第345話 ブルム島の大工事

 イングド国から割譲されたブルム島は、中東にあるアラビー王国の沖合から南へ船で行った場所にある。


 ブルム島の降雨量は、島の中央にあるブルム山脈を境に激変する。北西側は降雨量が少なく南東側は降雨量が多いのだ。但し、その降雨量も乾季と雨季の差が激しい。


 島民は南東側に住んでいる。少しだが農業も行われており、湊町もあった。その湊町はザルドと呼ばれており、イングド国の海軍基地もあった場所である。アマト国海軍の兵員揚陸艦がザルドに停泊し、乗せてきた兵を降ろす。


「フナバシ様、ようやく到着です」

 フナバシ勘定奉行の弟であるフナバシ・コレマサは、ホッとしたように息を吐き出した。

「船旅が、これほど退屈なものだとは知らなかった」

 コレマサはブルム島の総督に任命される予定の人物だ。


 それを聞いたコレマサの従士であるハヤシ・ジサブロウは、苦笑する。退屈だと言えるのは、コレマサなどの一部だけで、ハヤシはコレマサの部下たちの世話もしていたので大変だった。


 部下たちの中には船酔いで苦しむ者も居り、その世話だけでも忙しかった。その部下たちが艦から降りてきた。足元がよろよろしている者も居る。


「ああ、や、やっと地面が踏めた」

 中には涙を流している者も居て、それを見たコレマサは不安そうな顔をする。船酔いが酷かった者だろう。ザルドに到着したコレマサは、すぐに島の状況を調べさせた。


 ブルム島の人口は五千人ほどで、全員が食料に困っていた。イングー人が島にある食料のほとんどを持って、島を去ったからだ。


「イングー人の心の狭さは、折り紙付きだな。運んで来た食料を配給するように手配してくれ」

 コレマサは部下たちに命じた。この島の住民は、アラビー国やアラバル国から来た人々である。イングー人が去ったので、不安な様子を見せていた。


 コレマサはイングド国の総督府だった建物を、新しい総督府として使う事にする。ここで働いていた者たちを集め、同じように働かせる事にした。


 イングド国が残した間諜かもしれないが、効率を考えると仕方ない。コレマサは島の農業や漁業の状況、地形、飲水などを調査する。


 飲水はザルドに流れ込むモリス川の水を利用していたようだ。これは乾季になると干上がる事もあるという川だった。イングー人は、水が川から取れなくなった時は、ビリシア王国やテヘル国から水を運んで来たようだ。


 コレマサは島を調べて地図を作成すると、モリス川の流れを詳しく調べた。山岳地帯を源泉とする川は、コレルバ谷を通り、ザルドフル平原を流れてザルド湾に流れ込んでいる。


「コレルバ谷のここにダムを建設して、一年間の水を確保するのが良さそうだ」

 コレマサは作成した地図の一点を指差した。それを聞いた部下のスギサキが渋い顔をする。

「しかし、その建設には莫大な費用が掛かります。それだけの資金を投入する価値が、この島に有るでしょうか?」


 もっともな意見だ。だが、上様からザルドを中東で最大級の海軍基地にすると言われているコレマサは、膨大な費用が掛かるのも仕方ないと考えていた。


 ザルド湾は島の南東に位置する場所にあり、水の問題さえなければ住みやすい風土だった。

「上様の話では、水の問題さえ解決すれば、ブルム島は楽園のような場所になるそうだ」


 暖流が島を包み込むように流れている御蔭で、一年中温暖で暮らしやすい。水さえ有れば農業も盛んになるだろうと予想されたのだ。


 詳しい調査が開始され、ダム工事の準備が進められた。一方、湊でも大掛かりな拡張工事が始められた。海軍基地の規模を拡大するためである。


 そうした最中に、ユナーツの商人たちがザルドに訪れた。会いたいというので、コレマサはマクファーレンという商人と会う。


「フナバシ様、お会いできて光栄でございます」

 マクファーレンはミケニ語で話し掛けた。

「私は光栄に思われるほど、偉くはないぞ」


「いえ、この島の総督になると聞いております」

 どこで仕入れた情報かは分からないが、恐ろしいほどの情報収集能力だとコレマサは思う。

「ほう、地獄耳の持ち主のようですね。それで何用かな?」


「アマト国は、この島を手に入れてどうなさるのですか?」

 人の良さそうな顔で図々しい事を質問してきた。コレマサは笑いながら答える。

「イングー人たちと同じです。ここに海軍基地を造り、極東同盟の要とします」


 これくらいはユナーツも予測しているはずだという情報を話した。

「それだけなのでしょうか? 何やら大工事が始まっておりますが」


 アマト国が大工事を始めたのを見て、油田が発見されたルブア島と同じではないかと思ったらしい。こういう事には敏感な商人たちが、島に群がってきたようだ。


「この工事は海軍基地を拡大するためのものだ。他に意味はない」

「そうでございますか。それですと建設資材や労働者が大量に必要なのではありませんか?」

「当然、そうなるだろう」


 マクファーレンがニッコリ笑い、手伝わせてくれと申し出た。

「フナバシ様が、指示して頂ければ、必要なものを運んで参ります」

「それはありがたい。部下に話しておこう」


 コレマサはユナーツの商人たちを利用する事にした。その御蔭で工事がはかどり、島民たちの生活も安定する。ユナーツの商人たちに食料の調達も頼んだのだ。


 こうしてブルム島の海軍基地拡大が進んだ頃、島の北西側で金鉱山が発見された。それも世界最大級の金含有率を誇る鉱脈である。


 その事が知れ渡るのは早かった。発見したのが島民で、アマト国の者ではなかったからだ。これを知ったマクファーレンが、コレマサに会いに来た。


「コレマサ様、金鉱山の件を隠しておられたのですか?」

「いや、金鉱山は偶然の産物だ」

「しかし、島の支配権がイングド国からアマト国に変わった途端、金鉱山を発見というのは、納得できないものが有りますな」


「それは上様が、神に愛されているからでしょう」

 それを聞いたマクファーレンが、顔を歪める。ユナーツ人が信仰する宗教は、古くからある聖トアンプ教である。ユナーツファーストと言って孤立主義を選んだが、近年になって聖書の新解釈で領土拡大を目指し始めた宗教である。


 ユナーツの商人たちは、イングド国が無能だと噂を流し始めた。イングド国はアマト国に騙されて、金鉱山があるブルム島を取られたのだと言い出したのだ。


 それを聞いたイングー人たちは激怒した。そして、本国の政府に抗議する。本来ならイングド国のものだった金鉱山を、やすやすとアマト国に奪われてしまったと非難した。


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