第298話 ユナーツの軍事活動

 俺は桾国の動きについて報告を受け首を傾げた。

「そのゲンサイという忍びが、晨紀帝の医英大学士となったのか?」

 大学士というのは皇帝の正式な相談役であり、権限はほとんどなかったが、公式な場所での発言権を持っていた。


 ホシカゲが肯定する。

「そればかりではなく、漢登省の北部地方で起きた一揆の対応を任されたようでございます」

 それを聞いた俺は、桾国に人材は居ないのかと思った。医者に一揆を任せるなど、アマト国では考えられない事である。


「そのゲンサイという忍びは、随分優秀な者のようだな」

「はい。優秀な忍びであり医者であります」

「なるほど。それで一揆に対して、どのような対応をするつもりなのだ?」


 ホシカゲが食料の施しと、治水工事、産業の育成をすると述べると納得する。

「本当に優秀な者のようだ。だが、忍びがそのように目立つ事をして良いのか?」


 ホシカゲが渋い顔になる。

「ご懸念の通り、良くありません。本来の忍びは目立たずに、ジッと身を潜めて情報を持ち帰るものなのです」


「まあ良い。そのまま任務を続けさせろ。だが、その者の身に危険が及んだ時は、ホクトに戻るように伝えろ」


 ホシカゲは深く頭を下げた。

「さて、桾国の様子は分かった。一方のユナーツの動きはどうなっている?」

「鬼影隊の働きにより、野戦砲の発射薬を失ったユナーツ軍では、軍艦から発射薬を運んでいるようでございます」


「桾国軍は何をしておる。ユナーツ軍が発射薬を運び終わる前に、もう一度ユナーツ軍を叩くのではないのか?」


「それが、一向に動く気配がないのでございます」

「不思議な事だな。ゲンサイからの報告はないのか?」

「ゲンサイは漢登省の北部地方へ行っており、ハイシャンには居らぬのでございます」


「ふむ、ゲンサイ一人に桾国宮殿を任せ過ぎた弊害だな。もう二、三人ほど宮殿に潜り込ませるのだ」

「畏まりました。今回は間に合いませんでしたが、次は期待に答えられると思います」


 宮殿に潜り込ませると言っても、簡単な事ではない。だが、今ならゲンサイの力で潜り込ませる事は比較的楽なはずである。


「桾国以外でのユナーツの動きはどうなっている?」

「カンザス級戦艦四隻を含む艦隊が、列強諸国へ向かいました」

「ほう、それは軍事的示威活動という事だな。狙いはジェンキンズ島か?」


「そうでございます。イングド国とフラニス国に自国の軍事力を示し、ジェンキンズ島を調べる権利を手に入れたいようでございます」


 ユナーツがジェンキンズ島を調べ始めたら、大掛かりに徹底的に調べるだろう。その結果、何が出て来るか? 軍事的技術だったらまずいな。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その頃、ジェンキンズ島では新しい部屋が発見された。ここの遺跡は何かの博物館だったようだ。火山の爆発により火山灰が短時間で、その施設を封印したために保存状態が良いのだ。


 調査チームのリーダーであるジョフロワ・アルナルディ理学博士が、厳しい顔で掘り出し作業を監督していた。


「慎重に掘り出せ。傷付けた者は許さんぞ」

 フラニス国の調査チームが掘り出したものは、飛行船ヒンデンブルク号の模型と飛行船の説明文が刻まれたプレートだった。


「……飛行船? 空を飛ぶ機械なのか?」

「そう言えば、極東のアマト国で熱気球というのが、評判になったと聞いています」

「これも熱気球の一種なのだろうか?」


「いえ、この説明文を読みますと、違うもののようです」

 調査チームが模型と説明文のプレートを本部に持ち帰ると、本部の空気がぴりぴりしているのを感じて、フラニス国の調査責任者であるフェルナン・クプラン長官のところへ行った。


「長官、何かあったのですか?」

「アルナルディ博士か。知らんのかね。ユナーツの連中が、自分たちにもジェンキンズ島を調べさせろと言って、艦隊で乗り込んできたのだ」


 アルナルディは驚くと同時に怒りを覚えた。

「ここはイングド国とフラニス国が管理している島です。何の権利がユナーツに有ると言うのです?」


「元老院の議員たちも、そう言っている」

「まさか、ユナーツと戦争になるのですか?」

「イングド国で、三国の代表が話し合いをしているようだ。それが決裂すれば、戦争になる」


「ユナーツは、我らに勝てると思っているのでしょうか?」

 クプラン長官が厳しい顔になる。

「極東のアマト国が、イングド国とフラニス国に攻めてきた時に使っていた戦艦、と同じような軍艦をユナーツ海軍は所有しているそうだ」


 アルナルディは首都がアマト国海軍により無残な姿となったのを思い出した。イングド国の首都に比べれば、被害は少なかったと聞いているが、自分の目で見た惨状は酷いものだ。


 そんな破壊力を秘めた戦艦が、ユナーツ海軍にあると考えると、簡単に戦争を始められるものでもない。列強諸国の国民が気軽に他の国と戦争を起こしていたのは、その国が弱かったからだ。


 アマト国やユナーツのような強国と戦うのは、慎重に考えねばならない。だが、ジェンキンズ島の調査権をユナーツに奪われるのは嫌だった。


「戦争になるのでしょうか?」

「私にも分からんよ。だが、戦争になれば、我が国が勝てるとは限らない。アマト国との戦いで大きな痛手を受けた海軍は、まだ回復しておらんからな」


 ジェンキンズ島で働く研究者たちの不安は的中した。話し合いが決裂して、ユナーツとイングド国、フラニス国の間で戦争が始まった。


 その様子をアマト国の忍びが冷静な目で確認し、ホクトへ連絡した


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