第319話 桾国の不作

 高長官が死んだ事でルオハイの町は大騒ぎとなった。中には殺されたのではないかと疑う者も出たが、一番怪しいゲンサイは視察に出ており、宴会の最中に三階から落ちたという情報が広まると事故だという事になった。


 この報せは首都の晨紀帝にも伝わり、ゲンサイを射杯省の長官代理に指名した。ゲンサイが左遷された事を残念に思っていた皇帝が、そのように命じたらしい。


 高長官死亡の報せを聞いたゲンサイたちは、急いでルオハイへ向かう。帰り道でゲンサイがヒョウゴに声を掛けた。


「さすが影舞のヒョウゴ、忍び働きは確かなものだ」

「事故に見せ掛けて殺す事より、ゲンサイ殿のところまで戻って来るのが大変だったよ」

 高長官を殺したヒョウゴは、夜道を走り続けて、ゲンサイのところに戻ったらしい。


 葬儀などを行っていると、皇帝からの勅命が届き、ゲンサイが長官代理になった事を知った。


「また代理か。一時的なものだという事だな」

 ゲンサイが言うと、ヒョウゴが笑う。

「長官になりたかったのかい?」

「そうじゃないが、ここの長官になったら、家族を呼び寄せられるのではないかと思ったのだ」


 ヒョウゴは納得して頷いた。ゲンサイの家族はホクトで生活している。子供たちをホクトで勉強させるためでもあるが、一番の理由はゲンサイの工作が失敗した時に家族が殺されるのを防ぐためである。


 高長官の葬儀が終わり、長官代理としての仕事を始めると高長官が何をやっていたかが判明した。備蓄米の売却だけでなく、皇帝に内緒で交易船に新しい税を課していたのだ。


 もちろん、その税金は高長官と配下たちの懐に入ったようだ。その事実を突き止めたゲンサイは、その配下たちを一人ずつ呼び出し、証拠の書類を突き付けた。


 観念した者たちに誓約書を書かせ、ゲンサイの命令に従う事を誓わせる。その後、高長官の私物が残っていたので、それを確認して家族に渡す事にした。


 ヒョウゴと二人で高長官の私物を纏めていると、ヒョウゴが変な声を上げた。

「どうしたんだ?」

「これを見てくれ。長官を殺した事で、命拾いしたらしいぞ」

 ヒョウゴが見付けた書類のの中に、交易船に新しい税を課して着服したのは、ゲンサイであるという捏造された証拠があったのだ。


「あの野郎、自分の罪を私に負わせる気だったのか」

 ゲンサイは怒ったが、高長官はすでに死んでいる。

「高長官の息子は、確か二十三だったはず。父親がしていた事を知っていたと思うか?」

 ヒョウゴの質問にゲンサイは考えた。


「調べてくれるか?」

 ヒョウゴが調べると、偽造した書類は高長官の息子が用意したものだと分かった。ゲンサイは役人と兵を引き連れて、高長官の屋敷に向かい家族を捕縛した。


 屋敷の中を調べると、様々なものを横領していた証拠が見付かり、息子は縛り首、その他は流刑とする事が決まる。この息子はゲンサイを殺す事を計画していたようだ。


 高長官の仕事部屋が調べられると、自分が偽造した書類が発見されるのも時間の問題だと思ったらしい。父親が悪党なら、子供も悪党に育ったようだ。


 高長官の屋敷に溜め込まれていた金銭は相当なもので、短期間によく集めたものだと感心するほどだった。


 ルオハイの役人たちを掌握したゲンサイは、射杯省の現状がどうなっている調べ始めた。射杯省は元々農業に不向きの土地で、人々は交易と養蚕で生計を立てている者が多い。


 とは言え、農業をしている者も多く、それらの者は不作になりそうだと暗い顔をしている者が多かった。ゲンサイは農地を回って確かめた。


 例年ならカラリと晴れた日が続く季節なのに、どんよりとした曇り空が続いて作物の成長が遅れているようだ。このままだと例年の半分くらいしか収穫がないと予想した。


 問題は高長官が備蓄米を売った事だ。不作に備えて備蓄していた食糧がない。ゲンサイは豊作になりそうな地方はないのか調べた。


「はあっ、桾国に豊作の地方はないようだ」

「アマト国では、どうなのだ?」

 ヒョウゴが尋ねる。

「分からんな。組頭に聞いてみるか」

 調べてみるとアマト国でも豊作という地方はないようだ。ただ不作でもなく例年並みだという。そして、バイヤル島で輸出用大豆の栽培が成功したらしい。


 元々輸出用なので売るのだが、収穫前だと言うのにラクシャ王国やアラバル国から注文が来ていて値上がりしているという。ゲンサイは高長官が溜め込んでいた財産全てを注ぎ込んで、バイヤル島の輸出用大豆を予約した。


 かなり割高になったが、何とか不作分の食糧を確保できた。その事を首都ハイシャンの皇帝に報告すると話題になった。


 晨紀帝がゲンサイの報告を読み、重臣たちを集めて不作の対応は大丈夫なのか、と問い質した。役人の一人が、このままでは昨年より不作になるかもしれないが、それは天候次第だと答える。


「それで、兵糧の一割を民に放出するという以外に、何か対策が有るのか?」

 工部の徐尚書が顔を上げる。

「陛下、まだ不作になると決まった訳ではございません。これから収穫まで晴天の日が続けば、不作にはならないと思われます。周長官代理の取った策は、急ぎ過ぎです」


「そうなのか。それで仮に不作となった場合、何か対策は有るのか?」

「地方の農村には、もしものために溜め込んでいる食糧が有ると聞いております。それを徴集して飢えている者に配給しては如何でしょう?」


 そんな事をすれば農村が飢えに苦しみ、治安が悪化すると分かっているのに、策がないとは言えないと考えたようだ。


 役人たちは、ゲンサイの事を『軽率だ』とか『考えが足りない』と非難する。その非難を聞いた皇帝は、本当に間違っているのだろうかと疑問に思った。


 そして、収穫の季節が来た。天候は少しだけ回復したが、人々が望んでいたほどではなく、不作が確定する。その報告を受けた晨紀帝は、重臣たちに任せる事にした。何をすれば良いのか分からなかったのである。


 まず、不作の度合いが酷かった地方の治安が悪化した。飢えた農民が山賊や追い剥ぎに転職したのである。被害に遭った商人などから訴えが急増し、それが晨紀帝の耳にまで届いた。


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