第346話 周尚書とユナーツ

 イングー人の大使がブルム島へ来て、フナバシ総督に会談を申し込んだ。その時点で正式なブルム島総督となっていたフナバシ・コレマサは、会談を承諾する。


 コレマサは総督府のバルコニーでイングー人のラッセル・ギャレットと会談した。

「フナバシ総督、ブルム島で金鉱脈が発見されたというのは、本当でございますか?」

「金鉱脈は確かに発見した。それがどうかしたのかな?」


 ギャレットは鋭い目付きになった。

「終戦の交渉をした時に、鉱脈がある事を分かっておられたのですか?」

「まさか、金鉱脈が発見されたのは偶然です。現地に住んでいたイングー人が、発見できなかったのに、外部の我々が発見できるはずがない」


「しかし、このタイミングで発見されるというのは、作為さくいを感じます」

「ふん、それはイングド国が、ブルム島をしっかりと調査しなかったからでしょう。あなた方は海軍基地、あるいは植民地を拡大する根拠地を、この島に求めただけで、調査をしなかったのです。そうではありませんか?」


 フナバシ総督の厳しい指摘に、ぐうの音も出ないという感じで黙ってしまうギャレット。そのギャレットをフナバシ総督が睨んだ。


「まさか、金鉱脈があったのを知っていたら、この島を代償に終戦条約を結ばなかった、と言いに来たのではないでしょうな」


 終戦条約を破棄すると言い出せば、また戦争が始まる。そうなれば、本国にアマト国海軍が遠征して、国土を焼け野原にするという事もあり得ると考えたギャレットは否定した。


「それこそ、まさかです。我々は終戦条約を尊重します」

 ギャレットが逃げるように帰ると、フナバシ総督は溜息を漏らす。

「あのイングー人は、何がしたくて来られたのでしょう?」

 従士のハヤシが不思議そうに言った。


「終戦交渉において、イングド国は騙されたのではないか、という事を調べに来たのだろう」

「騙されたと分かっても、どうにもできないと思いますが」

「おいおい、我々は騙しておらんぞ。金鉱脈の発見は偶然だ。それに以前から金鉱脈の事を知っていたとしても、それは調査していなかったイングド国の落ち度であって、アマト国が騙した事にはならない」


 ハヤシが大きな軍事力を持つアマト国に対して、イングド国は何もできないと言いたいのは分かっているが、そう言い切ると角が立つ。


 ギャレットは、チュリ国へ行ってユナーツ国のチュリ総督であるシーモア総督と面談した。


「ほう、フナバシ総督と話したのですか?」

 シーモア総督が確認した。

「ええ、アマト国の軍事力を笠に着た傲慢な男でした」


「なるほど、それでイングド国はどうなさるのです?」

「何もしません。いや、何もできません。海軍戦力が激減した今は、アマト国と争う事など無理です」

 シーモア総督は舌打ちしそうになって、慌てて抑えた


「それならば、なぜここに来られたのです?」

「ユナーツ軍は、チュリ国に海軍戦力を集めておられる。もしかして、アマト国と戦うつもりなのではないかと思いまして、その真意を確かめに来たのです」


 そんな事を言えるはずがないだろうと、シーモア総督は思った。そして、イングド国がギャレットという低能を極東に送り込んだ理由が分からず、不思議に思う。


「我々が海軍戦力を集めているのは、桾国との戦いが激しくなったからです」

 桾国との戦いは陸戦なので、海軍戦力を集める理由にはならないのだが、陸軍の支援をできるという意味で言い切った。


「そう言えば、伊魏省で桾国軍に敗れたそうですな。原因は何なのです?」

 シーモア総督はギリッと奥歯を噛み締めた。

「敵の戦術が的確だったのです。我々は補給線を絶たれて、仕方なく撤退する事になりました。桾国にも有能な戦術家が居るようです」


「そうなのですか。何という将軍です?」

「元医者だった周という軍のトップです」

 ユナーツ軍は伊魏省から撤退した後、何とか桾国の領土を手に入れようと画策したが、桾国軍の総指揮を執るようになった周尚書に邪魔されて失敗が続いていた。


「ならば、その周を暗殺すれば良い」

 突然、ギャレットが冷酷そうな笑いを浮かべて言った。シーモア総督でもゾッとするような声の響きと笑いである。


 すぐに元の顔に戻ったギャレットが、

「冗談です。暗殺は敵の報復を受ける事がありますからね」

 そう言ってギャレットが笑ったが、シーモア総督の目には、その笑いが不気味なものに思えた。ギャレットが帰った後、プレストン将軍を呼んだ。


 ギャレットから暗殺という言葉を聞いたシーモア総督は、その言葉が頭から離れなくなっていた。

「プレストン将軍、周尚書を暗殺できると思うかね?」

 将軍は顔を歪めて、不服そうな声を上げる。

「不可能とは言いませんが、それはユナーツ軍の将校として、賛成できません」


 それを聞いたシーモア総督は溜息を吐いた。

「その気持は分かる。だが、一向に戦局が好転しないではないか?」

 プレストン将軍が苦い顔になる。


「我々自身が周尚書を暗殺するのは、難しいと思います。ただ周尚書には敵対勢力が有るようです。それらの者を焚き付ける事はできるでしょう」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 兵部の尚書となったゲンサイは忙しい日々を送っていた。多くの無能な将軍の首を切り、優秀だと思った若い将校を昇進させる。


 そんな荒療治をしたので、ゲンサイに対する敵対勢力というのが生まれた。ゲンサイもそんな事は望んでいなかったのだが、ユナーツ軍が仕掛けて来る動きを潰そうとすると、そうするしかなかったのだ。


「この状況をどう見る?」

 ゲンサイはヒョウゴに尋ねた。

「刺客が来るのは、時間の問題かな」

 そう言ったヒョウゴが笑う。


「笑い事ではないぞ」

 ゲンサイが怒ったように言う。

「分かっている。ゲンサイ殿の御蔭で、要所々々に忍びを送り込む事ができた。桾国の動きは漏れなくホクトへ情報を送れる体制が整っている。問題はゲンサイ殿がどうやって生き延びるかだ」


 その事については、ホクトの評議衆でも考え、策を練っていた。

「その前に一つ仕事がある。桾国の中で陳尚書たち以上に、国を食い物にしている戸部の雷一族を始末する事だ」


「なぜ、そんな事を?」

「上様は、もう少し桾国を残すつもりのようだ。ユナーツ軍との戦が終わってから、桾国という順番にしたいらしい」


「そう上手くいくものだろうか?」

「そうなったらいいな、という程度のものだ。失敗して先に桾国が潰れるような事になっても、対応はできるそうだ」


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