話をしていた。
「ボルマン殿、アマト国をどう思いますか?」
交易商人のイェルクが、同じ交易商人のボルマンに尋ねた。
「漠然とした問いですな。どの点についてです?」
「アマト国の軍についてですよ。この国は海軍国なのか陸軍国なのか、という事です」
「そうですな。この国は陸軍国から、海軍国へ生まれ変わろうとしているのではないですか」
アマト国に統一される前は、郡・府・州で激しく争っていた。その影響で陸で戦う武人が大勢生まれた。だが、国が統一されると、陸で戦う機会が減り海戦が多くなった。
アマト国は陸軍から海軍へ人材を移そうとしているのだ。
「ヨーゼフ国王が、アマト国を植民地にできないか、相談役に尋ねたそうだ」
通訳のカウフマンが言い出した。
「その話、誰から聞いたのです?」
「王宮には通訳の仲間が居る。そいつは護衛が話しているのを聞いたそうだ」
そこまで黙って聞いていた外交官のシュヴァルツが、
「それで相談役は、何と答えたのかな?」
「アマト国を植民地にするには、ギルマン王国のほとんどの戦力を極東へ移動させねばならんので、本国の守りが手薄になるから、ダメだと言ったようだ」
それを聞いたボルマンが薄笑いを浮かべる。
「それなら戦う前から、不可能ですな」
カウフマンが首を傾げた。
「戦う前から、というのはなぜです?」
「ギルマン王国には、そんな大勢の兵を極東まで運ぶ船がないのです。戦いに必要な軽油を運ぶので一杯一杯だったのですぞ」
外交官のシュヴァルツが頷いた。
「陛下は細かい数字を覚えるのが苦手だからな」
「それで大丈夫なのですか?」
「それをサポートするのが、相談役や役人なのです。問題ありません」
言い換えれば、相談役や役人が国王を操っているという事になる。
「しかし、列強諸国は、どの国もアマト国を手に入れたいと思っているようですな」
交易商人のイェルクが言った。
「それは仕方ありませんよ。軽油や灯油を売っているのは、アマト国だけなのですから」
ユナーツでも石油を発見していたが、まだ石油精製の技術を確立しておらず、実験的に軽油や灯油などの石油製品を生産しているだけだった。
「軽油や灯油は膨大な利益を約束するが、戦いも呼び込むという事ですな」
そんな話をしていた直後、ギルマン王国のマイブルク遺跡で新しい発見がなされた。遺跡の中で石油精製に関する技術が書かれている石板を掘り出したのである。
ギルマン人の祖先が子孫に技術を残そうとしていたようだが、そのプロジェクトの途中でマイブルク遺跡は地下に埋まったようだ。
石板と一緒に大勢の人骨が見付かったらしい。たぶん生き埋めになったギルマン人の祖先だろうと学者たちは主張した。
ギルマン人たちは、軽油や灯油が石油から精製されたのだと知った。そして、石油があるのは、ルブア島ではないかと予想がついたのである。
アマト国は島全体を要塞化するほどの資金を投入して、厳重に守っているのだ。その事に間違いはないとギルマン王国の要人たちは確信した。
ギルマン王国軍はルブア島を攻略する方法を探し出すように命じられたが、簡単に見付かるものではなかった。
そんな時、ユナーツ人がギルマン王国政府に接触した。どこから聞いたのか分からないが、石油精製の方法を教えてくれるのなら、飛行船の技術を教えるという取引を持ち掛けて来たのである。
役人たちは取引に応じる事を渋ったが、国王が乗り気になり飛行船の技術の代わりに石油精製の技術をユナーツに渡した。
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