第312話 キョヤン平原の戦い(2)

 ユナーツ軍が動き出したという報告を受けた鄭将軍は、部隊を率いて出陣した。ユナーツ軍の兵力は一万四千、桾国軍の兵力は四万四千ほどで、兵力だけなら三倍ほどの差が有る。


 キョヤン平原の中央まで進み対峙した。桾国軍はユナーツ軍を包み込むように展開し、戦を開始する時を待つ。


りょう参謀、この布陣で敵の銃弾を防げると思うか?」

 軍議において一番声が大きかった梁参謀に、鄭将軍が確認する。


「取り囲んだ事で、目標を一点に集中できなくなった敵の攻撃は散発的なものになるはずです」

「いいだろう。攻撃を開始する。まずは弓隊の攻撃だ」


 鄭将軍の合図で数千の弓隊が矢を放ち始める。それに対抗するようにユナーツ軍の銃撃が始まった。

「今だ。一斉に攻撃せよ!」

 槍を持った大勢の兵が駆け出した。走り出した桾国兵に向かってユナーツ軍の野戦砲が火を吹く。


 桾国兵の集団の中で砲弾が爆発。数人の桾国兵が吹き飛ぶ光景が、あちこちで見られるようになる。すると、桾国兵の突撃する勢いが弱まった。


 その桾国兵に銃弾が撃ち込まれた。それを見た鄭将軍は、騎馬隊に突撃するように命じる。馬たちは落ち着かない様子を見せながらも、ユナーツ軍の野戦砲部隊に向かって走り出す。


 もう少しでユナーツ軍に飛び込めるという距離で、野戦砲の砲弾が騎馬隊の近くに着弾し爆発した。馬たちは驚き棹立さおだちとなり、騎手を振り落とす。


 騎馬隊に自信を持っていた鄭将軍は、騎馬隊が崩壊するのを見て悔しそうな顔をする。

「チッ、馬ごときを頼りにしたのが間違いだった。このままでは前の戦と同じになってしまう。儂が前に出て兵どもを鼓舞する」


 そう言って、前に出た鄭将軍は大声を上げて兵を鼓舞する。だが、そんな事で桾国兵の士気は上がらなかった。


 三倍ほどある兵力も銃と大砲の火力の前には通用せず、桾国兵がバタバタと倒れる。その光景を鄭将軍は歯噛みしながら見ていた。そして、軍議でゲンサイが言っていた事を思い出す。


「悔しいが、力押しだけでは無理だったか。一度引いて部隊を立て直そう」

 そう決断した鄭将軍が命令を出そうとした時、ユナーツ軍から飛んできた流れ弾が鄭将軍の首に命中した。白目を剥き出し倒れる将軍。


「将軍!」

 梁参謀の甲高い声が戦場に響き渡る。桾国軍の将兵が集まり将軍の手当をしたが、その甲斐もなく将軍は息を引き取った。


 その後は桾国軍の動きが混乱する。指揮を執る者が居なくなったからだ。階級からすれば梁参謀だったのだが、その務めを放棄したのだ。これは将軍が亡くなった事に衝撃を受けたという事ではなく、負け戦の指揮など執りたくないと考えたようだ。


 梁参謀は鄭将軍の亡骸を運んでルオハイに戻った。指揮官を亡くした桾国軍は、しばらくの間戦っていたが、何かの切っ掛けで敗走を始める。


 桾国兵は武器や装備も捨てて逃げ出した。あまりの逃げっぷりにユナーツ軍を唖然とさせるほどだ。


「馬鹿者、追撃だ!」

 ユナーツ兵を叱咤して追撃の命令を出したロッキンガム将軍は、ルオハイの町に向かって進軍させた。野戦砲を運ぶのは時間が掛かるので、後から来るように指示する。


 梁参謀がルオハイに戻ったと聞いたゲンサイは、戦がどうなったか確かめるために、楊軍監と一緒に会いに行った。


「梁参謀、戦いはどうなった……」

 部屋に入ったゲンサイは、そこの寝台に鄭将軍の亡骸が横たわっているのを目にして息を呑んだ。

「将軍、どうして?」

 楊軍監が寝台に駆け寄り、死んでいる事を確認する。


 ゲンサイは、亡骸の近くでうつむいている梁参謀に厳しい視線を向けた。

「どうして、このような事になったのか、説明してくれ」

 梁参謀はのろのろと説明を始めた。それを聞いてゲンサイのコメカミがピクリと痙攣する。


「梁参謀、あなたは何もかも放り出して、鄭将軍の亡骸を運んできただけなのか?」

「それが一番大事だと思ったのだ」

「そんな訳あるか!」

 ゲンサイが怒鳴ると、梁参謀がビクッと反応する。


 楊軍監がゲンサイに視線を向ける。

「このままでは、ユナーツ軍がルオハイに攻めて来るだろう。どうしたら良いと思う?」

「十字弓部隊で、ユナーツ軍を迎え撃ちましょう」


 鄭将軍はゲンサイが提案した十字弓を嫌っており、十字弓部隊をルオハイの留守部隊として残したのだ。


 ゲンサイは鬼影隊に命じて、ユナーツ軍の動きを探らせた。それから十字弓部隊を集めて、状況を説明する。


「楊軍監はどうせよと?」

「具体的な事は、曹尚書が支援のために送られた軍事顧問の周殿が指示される」

 十字弓部隊の指揮官であるちょう隊長が、腑に落ちないという顔をする。


「確かに十字弓部隊は、周殿の進言で作られたと聞いていますが、周殿は戦場での功績がないのでは?」

 ゲンサイに戦功はないが、それは桾国軍の多くの将校も同じだった。


「私に功績がないのは事実だが、趙隊長にユナーツ軍の侵攻を食い止める策が有るのかね?」

 趙隊長は顔をしかめ首を振る。


「ならば、私の指示に従って欲しい。まず十字弓部隊は二手に分かれて、こことここに隠れて敵軍を待ち受ける」

 ゲンサイが地図を出して、指示を始めた。


 それを聞いた趙隊長は、単純だが考え込まれた作戦案に納得した。十字弓部隊がルオハイを出発して待ち伏せ場所に向かった後、敗走して来た味方兵がルオハイに戻り始める。


 その様子を確認したゲンサイは顔をしかめた。ほとんどの兵が武器や装備を捨てて戻ってきたからだ。これでは戦えない。


 ゲンサイはルオハイに残っている武器や装備を確認させた。すると、三百本ほどの槍がある事が分かった。

「三百本か、少ないな」

 それでもないよりはマシである。敗残兵を集め叱りつけて槍で武装させた。


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