第351話 上様とシーモア総督

 シーモア総督が大広間に入り、俺に挨拶した。挨拶を返し席に座り、シーモア総督も座るように促す。今日は大広間にテーブルと椅子を運び込んで使用している。


「さて、御用件は何かな?」

 俺が尋ねると通訳がシーモア総督に伝える。

「アラバル国の湊において、我が国の船シーロータス号と貴国の船ゲンゴロウ丸が衝突して、シーロータス号が沈みました。今回の事故で多大な被害を出した我が国は、貴国に賠償を求めます」


「コニシ、衝突の様子はどういうものだったのだ。説明せよ」

 外交奉行のコニシが進み出て説明を始める。その話によると、シーロータス号とゲンゴロウ丸がすれ違おうとした時、強い風が吹き、シーロータス号がゲンゴロウ丸の進路を邪魔するように流されたという。


 そのせいでゲンゴロウ丸の船首がシーロータス号の舷側に突っ込み、シーロータス号を大破させた。というのが、事の顛末てんまつだったようだ。


「今の説明で分かるように、ゲンゴロウ丸に落ち度はない。そうではありませんか?」

 俺が確認すると、シーモア総督がポーカーフェイスのまま言い返す。


「お待ちください。確かに風に流されたのはシーロータス号だったかもしれませんが、それはゲンゴロウ丸もすぐに気付いたはずです。適切に舵を切れば避けられたのではないですか?」


「船がすぐには曲がれない事は常識のはず。それは我が国の船でも同じです」

 シーモア総督は、何とかして事故の責任をゲンゴロウ丸に押し付けようとしたが、全て論破されて目尻が吊り上がっている。


 シーモア総督は納得していないという顔で帰って行った。

「総督は納得していないようだったな?」

 俺がコニシに問い掛けると、コニシが渋い顔をする。

「あれはシーモア総督の演技でしょう。次に何か仕掛けようと考えているのでございます」


「なるほど。だが、それが危険な行為だと戦争になるかもしれない。それを分かっているのだろうか?」

「ユナーツ軍は、十分な戦力が揃ったと考えているのです」


 ユナーツは戦争を仕掛けて来るというのが、コニシの予想らしい。俺はユナーツ海軍とアマト国海軍の戦力差を知っているので、本当に戦争を仕掛けて来るのだろうかと半信半疑だ。


 だが、よく考えてみるとユナーツ軍は、アマト国海軍の真の戦力を知らないのだ。主力艦がサナダ型戦艦ではなくドウゲン型戦艦だという事も知らない。


 ユナーツが海軍戦力でアマト国に追い付いたと考えても不思議ではないとコニシは考えたのだろう。それが幻想なのだという事を分からせなければならない。


 ユナーツ軍の動きを監視していると、海軍艦艇がアマト国の商船を桾国の近海で臨検するようになった。露骨な嫌がらせである。


 俺はチュリ国のシーモア総督に抗議した。そして、ユナーツ海軍が攻める可能性が高いバイヤル島とチトラ諸島にある海軍基地の戦力を増強する。


 だが、ユナーツ海軍による臨検は終わらず、ついにアマト国の輸送船が拿捕された。こうなると、実力阻止するしかなくなり、アマト国海軍のアケチ型巡洋艦とアサギリ型魚雷艇が桾国近海に出て、商船を護衛するようになる。


 必然的にユナーツ海軍とアマト国海軍が衝突し、砲を交える事になった。戦が始まったのである。ユナーツ海軍の総指揮官は、ジャクソン提督である。


 そして、アマト国海軍の総指揮官はソウマ提督と決まった。ソウマ提督はチュリ国の海軍基地に停泊しているユナーツ海軍を壊滅させるために、第一艦隊をチュリ国へ遠征させる準備を始めた。


 一方、前々から準備していたユナーツ海軍は、全艦艇をホクト攻略のために出港させた。ユナーツは守りなど考えていないようだ。


 俺は評議衆を集めた。

「ユナーツめ、我が国の海軍戦力を舐めている」

 クガヌマが怒っている。

「舐めているくらいが、ちょうどいいではないか。そうならば、叩き潰す事ができる」

 俺が言うと、評議衆たちが笑った。


「上様、どこまで叩きますか?」

 トウゴウが俺に確認する。

「今回は、チュリ国の海軍基地を潰し、ユナーツの植民地であるチュリ国・黒虎省・江順省を奪い取る」


 フナバシが首を傾げて俺に視線を向ける。

「上様、大陸には関わらないのでは?」

「一時的に占拠するが、その占領地は相応しい者たちに預ける事にする」


 それを聞いたフナバシは、相応しい者とは誰なのだろうと考えた。分からなかったようだ。


「ソウマ、敵艦隊の動きを把握しているか?」

 提督が力強く頷いた。

「はい、三隻の追尾船で追っております」

「どういう航路を通っている?」

 ソウマ提督の報告では、バイヤル島とチトラ諸島の中間点を抜けて、ホクトを急襲するつもりらしい。ソウマ提督は第一艦隊に敵艦隊をミケニ島の北西で捕捉して、撃破するように命じている。


 天候はあまり良くない。外海では風が強くなっているので、魚雷艇の出撃は見送られた。その代わりに多数のアワジ型駆逐艦が艦隊に加わっている。


 アワジ型駆逐艦の主力兵器は、魚雷である。四十口径八センチ砲三基も装備しているが、敵戦艦や巡洋艦を攻撃する時は魚雷という事になる。


 そして、艦隊の主力はドウゲン型戦艦三隻とサナダ型戦艦三隻、そして、アケチ型巡洋艦八隻になる。


 一方、ユナーツ海軍はカンザス級戦艦八隻、オリオン級巡洋艦十隻、アラバマ級駆逐艦十四隻が艦隊を形成していた。


「風が強いが、天候に問題はない。これならホクトへの急襲は成功する」

 ジャクソン提督が艦橋から波の様子を見ながら言った。


「提督、アマト国の連中が待ち伏せしていないでしょうか?」

 旗艦艦長であるジェフリー大佐が不安そうな顔をしている。

「待ち伏せしているとしたら、ホクトがあるホンナイ湾の入り口だろう。我らの戦力なら、蹴散らしてホクトへ近付き、首都を火の海にしてやれるだろう」


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