第350話 海軍研究会

 ドウセツが会議室に入ると、自分より年上の海軍将校が寛いでいる感じで話をしていた。時間が来て研究会が始まると、議論が始まった。


 議論を聞いていると、艦載砲の命中精度を重視する者と大砲の数を重視する者に分かれるようだ。ドウセツの隣にはワタナベという海軍将校が座っていたので尋ねた。


「済みません。私は初めて参加したのですが、魚雷の事が話題にならないのは、なぜですか?」

「ユナーツ軍は研究熱心な軍隊だ。一度魚雷の威力を公開してしまったから、次の海戦では魚雷艇を近付けさせてくれないだろう、という話になったのだ」


 納得した。ただ魚雷艇を近付けさせないというのは、どういう方法が有るのだろうと疑問に思った。一番有効な武器は、手回し式多砲身機関砲だろうか。


 確かにあれなら魚雷艇を沈められるだろう。しかも前の海戦で、手回し式多砲身機関砲を使っている。あの海戦から生きて帰ったイングー人の中には、報告する者も居ただろう。


 しかし、それはイングド国が情報を手に入れただろうという事で、ユナーツとは関係ないはずだ。もしかすると、ユナーツの忍びがイングド国海軍に食い込んでいるという事だろうか。


 ワタナベという将校に確かめると、そういう事らしい。他国の海軍が実戦で得た情報を、手に入れられるのだから、ユナーツ軍は有利になる。


「命中精度は、優秀な測距儀と砲兵の練度が重要になります。海軍技術部には、優秀な測距儀の開発をお願いしたい」


「それよりも連装砲塔の開発を先にして欲しい。今のドウゲン型戦艦は主砲の数が少なすぎる」

 論議は白熱しているようだが、海軍技術部の将校が口をへの字に曲げて聞いている。どちらも簡単に開発できるものではないからだろう。


 その論争が一段落すると、戦術に関する論議が始まった。内容はトウゴウターンと丁字戦法についてである。アマト人の先祖である日本人が戦った海戦で使われた戦法らしい。


 最近の海戦は、戦艦が縦に一直線に並んだ陣形を取る事が多い。その場合に敵と味方が平行に並んで砲撃すれば、互角の状況になる。


 だが、『丁』という字のように、味方が敵艦隊の頭を横切るような形で砲撃戦になると、砲の位置の関係で味方が有利になる。それを狙って丁字戦法というのが考えられたらしい。


 戦艦の中央には艦橋があり、その前後に大型化した砲塔が設置されている。敵が前方に居る場合は前方の砲しか使えない。だが、横から敵が突っ込んで来た場合は、前後の砲を同時に使えるので味方が有利になる。


「丁字戦法か、面白い」

 ドウセツはトウゴウターンと丁字戦法について、ノートに記録した。


 研究会が終わると、久しぶりにホクト城へ向かう。上様から偶には挨拶に来いと呼ばれたのである。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ホクト城の展望台から城下町を眺めていた俺は、ドウセツが挨拶に来たと報せを受けた。

「上様、お久しぶりでございます」

 俺はニコッと笑って、傍に来るように手招きした。


「よく来た。海軍はどうだ?」

「学ぶ事が多くて、大変でございます」

「そうか、大変か。そう言えば、研究会に参加していたのだったな。どう思った?」

「命中精度と砲数の議論はよく分かりませんでしたが、丁字戦法は面白いと思いました」


「命中精度と砲数の議論か。今の技術では砲の数を増やすのが正解かもしれんな。だが、将来的には命中精度を上げる技術が発達する事になるだろう」


「魚雷艇は終わりなのでしょうか?」

 ドウセツが確認した。

「魚雷艇は、それほど発達しないかもしれないが、魚雷は発達するだろう。長射程で命中精度も高まるはずだ」


「そうなると、危険なほど近付かなくとも、魚雷を発射できるようになるのでございますか?」

「将来はそうなるかもしれない、という話だ。それに魚雷艇もまだまだ改良の余地がある」


 俺は速度や機動性を改良すれば、近海の警備には使えるだろうと言った。

「魚雷艇は、次の海戦では使わないのですか?」

「代わりにアワジ型駆逐艦の数を増やしている」


 ドウセツが考え込む。どういう陣形が有効なのか、考えているのだろう。

「仕事ばかりではなく、少しは遊んだらどうだ」

「ですが、自分はまだまだ半人前でございます」


 そうかもしれないが、ドウセツには余裕がないように感じられる。一生懸命なのは分かるが、何か失敗した時に、心がポキリと折れてしまいそうだ。早めに嫁を世話した方が良いかもしれない。


 ドウセツが帰った後、ホシカゲが報告に来た。

「上様、ユナーツの商船と我が国の商船が事故を起こしました」

 アラバル国の湊で起きた事故らしい。湊から出ようとしたアマト国の商船が、湊に入ろうとしたユナーツの商船と衝突したらしい。


 ユナーツの商船が沈み、アマト国の商船は湊に引き返したようだ。その時、アマト国の商船は、救助活動をしている。


 事故が起きた原因は、突然の横風で船の進路が流されたためである。悲しい事に、その事故でユナーツ人六名が死んだようだ。


「外交奉行のコニシを呼べ」

 新しい小姓となったシマズ・ナリヒラが、小走りで外交方へ向かった。

「ユナーツはどう動くだろう?」


 ホシカゲにも予想がつかないようだ。しばらくして足音が聞こえてきた。

「上様、お呼びでしょうか?」

「ホシカゲから報告があった。アラバル国の湊で、我が国の船とユナーツの船が衝突し、ユナーツの船が沈んだ」


 コニシが難しい顔になる。さらに死者が出たと聞くと顔をしかめた。

「では、すぐにチュリ国に居るシーモア総督に連絡いたします」

「待て、この報告は無線電信機で送られてきた情報だ。連絡はもう少し後がいい」

「承知いたしました」


 チュリ国に居るシーモア総督は、この報せを聞いてアマト国の反応を確かめてみようと考えたようだ。俺と話がしたいと言って、ホクトを訪れた。


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