第358話 複葉機

 ユナーツから飛行船の技術を入手したギルマン王国は、飛行船の開発を始めた。ユナーツも飛行船を開発しているようではあるが、両国は軍事用として開発しているのだろう。


 一方、アマト国は飛行機の開発を続けていた。五十馬力のガソリンエンジンが開発され、開発中の複葉機の機体に組み込まれる。


 この複葉機の機体開発にも多くの人材と資金が投入されている。まず単葉機のグライダーが開発されたのだが、長大な翼は戦闘には不向きだと判断され、複葉機の開発が始められたのだ。


 揚力は速度の二乗、密度と翼面積に比例する。この要素の中の翼面積を二倍にする事で揚力を増加させようとアマト国は考えたのである。


 この時の機体は木製の骨組みに布張りという脆弱な構造だった。なので、二つの翼を補強するためにワイヤーを巡らす事にした。


 但し、このワイヤーにも空気抵抗が発生し、速度が低下する原因となる。また、研究した結果、翼の上下間で空気の流れが複雑になり、思うように揚力が上がらない事が分かった。


 それでも改良は進み、現在の機体となったのである。全長が六メートル弱で翼幅が八メートル半ほどの機体だ。


 ホタカ郡にあるチモシー草原の一画に作られた滑走路に大勢の人々が集まっていた。新しく開発された複葉機の飛行テストが行われるのである。


「これがタカマルⅡ型複葉機か」

 海軍を代表して視察に来たクロダ・ドウセツは、開発された複葉機を見て感心したように頷いた。ちなみに『タカマルⅡ型』というのは、タカマル工場で開発された二つ目の飛行機という意味である。


 最初に開発されたグライダーは着地に失敗して翼が折れてしまった。だが、その機体は人間を乗せて飛んだ最初の機体として保管されている。将来的には博物館などに飾られる事になるだろう。


「クロダ殿、如何ですか?」

 工場長のミキ・サネヒラに尋ねられたドウセツは、笑みを浮かべて答える。

「これが空を飛ぶと思うと、素晴らしいですね。早く見てみたい」

「もうしばらくお待ちください。今、最後の点検をしております」


 その点検が終わり、操縦士がタカマルⅡ型複葉機に乗った。技師の一人がスターティング・ハンドルを持って、エンジンに近付きクランクシャフトに差し入れると回転させる。


 これによりエンジンが始動すると、力強い音をエンジンが響かせ始めた。その音を聞いたドウセツは、新しい時代が始まるのだと思った。


 プロペラが回り始め、複葉機が滑走路をゆっくりと走り始める。それが加速して車輪が浮き上がった。この車輪もゴムを使ったちゃんとした車輪である。


 ゴムの木は南方に生えている木だが、アマト国の領土となったハチマン諸島にゴムの木があった。この車輪はそのゴムの木から採取した樹液を加工して作っている。


 車輪が浮き上がった瞬間、歓声が沸き起こった。タカマルⅡ型複葉機は青空の中に駆け上がり、自由自在に飛び始める。


「ほ、本当に飛んだ」

 ドウセツは空を飛ぶ複葉機を見て、強く強く感動した。その瞬間、自分で操縦してみたいと思うようになったのだ。


 ホタカ郡からホクトに戻ったドウセツは、すぐにクゼ提督に戦闘機乗りになりたいと申し出た。

「気が早すぎるのではないか? まだ初めて飛んだだけで、戦闘機も開発されていないのだぞ」


「ですが、航空機戦術研究班というものが作られたと聞いています」

「まあ、そうだが、あそこは研究だけで、飛行機を操縦する訳ではないぞ」

「承知しております。ですが、次の段階では実際に飛行機に乗り、訓練を開始するはず。それに参加したいのです」


 クゼ提督は上様の小姓だった青年に燃えるようなやる気を感じた。

「いいだろう。上様に頼んでみよう」

「ありがとうございます」


 ドウセツが申し出た航空機戦術研究班への異動は、すぐに聞き入れられドウセツはホクトの研究室に移った。


 ホクト城に部屋を持つ航空機戦術研究班は、総勢六名という小さな存在だった。

「物好きだな。将来は艦隊参謀本部への異動も夢ではなかったのに、こんな小さな部署に移って来るなんて」

 先任のフルハシ・シゲノリが言った。


「航空機戦術研究班には、夢があると思ったのです」

「夢だと……飛行機が兵器として有望だと思っているのか?」

「はい、有望だと思っています。フルハシ殿はそう思っていないのですか?」

「某はまだ分からないと思っている。まだ研究開発が始まったばかりだからな」


 ドウセツは小姓だった頃、主から古代にあった戦争について聞いた事がある。その戦争では飛行機が重要な役割を担っていたようだ。


「それはそうですが、ユナーツは飛行船というものを開発したそうではありませんか。その飛行船でホクトが攻撃された場合、守れるのは飛行機だけではありませんか?」


「飛行船か……だが、飛行船がどうやってホクトを攻撃するというのだ?」

「それは簡単です。飛行船に榴弾を載せて、空から落とせばいいのです」

「なるほど、そういう攻撃も有りか。それを防ぐとしたら、やはり飛行機、いや戦闘機という事か」


「飛行機に連発銃を載せて攻撃すればいいと思います」

「その場合は、二人乗りになるのか?」

「その必要はないでしょう。上の翼に連発銃を固定して操縦桿に引き金を付ければ、いいと思います」


「なるほど、面白い。一度上様に相談して、戦闘機を開発してもらうか」

「はい、それがいいと思います」


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