第320話 重臣たちの迷走

 晨紀帝が重臣たちを集めた。

「地方の治安が悪化していると聞く。どうなっておるのだ?」

 皇帝が重臣たちを睨むと、重臣たちは目を伏せる。


「曹よ、兵部を預かる者として、どう考えておる?」

 曹尚書が頭を下げてから答え始める。

「山賊などが出没する地方には、兵を派遣して駆逐させます」


 それを聞いた晨紀帝が渋い顔をして曹尚書を見下ろす。ゲンサイが首都を離れる時、晨紀帝は二人で少し話をした。その中で農民が山賊などになり田畑を放棄するような事が続けば、皇帝に反旗を翻す者が現れるだろうと聞いたのだ。


「そんな状況では、また李成省の雷のような者が出て来るのではないか?」

「出て来たとしても、桾国軍が立ち所に鎮圧させてみせましょう」

「そのような事を言うが、李成省や蘇采省は、未だに反逆者たちが制圧しておるではないか」


「不作のせいで、兵糧が厳しくなっております。大軍を動かす事が難しくなっておるのでございます」

 曹尚書はそう言ったが、大軍を指揮できる将が居ないという事もある。大軍を動かすには、それなりの能力が必要であり、凡将では費用ばかり掛かって成果が上げられないのだ。


 桾国の各地で山賊や追い剥ぎが増えたと報告が上がっており、例外は首都がある漢登省と射杯省だけだった。皇帝が溜息を漏らす。


「その方たちは、射杯省の周を『軽率だ』とか『考えが足りない』と非難したが、結局あの者だけが正しかったではないか?」


「天候は誰にも分かりません。今回は偶然でございます」

「では、地方の治安を回復し、反逆者が出ぬようにできるのだな?」

「もちろんでございます」


 そう答えてから、曹尚書は後悔する。それでは結果に責任を持つと言質げんちを与えた事になってしまうからだ。


「では、兵部は地方に兵を送り、治安を回復せよ」

「畏まりました」

 曹尚書は各地に兵を送り込み、山賊などを掃討させた。一時的に治安は回復したが、地方の困窮は悪化する。派遣した兵が、農村を荒らしたからだ。


 山賊を退治した兵が、農村に凱旋して宴を要求したのだ。御蔭で兵の評判だけでなく、晨紀帝の評判も悪くなる。晨紀帝にしてみれば、何のために兵を送ったのか分からないという状況になった。


 治安が悪化して、皇帝の評判が落ち反逆者が現れないようにしようと兵を送ったのに、その兵が皇帝の評判を落としたからだ。


 そして、農産物の不作がじわじわと地方の農村地帯を苦しめ始める。その影響は政府が集める税にも影響し、例年の七割ほどしか集められなかった。


 だが、これは集め過ぎだった。本当は苦しい地方には税を免除するくらいの措置が必要だったのだ。


 結果として、各地で一揆が発生した。農民が集まって役所を襲い、税として集めた穀物を奪い返したのである。そういう事件が頻発するようになると、首都から遠い地方で反旗を翻す者が現れる。


 首都の北東に位置する万里省に住む張秦という者が、皇帝に反旗を翻して軍を立ち上げたのである。反逆軍は一気に万里省を制圧し、周辺の省へ勢力を広げようと動き始めた。


 それを知った晨紀帝は激怒した。治安の悪化を止め反逆者が出ぬようにすると約束した曹尚書は、責任を取って免職となった。本当は打首にしたいと思う晨紀帝だったが、曹尚書の一族は権力者だったので我慢した。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 射杯省で長官代理として仕事をしていたゲンサイは、首都ハイシャンへ戻れという勅命を受け取った。

「はあっ、やっと射杯省の仕事が軌道に乗ったばかりだというのに」

 ゲンサイが愚痴を零すと、ヒョウゴが笑う。


「我々の仕事は、桾国内部の情報を盗み出して、ホクトへ送る事なのだぞ」

「そうだった。役人の仕事をしていると、本来の任務を忘れそうになる」


 勅命が出ているのでハイシャンへ戻らねばならないが、射杯省の仕事を投げ出す事はできない。新しい長官が赴任して引き継ぎを終えてから、ゲンサイたちはハイシャンへ向かった。


 首都に到着したゲンサイは宮殿に向かい、皇帝に帰った事を報告する。

「周よ、よく帰った。射杯省での仕事ぶりは聞いておる。なぜ、そちほどの逸材を地方へ送らねばならなかったのか、重臣どもの判断に疑問が湧くほどだ」


「光栄に存じます」

 晨紀帝は満足そうに頷いた。

「そこで、周には太保補佐として、働いてもらおうと思っておる」

「陛下、私は医者なのでございますが」

「分かっておる。だが、そちの才能は医者としておくには勿体ない。太保を補佐しながら、朕の相談役として仕事をするのだ」


 太保というのは、三公の一つで皇帝の重要な政務を協力して行うという官職であるが、現在の桾国では皇族が就く事になっており、ほとんど名誉職のようなものである。


 現時点での太保は、晨紀帝の叔父に当たる人物が就いているが、宮殿に姿を見せた事はない。離宮で遊び呆けているという噂だった。


 ゲンサイは一度離宮へ行って、補佐になった事を報告したが、報告が終わると追い出された。初めから仕事などする気がないのだ。


 離宮から戻ったゲンサイに、皇帝が呼んでいるという報せが来た。ゲンサイは急いで皇帝の下へ向かう。


「周よ、遅かったな」

「申し訳ございません。離宮へ出向き太保様に、補佐に就任した事を報告していたのでございます」


 晨紀帝が苦笑いする。

「そのような気遣いは無用だ。叔父は仕事には興味がないからな」

 ゲンサイは頭を下げた。

「ところで、万里省で張という反逆者が出た事は知っておろう?」


「はい、聞いております」

「その反逆者を始末したいのだが、どうしたら良いと思う?」

 また、そんな相談かとゲンサイはうんざりしたが、相手は皇帝である。ゲンサイは真剣に考え始めた。


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