第317話 共同事業の効果
ジャネイは大人たちに混じって、漁港へ向かう。仕事は魚を加工する作業だと聞いたが、具体的な事は聞いていない。
湊に到着して待っていると、大きな船が接岸し大量の魚を降ろし始めた。アラバル国ではあまり食べられない小さな魚だった。
アラバル国でも魚は食べるが、ハマフエフキ・ミナミクロダイ・ヒラアジ・グチなどと呼ばれる大きな魚が主である。それらの魚は地元の漁師が延縄漁や小さな網を使う漁で捕獲している。
「アマト人というのは、小さな魚が好きなのかな」
ジャネイと一緒に働いている同年代のクバイという少年が言った。
「もしかして、旨いのかもしれないよ」
だが、次々に小さな魚が入った箱が降ろされると、ジャネイたちは驚いた。これほど大量の魚を見た事がなかったのである。
ジャネイたちは
その作業を延々と繰り返すのだが、次々に大きな漁船が接岸してイワシを降ろすので、終わりがないようにジャネイには思えた。
昼はライ麦パンと水が配られた。これも給金のうちだという。黒パンと呼ばれるライ麦パンは、硬いので食べ難いのだが、なぜか湊で配られたライ麦パンは食べやすかった。
やっと作業が終わり、給金が支払われた。アマト国の通貨である淡寛銭で十五枚、それと袋に入れられた煮干しである。アラバル国では淡寛銭三枚で一食分の食事が食べられるほどの価値がある。
「これは?」
ジャネイは袋の中身を見て役人に尋ねた。
「お前たちが作った煮干しだ。完成品は明日の天日干しまで待たないとダメだが、一日干したものでも食べられる。袋は失くさずに持って来い。現物支給をする時は、その袋に入れるからな」
ジャネイは十五枚の淡寛銭を持って湊にある商店に入った。店内には同じように買い物をしようと考えた労働者たちが大勢居て、もらった給金で何を買うか迷っている。
ジャネイは食べ慣れている食べ物を見付けて、それを買った。ナツメヤシの実であるデーツを乾燥させたものだ。
煮干しが入っている袋に入れてもらい、淡寛銭八枚の金を払って帰途に就く。ジャネイの家は湊から歩いて一時間半ほどの距離にある。
とぼとぼと帰るジャネイは、空腹を感じて袋に手を入れて煮干しを掴み出した。
「本当に旨いのかな」
乾燥したイワシを口に入れる。生臭さは感じずほのかな甘味と塩味を感じて意外に旨い。
三分の一ほど食べてハッとした。弟や妹、母親にも食べさせたいと思ったのだ。食べるのをやめたジャネイは、家に急いだ。完全に暗くなると帰れなくなる。
家に帰り着いたジャネイを弟と妹たちが大騒ぎして迎える。いつも一緒だったので、半日居なかっただけで、不安になっていたようだ。
ジャネイが袋から乾燥デーツや煮干しを取り出して、器に入れると家族が目を輝かせた。
アマト国と同盟国の政府が共同で始めた事業によって、不作に対して政府が確かな対応を取っていると知り、食糧不足の年を無事に生き延びられそうだと大勢の人々が安心した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
一方、同盟に入っていない桾国では、不穏な情勢になっていた。ユナーツ軍は撃退したのだが、天候不順で作物が不作となりそうだと人々が気付き、今年の冬から来年にかけて飢えるのではないかと不安になる人々が増えたのだ。
ゲンサイが首都ハイシャンに戻ると、すぐに皇帝に呼び出された。
「周よ、ご苦労であった。身体の具合が良くなかったと聞いたが、もう回復したのか?」
「ご心配をお掛けして申し訳ありません。身体は回復いたしました」
晨紀帝が満足そうに頷いた。
「ところで、今年も不作になるのではないか、と民が騒いでおる。その方はどう思う?」
「今年は日が照っている時間が短かったように思います。やはり例年より収穫が減るのではないかと恐れております」
晨紀帝が顔をしかめる。
「何か対策はないのか?」
「もう少し前から分かっていれば、救荒作物を未利用地で栽培するなどの対応が取れたのでございますが、今では時期が遅いと思われます。他の重臣方は何も言われなかったのですか?」
ゲンサイは他の重臣たちに矛先を向ける。
「ふん、役に立たん者たちだ。その方が三人ほど居れば、重臣など要らなかったな」
無茶苦茶言っていると思いながら、ゲンサイは晨紀帝の顔を観察する。その顔には不安があった。また飢えに苦しむ地方から反逆の
「今からできる対策は、何かないのか?」
「それでしたら、二つほどございます」
「それは何だ?」
「酒造りを、今年は禁止する事です」
「何だと……まさか、酒造りに使う穀物を食糧に回せという意味か?」
「その通りでございます。酒造りに使う量など高が知れておりますが、陛下が民の事を真剣に考えているという
晨紀帝が納得したように頷いた。
「それで、もう一つは何だ?」
「各地に保管されている兵糧を、三割ほど民に放出する事でございます」
「そんな事をすれば、軍が戦えなくなる」
「そうしなければ、新しい反逆者が生まれ、戦が始まるかもしれません」
晨紀帝が苦い顔になって考え始める。
「即断はできん、重臣どもと相談せねばならんだろう」
重要な事になると一人では決断できず、責任を重臣にも負わせようと考えたようだ。
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