第310話 軍事顧問と鄭将軍

 ゲンサイは軍監のヤンと一緒に射杯省へ向かった。馬車に乗って出発したゲンサイたちは、景色を見ながら話を始める。

「楊殿は、鄭将軍と面識は有るのですか?」

「ええ、孫将軍の下で同僚として働いた事が有ります」


 孫将軍はユナーツ軍との戦いで敗北し、皇帝により斬首された将軍である。孫将軍の名前を出した時、楊の顔が曇った。


 馬車が射杯省に入ると、外の様子が変わった。射杯省を逃げ出し、他の地方へ向かう人々の姿が多くなったのである。それらの人々は家財道具を荷車に積んで、暗い顔で旅をしている。


 その人々の顔を見ていて、ゲンサイは溜息を漏らす。

「如何なされたのです?」

 溜息に気付いた楊が声を掛ける。


「避難しようとしている住民の数が多いようです。この戦は負けると思っている者が多いという事ですな」


「無学な民など気にする事は有りませんよ。何も知らずに怖がっているだけなのです」

 それだけ生き残る事に必死なのだと思うのだが、楊は最終的に負けるとは思っていないようだ。


 鄭将軍の陣地に到着したゲンサイたちは、鄭将軍へ挨拶に行った。将軍の顔を見ると、あんまり歓迎されていないのが分かる。


「遠路はるばるご苦労ですな。周殿は軍事顧問という話ですが、医者のあなたが軍事顧問というのは、おかしくないですか?」


 当然の疑問なのだが、ゲンサイは適当に誤魔化す事にした。

「そう思われるのは無理はない。ですが、曹尚書は初戦の敗退を重要視されているのです。なぜ敗退したのか、その原因を知りたいと思っておられる。そこで客観的に判断できると考え、私を派遣されたのです」


「ならば、同じ武官を派遣すればよろしかろう」

 ゲンサイは首を振った。

「いやいや、同じ武官では鄭将軍と同じように考えるでしょうから、原因が曖昧になるかもしれないと思われたのです」


 暗に同じ武官同士で馴れ合いが起こり、追及が甘くなると匂わせてみた。

「ふん、それこそ見当違いですな。軍事はそれほど甘くないですぞ」

 ゲンサイが頷いた。


「それは孫将軍の最後を知っておりますので、分かっています」

 孫将軍は敗戦の責任を取らされて処刑されたが、その家族は流刑になっている。鄭将軍の顔が強張った。


「さて、ユナーツ軍との戦いについて、お話してもらえますか?」

 鄭将軍は戦について詳しく話し始めた。


「我々はユナーツ軍の陣地を調べ、火薬庫の位置を特定した。そこで鬼影隊に焼き払うように命じたのだ」


「その火薬庫の警備はどうだったのです」

「警備の人数が多かった事は報告を受けた。だが、鬼影隊なら成功すると思っていた。だが、あやつらが失敗しおったのだ」


 鄭将軍は鬼影隊の責任だと言いたいらしい。本当にそうだったのだろうか、ゲンサイは疑問に思った。


「鬼影隊が失敗したと分かったのなら、作戦を立て直すべきだったのではないですか? なぜ強行したのです?」


「火薬庫への奇襲が失敗しても、我軍の兵力が上だった。勝てると思ったのだ」

 思ったけど、負けたというのが結果である。兵の数が多ければ勝てるという固定観念が、思考を邪魔しているようだ。


 戦いの様子を聞くと、互角に戦っていたが運悪く負けたような事を言っている。本当かどうか怪しいとゲンサイは感じた。


 話を聞き終わったゲンサイは、用意された部屋に入り休憩した。桾国軍が陣地として使っているのは、この地方の豪商の屋敷だった。その客間をゲンサイは使っている。


 そこに鬼影隊の隊長である朱小牧が話が有ると言って部屋を訪れた。

「周様、お久しぶりでございます」

「朱殿ではないですか」


 ゲンサイは朱を部屋に入れ、お茶を淹れて出した。

「何もない部屋ですが、お茶でも飲んでください」

「ありがとうございます。ところで、周様がなぜ戦場に来られたのです」


 鬼影隊の隊長なら話しても良いと思ったので、軍事顧問として派遣されたと伝える。

「曹尚書は、周様の軍事の才を見抜いたのでございましょう」


 見当違いな感想を聞いて、ゲンサイは苦笑いした。

「ところで、初戦について鄭将軍から聞かれましたか?」

「ええ、鬼影隊の奇襲が失敗したそうですね」


 朱が無言で頷いたが、その顔は不満そうだった。

「本当のところ、どのような様子だったのです?」

「あの奇襲の成功率は低いと、私は鄭将軍に訴えたのですが、それを聞き入れてもらえませんでした」


 鄭将軍にも優秀な副官を付けたはずなのだが、その副官はどうしたのだろうと思い、ゲンサイは朱に尋ねた。


「あの副官は、早々に鄭将軍から嫌われ、雑用をやらされています」

「はあっ、優秀な人材を入れても、使う側がこれでは苦労した甲斐がない」


「鄭将軍は、一度ユナーツ軍を射杯省から追い払ったという実績が有りますから、軍内部での勢いが強いのです」


 ゲンサイは頷いてから、朱に視線を向ける。

「鬼影隊は、どのような状態なのです?」

「無理に奇襲したので、三割が戦死、二割が負傷しました。今は部隊として機能していません」


 鬼影隊は二百名ほどの鍛えられた精鋭部隊である。ゲンサイは使えると思っていたのだが、そのような状態だと使い方が難しい。


 ゲンサイが敵軍の調査に鬼影隊を使いたいと鄭将軍に頼むと簡単に承諾された。

「周様、よろしくお願いします」

 朱が挨拶に来た。


「こちらこそよろしく頼む。そこで最初の命令なのだが、ユナーツ軍が何門の大砲を所有しているか、調べてくれないだろうか?」


「承知いたしました」

 鬼影隊はユナーツ軍を偵察し、八門の大砲を所有しているのを突き止めた。

「思ったより少ないな」


 ゲンサイの言葉を聞いた朱は、眉をひそめた。

「ですが、前回の戦いでは、その八門の大砲で、我軍は敗走する事になったのです」


「鄭将軍が取った陣形は?」

 鬼影隊の説明では、大規模な本隊の両脇に左右から攻める部隊を配置したらしい。その本隊が大砲で蹂躙されて、敗走する事になったようだ。


「大砲に狙われる事が分かっているのに、大規模な隊列を組むとは……鄭将軍は敵を舐め過ぎだな」


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