第315話 ユナーツの次の手
火縄銃部隊を任された林は、鄭将軍の副官だった青年将校である。林はユナーツ軍の本隊が動き出すのをジッと待った。
彼らが隠れている場所は、背の高い雑草が生い茂る場所で、そこに穴を掘り身を隠していた。草や土などで偽装していた御蔭で、ユナーツ軍の偵察隊には見付からなかったようだ。
先行して追撃しているジャクソン中佐の部隊を追って、ユナーツ軍の本隊が動き始めた。指揮官のロッキンガム将軍は最後尾に近い位置に居た。
その最後尾が通り過ぎた後、火縄銃部隊が攻撃の準備を行う。林の『撃て!』という合図で千五百丁の火縄銃が敵指揮官を狙って火を吹いた。
最初から一撃目は敵指揮官を狙って撃つ事になっていたのだ。千五百ほどの弾丸が、ロッキンガム将軍の周囲を薙ぎ払う。その一撃でロッキンガム将軍も胸を撃ち抜かれた。
桾国軍にとっては、鄭将軍のお返しという事になる。最初の一撃でロッキンガム将軍と周囲に居たユナーツ軍幹部たちの半分を死傷させる。
ユナーツ軍が混乱したところに、火縄銃部隊の二撃目が襲い掛かる。今度は一撃目より大勢が死傷した。狙いを集中しなかったからだ。
ユナーツ軍が混乱していたのは、五分ほどだっただろう。その間に火縄銃部隊は鉛玉を撃ち込み続け、ユナーツ軍は大勢の死傷者を出した。
だが、ユナーツ軍の混乱が収まり反撃が始まる。林は命令に従い逃げ出した。反撃が始まったら、逃げるように命じられていたのだ。あっさりと逃げ出した桾国軍をユナーツ軍は追撃しなかった。その余裕がなかったのである。
ジャクソン中佐は本隊が攻撃されたと聞いて、追撃を中止して引き返した。そして、ロッキンガム将軍の戦死を知る。
「クソッ、桾国軍に嵌められた」
ジャクソン中佐はユナーツ軍の状況を確認して、出直すしかないと判断した。肩を落としたユナーツ軍の兵が根拠地に戻って来ると、そこに桾国軍の旗が棚引いている光景を見る事になった。桾国軍により占領地が奪い返されたのである。
「なんて事だ。桾国軍の何が変わったのだ」
ユナーツ軍が知っている桾国軍は、力押しするだけの馬鹿な軍隊だった。だが、桾国軍の内部で何かが変わり、油断のできない軍隊へと変貌したようだ。
ユナーツ軍は海岸から船に乗って、江順省に引き上げた。
その報せが首都ハイシャンに届くと、お祭り騒ぎとなる。周軍師という名前が連呼され、民衆は久しぶりの明るい話題に喜んだ。
その頃、ゲンサイのところに忍び仲間のヒョウゴが現れた。
「ハイシャンの様子なのだが、ゲンサイ殿を軍師ではなく、将軍にしようという動きがある」
「馬鹿な、私は医者なのだぞ」
ヒョウゴが肩を竦める。
「今回の勝利が、あまりにも鮮やかだったので、皇帝もゲンサイ殿を軍事の天才だと思い始めたようだ」
「はあっ、迷惑な話だな」
「それだけではないぞ。どうやら蘇采省の成王と戦わせるつもりらしい」
「馬鹿な。成王はアマト国が支援している者ではないか?」
「まあな。そこでゲンサイ殿には病気になってもらう事になった」
慣れない軍事を任されて、体調を崩したという事にしようと考えたのである。
「バレないだろうか?」
「それこそ医者の得意分野ではないか」
ゲンサイは納得して頷いた。
ゲンサイが体調を崩して動けないと首都に伝わると、ゲンサイを将軍にするという話は立ち消えた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ホクト城でゲンサイの活躍を聞いた俺は、ユナーツ軍が江順省へ引き上げたという結果に満足する。
「上様、これでしばらくはユナーツ軍の動きも止まると思いますが、次はどういう手を打つか、気になるところでございます」
トウゴウの言葉を聞いて頷いた。
「ユナーツは、サナダ型戦艦に匹敵するカンザス級戦艦を十六隻も建造した。その軍事力でイングド国とフラニス国を攻めて勝利している。その勢いは益々強いものになるだろう」
ホシカゲがユナーツに潜入している忍びからの報告を伝える。
「そのユナーツでございますが、飛行船というものを建造しているようでございます」
それを聞いた俺は溜息を漏らす。
「上様が溜息を漏らされるほど、凄いものなのですか?」
「飛行船は熱気球に似ている。但し、もっと自由に空を飛べるものだ」
「上様、上空から攻撃するというような事ができるのでございますか?」
トウゴウの問いに、俺は頷いた。
「上空から榴弾のようなものを落とせばいい」
それを聞いた家臣たちが、厳しい顔になる。
「そんなものが開発されたら、今の軍では戦いようがありませぬ」
トウゴウが声を大きくして言う。
「慌てるな。飛行船はそんな簡単に開発できるものではない。だが、こちらも対策を用意しておかねばならんだろう」
飛行船を開発するためには、水素かヘリウムを用意し、アルミ合金とエンジンを開発しなければならない。ジェンキンズ島で、どれほどの知識を得たかによるが、長期の開発期間が必要だと思われる。
俺は万一のために内燃機関の開発予算を増額する事にした。現在は四サイクルエンジンの開発を進めており、冷却装置や点火装置、燃料噴射装置の開発が進んでいる。
ホクトで開発しているのは小型のガソリンエンジンとディーゼルエンジンである。この小型エンジンが開発できれば、複葉機くらいは開発できるだろうと考えている。
そこでまずグライダーを製作する事にした。動力なしのグライダーで空を飛んでみようという事だ。
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