第311話 キョヤン平原の戦い

 初戦で敗退した桾国軍は、五十キロほど東に後退している。鄭将軍はルオハイという町に陣を構え、ユナーツ軍が近付いたら、キョヤン平原で迎え討つ準備をしていた。


 キョヤン平原はここを通らないと東に行けないという場所にあり、両者が戦うのならここしかなかった。ただ平原と言っても起伏の激しい地形で、伏兵を配置するのに適した場所がいくつか有り、注意しなければならなかった。


「朱殿、キョヤン平原を調べてもらいたいのだが、頼めますか?」

「もちろんでございます」

 鬼影隊の隊長である朱は、配下を集めてキョヤン平原を詳細に調べた。ゲンサイ自身もキョヤン平原へ行き地形を確かめる。


「私が敵なら、ここに部隊を配置するだろう。朱殿はどう思う?」

「敵の武器は銃ですから、少し高い位置からの方が狙いやすいでしょう。ですが、それくらいは鄭将軍も分かっているはずです」


「そうですな。しかし、どういう対策を取るかが問題です」

「ここならば、弓隊に狙わせるのではないですか?」

「だが、ここからなら銃弾も弓隊に届くだろう。銃と弓の撃ち合いだと、弓が不利だと思う」


「何かもう一つ工夫が欲しいという事ですか?」

「そうだ。この場合だと、盾かな」

「なるほど、弓隊の周りに盾兵を配置して守らせようというのですね」


 前回の戦いの時も盾兵が居た。だが、ほとんどの盾兵は本陣を守るために配置されており、鄭将軍が撤退を決意した時に、一緒に撤退している。


 キョヤン平原を調べ終わり、ルオハイに戻ったゲンサイは軍議が始まると聞いて大広間に向かう。部屋に入ると武官たちがゲンサイに視線を向けた。


 その視線で歓迎されていないと分かる。

「紹介しておこう。軍事顧問である周殿だ。我々を心配された曹尚書が、送ってくれた頼もしい味方だ」


 鄭将軍が皮肉だと分かる口調で言う。軍議が始まると、勇ましい意見が次々に飛び出した。桾国軍の軍議では、大きな声で勇ましい意見を述べる者が目立つ。


 そんな目立ち方をしたら、負けた時に責任を取らせられないのだろうか? ゲンサイは疑問に思った。


「周殿、何か意見は有るかな?」

 鄭将軍がゲンサイに意見を求めた。黙っていたのを不気味に思ったのかもしれない。

「皆さんの意見を聞いていると、前回の戦いを繰り返そうとしているように聞こえますが、同じように負けたいのですか?」


 その言葉を聞いた武官の一人が立ち上がった。

「無礼であろう。次は前回とは違う。戦場も陣形も違うではないか」

 確かに陣形は変わっていた。前回は三つに分けたが、次は五つに分けるらしい。だが、基本的な作戦は変わっていなかった。


 数で敵を圧倒するという作戦である。桾国軍が鉄の意志を持つ兵で構成されており、銃弾の雨の中を勇猛果敢に突撃して戦えるのならば勝てるだろう。


 だが、桾国軍の兵は戦友が銃弾に倒れると逃げ腰になる普通の兵なのだ。

「前回は隊列に砲弾を撃ち込まれて、大勢の兵が犠牲になったのを覚えておられるでしょう。その対策はどうなっているのです?」


 武官たちが顔を歪める。その問題は解決していないようだ。

 ゲンサイは鄭将軍の副官であるりんという青年将校に目を向ける。

「林殿は、どうすればいいと思われますか?」

「戦場を移動する時に、砲兵を狙うべきだと思います」


 面白い意見だとゲンサイは思った。

「なるほど、そのためにはキョヤン平原のどこかに伏兵を隠しておき、敵を引きずり回す必要がありますね」


「負けたふりをして後退し、罠に嵌める。これしかないと思っております」

 林は優秀な戦術家だった。だが、この作戦を実行できるだけの練度が桾国兵に有るだろうか? 負けたふりをするつもりが、本格的な敗走に変わるようなら作戦は失敗という事になる。


 鄭将軍がゲンサイと林を睨んだ。

「負けたふりをして罠に嵌めるだと……桾国の武官らしくない意見だ。そんな事をしなくても、儂に秘策が有る」


 ゲンサイが鄭将軍に視線を向ける。

「騎馬隊の突撃で、敵の砲兵を始末する」

 そんな事ができるのだろうか? ゲンサイは疑問に思ったが、鄭将軍は自信有りげである。


 鄭将軍が自信を持って断言するのなら、ゲンサイには自分の策を無理強むりじいする事はできない。だが、万が一のために準備はしておこうと思った。


 ルオハイの町がユナーツ軍の手に渡ると、射杯省全体が危なくなるのだ。ルオハイは交通の要所であり、射杯省の大きな町と繋がる道があったからである。


 ゲンサイはルオハイを守る部隊の指揮を任せて欲しいと、鄭将軍に申し出て許された。その時、副官である林をもらい受ける。目障りだったらしく簡単に承諾した。


「鄭将軍に嫌われたようだな」

 ゲンサイが林に言うと、林が大きく溜息を吐く。

「選抜した若い将校を将軍の副官としたのは、周殿と曹尚書だと聞きました。こんな事に意味が有るのですか?」


 ゲンサイが苦笑いする。

「上手くいっているところも有るのだ。副官は陛下に直接報告する権利を与えられているから、少しはその意見を聞いてやろうという軍幹部も居る。ただ鄭将軍はユナーツ軍を一度射杯省から叩き出したという実績が有る。それで鼻息が荒いのだろう」


 林が肩を竦めた。

「周殿は、キョヤン平原での戦いに勝てると思われますか?」

「鄭将軍は、騎馬隊が砲兵を片付けてくれると言っていたが、そんな事ができるのか不安だ」


「騎馬隊では、砲兵を始末できないと?」

「鄭将軍の配下となっている騎馬隊が、優秀だというのは聞いている。だが、馬は臆病な動物だ。鉄砲や大砲の音に驚いて、暴れ出さないか心配している」


「火縄銃の訓練場で、音に慣らしているという噂です」

 ゲンサイは首を傾げた。火縄銃の音と大砲の音は違う。大丈夫なのだろうか?


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