第349話 マサシゲとドウセツの帰還
ゲンサイはアマト国に戻ってきた。祖国の土を踏みしめてホクト城へ向かう。登城すると大広間に案内される。そこで待っていたのは、本来の主であるアマト国の国主カイドウ・ミナヅキだった。
「ゲンサイ、ご苦労であったな」
その声を聞いたゲンサイは、深く頭を下げた。
「ご心配を掛けましたが、戻って来る事ができました。ありがとうございます」
「桾国での活躍は聞いている。瞬く間に出世していくので、その報告を聞くのを楽しみにしているほどだった」
ゲンサイはどう答えて良いか分からずに困った顔をする。それを見たトウゴウが笑顔を見せる。
「これだけの功績を残した忍びは、そなただけだ。誇りを持って良いと思うぞ」
「はい、ありがとうございます。ところで、今後の桾国はどうなるでしょう?」
「そちが立て直した軍が上手く機能すれば、しばらく反乱勢力と戦いながら、晨紀帝の世が続くだろう。だが、また腐敗した者どもが軍を弱体化させれば、桾国という国は消え、新しいいくつかの国が勃興する事になる」
「上様、ユナーツはどうなるのでしょうか?」
「植民地経営の負の面に気付けば、手放して本国に帰るだろう。だが、今は気付かぬだろう。そうなれば、我が国と戦う事になる」
「勝てますでしょうか?」
「海軍力は、我が方が上だ。次に戦えば勝てるだろう。だが、それ以降は競争になる」
その競争の一部は、すでに始まっていた。アマト国は太平洋に散らばる島々を発見して、次々に領土に組み込む作業を始めているのだ。それはユナーツも同じで、様々な島を領土に加え大きくなっている。
クガヌマがゲンサイに目を向ける。
「ゲンサイ殿、これから何をなさるのでござる?」
役目を終えたゲンサイは、忍びの仕事から開放される事になっている。ゲンサイは考えたのだが、まだ答えは出ていない。
「考えているところでございます」
「医者を続けるつもりなのでござるか?」
「はい、できれば続けたいと思っていますが、そのためには最新の医学を勉強せねば、と思っています」
トウゴウが頷いた。
「ならば、ホクト医学大学へ入校すればいい。上様が力になってくれるはずです」
正式な学生という事ではなく聴講生という事になるが、新しい医学を学べるだろう。ゲンサイはありがたいと思い、上様にお願いした。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ユナーツで学んでいたマサシゲとドウセツがホクトに戻る事になった。
「長いようで短かったな」
マサシゲが見納めかもしれないユナーツの風景を見ながら言った。
「そうでございますね」
ドウセツも同意しながら、刈り入れが終わった麦畑を見ていた。広大な畑と広々とした平原が地平線を作っている。故郷のアマト国ではあり得ない風景だ。
二人は交易船に乗って極東へ向かった。大西洋を横断し、アフリカ大陸の西を掠めて極東へ向かうルートである。
途中で寄ったアマト国が用意した寄港地には、倉庫や石炭貯蔵所が建てられており、湊にはアマト国の他にもアムス王国や列強諸国ではない国の船が停泊している。
「上様はさすがでございますね」
ドウセツが突然言い出した。意味が分からなかったマサシゲは、首を傾げる。
「何の事だ?」
「アマト国が整備した湊を、他国の船にも使わせている事です」
それを聞いたマサシゲは頷いた。
「なるほど、ここでも仲間を増やそうとしているという事だな」
「ええ、これならイングド国やフラニス国によって、簡単に攻められる事はないでしょう」
帰国したマサシゲは陸軍に入り、ルブア島の守備隊で総督府護衛官となった。一方、ドウセツは海軍に入り、主力艦であるドウゲン型戦艦に乗り組む事になる。
ドウセツは艦長であるイイジマ・シゲオミの下で参謀将校として経験を積む事になっている。ドウゲン型戦艦のスオウに乗り込んだドウセツは、艦長のイイジマに着艦の報告に行った。
「ほう、君がドウセツか。上様の小姓だったそうだな?」
「はい、そうです」
「運がいい。その運をこの艦にも分けて欲しいものだ」
「このスオウが、不運な艦だとは聞いた事がありませんが?」
「不運ではないが、それはまだ一度も実戦を行った事がないからだ。海戦の機会に恵まれなかった不運な艦という意味だよ」
「それは仕方のない事です。ドウゲン型戦艦は、まだ秘匿艦扱いですから」
「そうなのだが、実戦に出れないとドウゲン型戦艦の真価も分からない」
イイジマ艦長の言いたい事も分かるが、戦はない方が良いとドウセツは思っている。それに参謀として成長するまで、戦は待って欲しい。今の実力では参謀としての役割を果たせないと思っていた。
スオウに乗り組んだドウセツは、海軍が管理している海戦の記録を取り寄せて研究を始めた。前回のイングド国・フラニス国の連合艦隊とルブア島守備艦隊の海戦記録を見て、考え込んだ。
今までの戦いと違ったからだ。大規模な魚雷艇の運用、長距離艦載砲の活用、風任せの帆船ではない軍艦同士の戦い。
「面白い、この海戦に勝ったソウリン殿も凄いが、魚雷艇や長距離艦載砲を用意した上様の深慮が凄い」
ドウセツは夢中で記録を調べ上げ、ソウリンや敵将が下した判断や命令を解析して、意味を知ろうと調べ上げた。
そんな日々が続いた後、海軍で研究会が開かれる事になった。目的は次の海戦における戦術を研究する事である。その研究会にイイジマ艦長の推薦という立場でドウセツも参加する事になった。
場所はホクトの海軍本部である。その大会議室に七十人ほどの若い戦術家たちが集まり、議論を戦わせる事になったのだ。
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