第347話 雷尚書の始末

 ゲンサイたちは雷一族の出世頭である戸部の尚書である雷尚書の行動を調べ始めた。雷尚書は朝早く宮殿に入るようだ。これで仕事をするのなら、感心できるところも有るのだなと思うのだが、雷尚書は朝早く来て裏帳簿の作成をしていた。


 裏帳簿など作らずに提出用の本帳簿だけを作れば良いのに、とゲンサイは考えたが、それでは本当の金の流れが分からずに本帳簿で間違う事が有るらしい。


 その裏帳簿を手に入れる事ができたら、雷尚書を失脚させる事ができる。ただ雷尚書は裏帳簿を肌身離さず所持しており、盗むのは難しかった。


 そこで始末するという話になったようだ。まず事故に見せ掛けて殺すという計画が立てられた。雷尚書は有力商人に毎晩のように招待されて、高級酒楼で遊んでいるらしい。


 そういう席なら隙が有りそうなので調べさせる。すると、護衛のような男たちが、目を光らせているのが分かった。酔って足を滑らせて死んだ、というようなやり方は無理そうである。


「雷尚書は、随分と用心深い男のようですね」

 ゲンサイが呟く。それを聞いたヒョウゴが頷いた。

「全く面倒な男です」

「まあ、必ず隙は有るはずです。それを探し出しましょう」


 調査を続け、雷尚書が毎月二日に別荘へ行く事が分かった。その別荘なら殺れそうだという話になり、ヒョウゴが確かめる事になった。


 ヒョウゴは馬車に乗った雷尚書を尾行した。護衛六人が馬に乗って雷尚書と一緒に別荘へ行くようだ。海岸沿いの道を通り、海に突き出た崖の上にある別荘へ到着する。


「やけに重そうな馬車だな」

 何か重いものを載せているのか、馬が力を込めて馬車を引いているのが分かる。何が重いのかは予想できる。公金を横領して、その金貨や銀貨が載せられているのだろう。


 ちなみに、桾国内でもアマト国の王偉金が使われ始めていた。桾国は銀貨の国であり、今まで金貨は使われていなかった。


 だが、アマト国の金貨が入って来ると、便利だったので商人たちが使い始め、宮殿内でも使うようになったのだ。それだけアマト国の経済が、桾国内に浸透しているという証拠なのだが、桾国人は気にしていないようだ。


 基本が自国の銀貨なので、補助硬貨扱いの金貨などどうでも良いと思っているらしい。とは言え、蓄財する場合、嵩張らない金貨が都合が良いようだ。


「ここは襲撃するのに、もってこいの場所ですね。来月、準備して決行かな」

 ヒョウゴは別荘を見ながらニヤリと笑う。


 ゲンサイのところに戻ったヒョウゴは報告した。

「ほう、横領した金を別荘に隠しているという事か。どれほど溜め込んでいるか楽しみです」


 翌月の二日、また雷尚書が別荘へ向かった。到着すると、護衛の男たちに馬車から三つの木箱を降ろさせて、別荘に運び込ませる。


 木箱を自分の部屋に運ばせると、護衛たちを外に出した。そして、木箱の蓋を開ける。中には大量の金貨が詰まっており、それを見た雷尚書が満足そうに笑う。


 その時、天井からギギッという音が聞こえた。雷尚書が天井を見上げた瞬間、天井から一人の男が飛び下りた。


「誰……」

 叫ぼうとした雷尚書は、口を塞がれ短刀で頸動脈を切られた。それと同時に外に居る護衛たちも襲われ死亡した。


 雷尚書を殺したヒョウゴは木箱から金貨を一握り取り出すと、部屋にばら撒いた。金目当ての集団が雷尚書を襲ったという偽装である。そして、雷尚書の懐から裏帳簿を取り出し、壁に掛けられていた掛け軸の裏に隠した。


 これは雷尚書の仲間が、裏帳簿を隠せないように細工したのだ。仲間を呼んで木箱を外に運び出すと、用意した馬に木箱を載せて逃げ出す。


 雷尚書の別荘で人が死んでいるという情報が、宮殿に届けられると小さな騒ぎになった。首都の治安を預かる責任者でもあるゲンサイは、小隊程度の兵を調査に送り出す。


 その兵たちが雷尚書が死んでいる事を報告すると、宮殿内が大騒ぎとなった。

「周尚書、これはどういう事だ?」

 晨紀帝がゲンサイを呼び出して尋ねた。

「賊が金目当てに、雷尚書を襲ったようでございます」

「別荘に金だと、どうして?」

「それは、これから調査いたします」


 ゲンサイは鬼影隊の趙隊長を呼んで、その別荘を徹底的に調べるように命じる。その結果、掛け軸の裏から裏帳簿を発見し、地下室から大量の金貨と銀貨が詰まった木箱が発見された。


 ゲンサイは裏帳簿を確認してから、雷尚書が公金を横領した証拠として晨紀帝に提出する。それを見た晨紀帝は、またかと激怒した。


 雷一族は徹底的な調査と尋問を受けて、悪事が暴かれる事になった。その調査や尋問を指揮したのはゲンサイであり、その事によりゲンサイの名声は上がり、雷一族は消滅した。


 ゲンサイは皇帝から大いに褒められたが、他の幹部たちからは恐れられるようになる。

「はあっ、他の尚書たちが、私の事を蛇蝎だかつのごとく嫌うようになっている」

 ゲンサイが愚痴を零すと、ヒョウゴが笑う。

「憎まれっ子世にはばかる、と言うではないか」


「それは人から憎まれるような者ほど、逆に世間では幅をきかせる、出世するという意味じゃないか。私はもう十分出世したから、憎まれたくないですよ」


 ヒョウゴは頷いた。

「そろそろ危なくなった」

 他の忍びが尚書たちを監視しているのだが、ゲンサイを殺そうという話が出ているらしい。但し、まだ実行するという段階には至っていないようだ。


 ゲンサイが改革を行った軍は、有能な若手が実力を発揮するようになり、昔よりずっと強くなっている。それにユナーツ軍から回収した単発銃の研究が進み、単発銃を装備する敵とどう戦えば良いかという研究も進む。


 そんな中で晨紀帝が今まで以上にゲンサイを頼りにするようになり、その事が他の尚書から恨まれる原因となった。その結果、何人かの尚書が手を組んで、ゲンサイを排斥しようという計画が進められ始める。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る